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トピックス 2021.11.19

【特集】

【特集】物語の力を信じて──『ムーちゃんと手をつないで』5巻発売記念 みなと鈴×ナナトエリ×亀山聡(『僕の妻は発達障害』)鼎談!!

みなと鈴先生のコミックス『ムーちゃんと手をつないで〜自閉症の娘が教えてくれたこと〜』5巻が11月16日に発売になりました。こちらの発売を記念して『僕の妻は発達障害』(新潮社刊)著者でご夫妻でもあるナナトエリ先生・亀山聡先生と「発達障害当事者が生きやすくなるには」をテーマに語っていただきました。(進行・構成/赤沼美里)

──みなと先生とナナト先生・亀山先生との出会いは、ツイッターがきっかけだったと伺いました。

みなと:そうなんです。ツイッターで発達障害の当事者の方で漫画家さんがいると知って、すごく興味を持ったんですよ。それでコミックバンチの雑誌で『僕の妻は発達障害』を拝読して、おふたりのツイッターをフォローさせていただいたんだと思います。

私はどうしても親の立場でしか考えられないですし、ムーを観察して気持ちを推測するしかないんですね。昔、海外の当事者の方が書いた本を読んだことがあるんですけど、よくわかんなくて途中でやめちゃって。でも『僕妻』だったらわかるかもしれないって思いましたね。

ナナト:私は発達障害の本から影響を受けたりとか、傷ついたりするのが怖くて、発達障害の本を読まないようにしているんです。それでみなと先生のリプライで初めて『ムーちゃんと手をつないで』を知りました。それからはずっと追いかけています。

みなと:最近は発達障害という言葉も世の中に認知されるようになってきましたし、作品も増えてきましたよね。

ナナト:そうですよね。ただ、表現にはかなり気を遣いますね。使ってはいけない言葉や、やってはいけない展開があるジャンルだと思うんです。それを抜きにして、エンターテインメントは作れないんじゃないかなと思いますね。そうはいっても、描きたくても描けない描写があったりして、結構苦しんだ部分もあります。

みなと:わかります。「読んでもらいたい」「わかってもらいたい」という気持ちで突き進んでしまうと、当事者の読者さんがつらくなって本を閉じちゃうかもしれない。そうかといって、ぼかし過ぎちゃうとわかりにくくなって伝わらなくなってしまう。塩梅がすごく難しいなと感じています。

──ナナト先生の診断はいつだったんでしょうか。

ナナト: 5、6年前ですね。結婚した後に、発達障害の診断を受けました。それまでの人生って、学校ではいじめに遭っていたし、社会に出たら転職を繰り返していたわけです。だけど、ずっと自分が心を病んでいることに気づけなかったんですよね。
彼と会った時はすでにうつ病になっていましたが、それにも気づきませんでした。結婚すると生活が変化しますよね。環境が変わること自体がさらなるストレスになって、結婚したのに幸せじゃなくて大うつになったんです。

彼とも衝突が多かったですね。今でも覚えているのは「僕の話を聞いていない箇所がある」って言われたことです。私としては最後まで聞いていたはずだったのに、彼が言ったという単語は一切聞いてないなって。それで、うつもあったから病院に行ったんですね。

(「僕の妻は発達障害」2巻より)(C)ナナトエリ・亀山聡 / 新潮社

(「僕の妻は発達障害」2巻より)
(C)ナナトエリ・亀山聡 / 新潮社


(「僕の妻は発達障害」2巻より)(C)ナナトエリ・亀山聡 / 新潮社

(「僕の妻は発達障害」2巻より)
(C)ナナトエリ・亀山聡 / 新潮社

ナナト:ムーちゃんは嫌な子をかんでしまう、叩いてしまうじゃないですか。ムーちゃんははっきり意思表示していて、ちょっとだけいいなと思いました。私は嫌なことに気づくことさえできなかった。叩きにも行けなかったんです。発達障害の診断が出るまで、自分が何にストレスを抱えているかも知らずに30数年生きてきました。

(「ムーちゃんと手をつないで」4巻より)

(「ムーちゃんと手をつないで」4巻より)


(「ムーちゃんと手をつないで」4巻より)

(「ムーちゃんと手をつないで」4巻より)

──診断がついて、生きやすくなったと実感することはありますか。

ナナト:あまりないですね・・・診断をもらったのは、パートナーと自分のためです。むしろ自分が障害者だと人に言うと、たいていの人は急に腫れ物に触るようになるか、近づかないようになるかのどちらかになってしまいますから。「意外と普通ですね」とか「個性だと思うよ」って、まるで褒めてくれているかのように言う方もいますし。

みなと:個性ってみんなが持っているものなのに「個性だよ」と言われるのって、なんだか特別視されているみたいに感じます。

それに親も同じで「うちの子、自閉症です」って言うと、一気に周りから浮いてしまうんですよ。別に私が何かをしたわけでもないのに、距離を取られてしまう。気を遣いながら話すのはしんどいから近づかないでおこう、みたいな雰囲気を感じましたね。

認知が広まった今でも、発達障害や自閉症をよく知らない人が圧倒的に多いような気がするんです。

亀山:身の回り1メートルのことにしか、興味がない人もいるじゃないですか。発達障害の世界にあまり関心がない層に届けるのは、めちゃくちゃ難しいなと感じますね。

ナナト:だから障害について伝えても、見た目にもわかりづらいし、自分の困りごとじゃないから忘れられて何度言っても理解してもらえないんですね。

そうすると、申し訳なくなってきちゃうんですよ。結局、当事者が諦めるわけです。私は他に音が聞こえると人の話が聞こえないんですね。だからたとえば、人がたくさんいるカフェで会うことになってしまったら、次の日は疲れて使いものにならなくなっちゃうんです。でも、頑張って行くしかないか・・・って。

「自分ごとじゃない」っていうことが一番のポイントだなと思いますね。『ムーちゃん』でも、パパが1日ひとりでムーちゃんの面倒をみて、初めて大変さがわかりましたよね。それと一緒で、自分ごとにならないと理解してくれる人ってなかなかいないなぁと感じます。

(「ムーちゃんと手をつないで」3巻より)

(「ムーちゃんと手をつないで」3巻より)

亀山:頻度もありますよね。僕のように毎日会っている人は、どうしたって理解せざるを得ないですから。でも、たまに会うだけの関係だと、本当に平行線をたどってしまいますよね。だから、こちらが我慢するしかない状況になってしまうんだろうと思うんです。

──ナナト先生と亀山先生は、生活の中でなにか工夫していることはあるんですか。

ナナト:私はとにかく多動・多弁なので、彼の時間を侵害しちゃうんですよ。1LDKに住んでいたことがあって、部屋の中にテントを張っていました。テントに彼が入っている間は、私は絶対話しかけちゃいけないルールにしていましたね。そうじゃないと24時間しゃべっちゃうから。

でも部屋が狭いからどうしてもうまくいかなくて、2人で体調を崩してしまったんです。それでテラスハウスに引っ越しました。彼が1階の奥の部屋、私が2階の上にあるロフト空間で作業して、朝昼晩のごはん時間以外は一切会わない決まりを作ってからはなんとかなっているかな。

(「僕の妻は発達障害」2巻より)(C)ナナトエリ・亀山聡 / 新潮社

(「僕の妻は発達障害」2巻より)
(C)ナナトエリ・亀山聡 / 新潮社


(「僕の妻は発達障害」2巻より)(C)ナナトエリ・亀山聡 / 新潮社

(「僕の妻は発達障害」2巻より)
(C)ナナトエリ・亀山聡 / 新潮社

亀山:今のように、お互いに折り合いがつけられるようになるまでには、5年くらいかかったんじゃないでしょうか。最初は発達障害だとわかってなかったから、彼女の障害特性も全部悪意だと僕は思っていました。こっちに対する思いやりも全然ないって怒っちゃってもいましたし。理由がわかるまでは、やっぱりしんどかったですね。わかっていてもやっぱりムカっとすることはありますし、慣れるまでは時間がかかりましたね。

みなと:我が家の場合は、主人がムーの障害を心で理解するようになるまでに2年かかったんですよ。主人が知人の家に遊びに行くでしょう。帰ってくると「自分の友人の奥さんは、いつも家も綺麗にして、お化粧もして、子どもはもうお箸も使ってたよ」などと言うわけです。私が疲れて家事ができないのも「なまけている」って言ってくる。

一方、私はムーには夜驚症もあって夜も眠れないし、夫婦仲も険悪になりましたよね。彩みたいに自殺しようかと思ったときもあります。もう誰も味方がいない状態ですから。

(「ムーちゃんと手をつないで」2巻より)

(「ムーちゃんと手をつないで」2巻より)


(「ムーちゃんと手をつないで」2巻より)

(「ムーちゃんと手をつないで」2巻より)

だけどある日、これは夫婦で協力していかないとムーを育てていけないぞって主人がようやく腹落ちしたときに、ガラッと変わったんですよね。自発的に動いてくれるようになりました。

主人は主人なりに受け入れられないから、私を責めたかったんでしょうね。苦しみをぶつけるとこがどこにもなかったというか。だから、障害のある人と一緒に暮らすためには、一緒に暮らす人がその人を理解して受け入れることが大切なんじゃないんでしょうか。理解と受容っていうプロセスは、必ず必要だと思いますね。

──亀山先生も受容には時間がかかったんでしょうか。

亀山:実は、妻が発達障害だと知って、信じたくないとか受容できないっていうのは、まったくっていいほどなかったんですよね。僕はガチガチの理系で、ロジックできっちり説明されると納得しちゃうんです。だから聞いたとき「あ、そうなんだ」って思いましたね。

それにいわゆる一般的な会社とかに就職したことがなくて、学生からマンガ業界に入ったんですよ。マンガ業界って基本的に変な人しかいないし、先生も変わってる方が多いんです(笑)。発達障害の知識を持ってマンガ業界をみてみると、関係者全体ほとんど特性があるんじゃないかなって思います。

ナナト:マンガ業界はすごく生きやすいですよね。今までこんなに楽だったことがない。人生で今が一番幸せだなあって思います。生きづらい社会から離れられたから、絵描きになって良かったと心から思うんですよね。たまに読者の方から「どうやったら生きやすいですか、生きられますか」って聞かれることがあるんですけれど、「生きやすい社会を探しましょう」と伝えています。

──ナナト先生のように、探せば自分に合うコミュニティがあるってことですもんね。

みなと:仕事については、適性を生かせる仕事内容とか、こじんまりしたところに勤めるとか、自分で選んでいければだいぶ生きやすいと思うんですよね。

親が我が子の障害を聞いたらショックを受けるとか、人の心の部分は変えられないと思うんです。だけど社会の枠組みを変えることはできる。得意分野に特化させるとか、指示の出し方を変えようとか、社会が変わってくれば発達障害グレーや軽度の方が適性に合った仕事を見つけやすくなると思うんです。仕事を通じて自信がつくとも思うから、社会的な器がもっと広くなるといいなと願っています。

ただ、私は自分を活かせる仕事に就いたけれど、子どもを産んだことで社会の世知辛さを強制的に体験することになりました。10年経ってようやくマンガに描けるようになりましたけどね。だから、自分の居場所以外のところで傷つかないように、当たり障りなくやり過ごしていくような技術や、反応しない訓練は必要かなと思いますね。

ナナト:10年も・・・やはりそれだけ考えたことだからこそ、誰もが納得いくようなマンガになっているんだなと思いますね。

みなと:ありがとうございます。マンガに表現しようと思って過ごしてきたわけではなくとも、自分の中でひとつずつ解決をして納得をして、心の傷を癒してきたんでしょうかね。

マンガを描くときは、どうしたって自分と向き合わなきゃいけないじゃないですか。でも、なかなか向き合えないんですよ。私の場合は、10年経ったら心の傷もかさぶたになって、ようやくなんとか描けるようになったんだなと思っています。

──発達障害のある人が生きやすくなる社会になるためには、私たちが障害を自分ごととして考えて理解していくことが大切なんじゃないかなと感じました。どうやったら、障害が身近にない人も自分ごとに落とし込むことができると思いますか。

みなと:そこがやっぱりマンガの力なんじゃないかなと思うんですよ。関係ない世界に生きている読者の方も、マンガを通して疑似体験してもらいたいと思って描いています。マンガならではの表現方法があるじゃないですか。マンガが社会に与える力はすごく大きいなって感じています。

ナナト:たとえば発達障害があると片付けができないとか、遅刻するって言われたらすごくわかりやすいしすんなり納得できますよね。だけど、それによって「当事者がどんな気持ちになっているのか」は、誰にもわからないと感じています。

世の中とうまくいかないことで当事者が抱える気持ちというのが、発達障害の核だと思うんです。人格さえゆがめていってしまうから・・・すごく残酷です。そういう気持ちが描けるのが、マンガなんじゃないかなと思いますね。

それにムーちゃんはみなと先生というお母さんが一番の理解者として、代弁してくれるじゃないですか。でも私は大人の当事者だから、基本的には私が自分で訴えていかなきゃいけないんですよね。ものすごく言いづらくって。人に伝えるのっていつも本当に難しいな、でも知ってほしい、なんとかならないかなと思って『僕妻』を描き始めたところもありますね。

みなと:ムーはもうすぐ14歳の誕生日を迎えるんですが、14年かかって知能的には、やっと3歳ぐらいまでに成長したんですよ。『ムーちゃん』で、ムーの発達や障害にフォーカスして描くと、たぶんすぐ終わっちゃうんです。だから私の作品の軸っていうのはムーじゃなくて、母親や父親の変化、社会の変化、学校や施設の変化、ムーの周囲の人たちの変化なんですよね。

『僕妻』はその対極にあるんだと思うんです。当事者にフォーカスが当たっているから。当事者の経験や気持ちを疑似体験できますよね。だから、両方とも世の中に必要な気がするんです。いろんな立場のマンガがたくさん世の中に送り出されて、社会全体で理解が深まってくれたらいいですよね。

ナナト:私も多角的なアプローチが一番大事なのではないかと感じています。『僕妻』がその一端を担えればいいなと思いますね。

みなと:本当にそうですよね。一端を担えればいいですよね。私は自分が生きている間に、ムーのことをちゃんと描き残しておこうと思っています。

亀山:感情が動かされると、他人ごとから自分ごと…までは難しくても「知人ごと」くらいには近づく気がします。物語の力を僕も信じています。理解が広がると当事者・非当事者、双方がラクになると思いますし、自分たちができることをコツコツとやっていきたいです。

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【特集】物語の力を信じて──『ムーちゃんと手をつないで』5巻発売記念 みなと鈴×ナナトエリ×亀山聡(「僕の妻は発達障害」)鼎談!!

僕の妻は発達障害

僕、北山悟(30)は漫画家のアシスタント。妻の北山知花(32)は発達障害。ふたりの生活はいろんな問題があるものの、折り合いをつけながら、毎日を過ごしている。当事者の気持ちを丁寧に紡ぐ物語。現在コミックス(1)〜(3)巻が発売中

◇プロフィール ナナトエリ・亀山聡

埼玉県在住の漫画家夫婦。二人名義では「アナグマの気持ち」(週刊モーニング)がデビュー作。月刊コミックバンチにて「僕の妻は発達障害」(監修:四宮滋子/医学博士)を執筆中。

◇プロフィール みなと鈴

埼玉県在住。2月5日生まれのみずがめ座B型。1995年ソニー・マガジンズ「きみとぼく」よりデビュー。2006年コミックス「おねいちゃんといっしょ」(講談社刊)が第10回文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に。現在は自閉症の第1子と定型発達の第2子の2児を育てながら月刊エレガンスイブにて「ムーちゃんと手をつないで〜自閉症の娘が教えてくれたこと〜」を執筆中。
「みなと鈴ブログ〜漫画家みなと鈴の日常へようこそ〜」

みなと鈴ロングインタビューはこちら

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