[どうぞごじゆうに~クミコの発酵暮らし~]2巻発売記念 久住昌之×いのうえさきこ「ぬか漬けサイコー!」対談
50歳女性の発酵生活を描く[どうぞごじゆうに~クミコの発酵暮らし~]。
2巻の発売を祝して、帯にコメントをご寄稿くださった [孤独のグルメ]の原作者・久住昌之先生と、著者のいのうえさきこ先生に「ぬか漬け愛」を語っていただきました!!
取材・文:粟生こずえ
写真:竹中智也
菌という生き物によって再生する50代女性の物語を描きたかった
──いのうえ先生はなぜ、ぬか漬けを漫画に描こうと思ったのですか?
いのうえ 50歳を過ぎて、急に体がしんどいと感じることが多くなったんですね。そのつらさを描いてみたいと──そこに体にいいものを絡めたらどうかなと思ったんです。そこで思いついたのが私自身何度も挫折したぬか漬けです。乳酸菌という生き物によって再生していく50女の話にしようって。
久住 ぬか床を生き物としてる感覚がおもしろいですよね。
いのうえ ペットは無理でもぬか床なら飼えると思って(笑)。「元気?」なんて声がけしたりしてますよ。
久住 そういうふうに気にかけてるとおいしくなる気がするよね。
いのうえ 久住先生はぬか漬けやったことありますか?
久住 ないです(笑)。でも吉祥寺に住んでる友達のデザイナーが仕事場の冷蔵庫でぬか漬けやってて「意外と簡単ですよ」なんて言ってる。身近な友達、しかも男にそう言われるとやってみちゃおうかなって思ったりもする。
いのうえ やるとしたら何を漬けてみたいですか?
久住 それはもちろんキュウリ、ナスから始めるんじゃないですかね。いのうえさんは何が好きですか?
いのうえ キュウリはもちろんですけど、セロリやカブやブロッコリーや。ウドなんかもおいしい。あとアボカドですね。まだ熟してない硬めのを買ってきて、半分に割って皮をむいて漬ける。ねっとりして意外なおいしさがあるんですよ。
原点となった実家のぬか漬けの思い出
久住 子どもの頃、ニンジンのぬか漬けに感動してね。ニンジンがこんなふうになるんだって。
いのうえ おいしいですよね。甘くてしょっぱいみたいな。
久住 ぬか漬けは毎朝食卓にあったね。ナスが出ると夏休みが近いなぁと思ったり。冬になると大根とかね。ぬか漬けで季節を感じていました。
いのうえ うちの実家は農家だったんで、畑で取れたものをかたっぱしから漬けてましたよ。冬の間に白菜漬けをたっぷり仕込んだり。そういうベタな農家の営みをやってました。
久住 ぼくは東京の三鷹生まれですが、親父の実家が新潟のすごい田舎の山の中でね。子どもの頃はまだ新幹線も通ってないから不便で、めったに行かなかったくらいの。近くにお店なんて一軒もない。小学校5年生の夏休みに行ったとき「おかずが少ないなぁ」って思ったのを覚えてます。肉なんて出ない。丸ナスのみそ汁、丸ナスの煮びたし、丸ナスのぬか漬け……。
いのうえ おいしそうですけど、小学生としてはねぇ(笑)。
久住 それが大学卒業後に祖父のお葬式で行ったとき、いとこ同士で飲んでたら例の丸ナスのぬか漬けが出てきた。これがびっくりするほどおいしくてね。昔はこのうまさ、わかんなかったなぁって。大人と子供で味覚が変わるっていうのをあれほど感じたことはない。
──それ以来、飲みの場では必ずぬか漬けを?
久住 いや、そんなことないです(笑)。だってまずいのに当たるとすごいショックだから。好きなものだからこそね。ここみたいにおいしいってわかってるお店なら頼むけど。あ、食べてみてくださいよ(と、ぬか漬けをすすめる)。
いのうえ じゃあナスからいこうかな。……うわ、おいしい!
久住 自分が選んだお店のがおいしいって言われるとうれしいな。ふつうにおいしいでしょ? ぼく、特別な絶品とかそういうものには興味ないんで。
いのうえ わかります! ちょうど、他人が漬けたのが食べたかったんですよ。自分の味にちょっと飽きちゃって。うちのよりまろやかな感じがします。
久住 ここのは店主の御両親の代からのぬか床なんだそうです。
いのうえ うちの親のぬか漬けにも似てるかも。私のはついつい発酵が進みすぎちゃったりで、安定してないんですよね。味をキープするのは難しい。
──風味を調整するためにいろいろな食材を入れたりするんですよね?
久住 うちの実家では昆布を入れてたね。で、たまに水を吸ってやわらかくなった昆布を刻んだのが出てくると「やったー!」って。お醤油をちょっとかけて……。
いのうえ ごちそうだ〜!
久住 あと、おなかの薬の「エビオス錠」も入れてたね。あれ、ビール酵母だから。
いのうえ 便利ですよね。ビール酵母は発酵をうながすので熟成が足りないときに。ちょっと酸っぱすぎるなと思ったら落ち着かせる、甘みを持たせるようなものを入れます。麹とかね。甘みを出すには切り干し大根がいいんですよ。干してあるから甘みがあるでしょ。それにしても、おいしいぬか漬けを外で食べられるっていいもんですね。
久住 ぬか漬けはぬかから出したてがおいしいから、買って帰ることはないね。家に帰ったころにはもう味が変わってる。
いのうえ どんなにおいしいぬか漬けだとしても、出したてにはかなわないんですよね。
久住 うん、ぬか漬けはそこに尽きる!
自分のぬか床と「つきあう」楽しさ
──ぬか漬けって「ダメにしたらどうしよう」という恐怖がつきまといますよね。
いのうえ ハードルが高いイメージだと思うんですけど、この漫画で「そんなに大変じゃないし、失敗したと思っても修復できる」と伝えたいんです。クミコさんもぬか床が真っ白になってしまって呆然としたりしますが……。
久住 産膜酵母のエピソードだね。
いのうえ はい。カビみたいに見えるけど酵母菌の一種だから混ぜちゃってOK。クミコさんも1巻ではビクビクしてましたが、2巻ではフツーに混ぜてます。
久住 とはいえ混ぜるのって勇気いるよね。この場面、すごいリアル。読み手も「本当にこれでいいのか?」って体験できるようなおもしろさがある。いのうえさんがぬか床とつきあってるからこそだよね。
いのうえ 「つきあう」っていい言葉ですね。漫画を描くまではそこまでいろいろ漬けようとは思ってなかったんですけど、やってみたら何でもアリだなと。お野菜だけじゃなく魚も肉も漬けてますね。漬けておけば一品できて、乳酸菌もとれる料理って最高じゃないですか。
──漬かりすぎの古漬けもおいしそうです!
久住 酸っぱくなったキュウリや大根を水出ししてぎゅっと絞って細かく切って、刻んだショウガとミョウガをのっけて。子どもの頃からすごい好きでした。あれだけでごはん食べられるんだよ。一番好きかもしれない。
いのうえ うちもおばあちゃんがやってたんです。超おいしい! わざわざ古漬けにするというより「あ、漬かりすぎちゃった」みたいなときにやるのがまたいい。いかにも生活っていう感じで。
おいしい!? くさすぎ!? 一度は挑戦したい発酵食品
久住 この漫画、ぬか漬けだけでいくの? ほかの発酵食品も出てくる?
いのうえ ぬか漬け中心ですが、2巻では鮒寿司も出てきます。私が滋賀出身なので。琵琶湖の中に沖島という漁師さんの島があるんですが──滋賀県では年に1回、観光船がその島まで行って、自分で干した鮒にご飯を詰めて漬けるっていうイベントがあるんです。実家ではそれを樽ごと買ってるんですよ。
久住 すごいイベントですね。
いのうえ みんなにオススメしてるんですけど、地元の人ばっかりでなかなか他府県の人が来てくださらない(笑)。
久住 鮒寿司って丸1年漬けるんでしょ?
いのうえ このイベントでは漬けたものを半年後にパックにして送ってくださるんです。1匹ずつパウチしてあるので、食べてみて「酸味が足りないな」と思ったら常温に置いて発酵を進める。味見して自分の好きな発酵具合になったところで冷凍保存するんです。
久住 あれは好き嫌いが分かれるよね。
いのうえ ブルーチーズが好きな方なら大丈夫だと思いますよ。
久住 ブルーチーズねぇ。ぼくも今は好きになったけど、20歳くらいで初めて食べたときはこれは絶対飲み込めないって思った。大勢で旅行に行ったとき、ブルーチーズ好きな女の人が持ってきたの。ブルーチーズ単体でもキツいのに、その人がブルーチーズ入りのみそ汁を作ってさ。
いのうえ それは……!
久住 彼女は「チーズもみそも似たようなものじゃない」って言うんだけど。あれは強烈だったな。今、どうして好きになれたのか、思い出せない。
いのうえ そういえば鮒寿司のご飯の部分って調味料になるんですよ。しょっぱくて酸っぱいのでチーズの代わりみたいに使うのもアリ。あと、地元ではお茶漬けにするのもポピュラーです。あったかいご飯の上にのっけて、おだしとかお茶をかけるんです。
作者とリンクする主人公、そしてぬか床の成長物語!?
──本作では、古漬けをチャーハンに入れたりガスパチョに使うアレンジも登場して、目からウロコです。料理の監修者などが入っていないのにすごいなぁと。
久住 監修者とかあまりいない方がいいんだよ。実感が一番大事だからね。それに蓄積があろうとなかろうと、自分しか描けないことを探すのが作家の仕事だと思う。大事なのはネタじゃなくて、自分が感じたこと、考えたこと。それが先になければ漫画にならない。ただおいしいぬか漬けが出てくるだけじゃおもしろくなるわけないよね。『どうぞごじゆうに』は、いのうえさんが主人公や環境をじっくり考えて作った世界観の中で、人生にぬか漬けが重なってくるのがおもしろい。すごくまっとうな漫画だと思ったんです。
いのうえ ありがとうございます。本当にうれしいです!
久住 ぼくもよく「『孤独のグルメ』はどうやって店を選んでるんですか?」とか聞かれるんだけど、店を決めるのは後だよ。どういう話を描くか、何を読んでもらうかが先。それを考えていくとキャラクターが動き出して、「じゃあ何を食べてもらおうか」となる。
いのうえ そうですね。この作品では、主人公に自分自身を投影している部分がかなりあります。クミコさんは人の目を気にしたり、まわりの人を尊重するあまり自分の「こうしたい」を後回しにしちゃうタイプ。私もそういう人間で、人が自分に何を期待するかを先に考えてしまうんです。ずっとそうやって生きてきたんですけど、やっと自分を主張しようと思えるようになれて。この先、クミコさんがもっと自分を出せるような展開にしていきたいです。そのためには自分自身の変化を見つめて、自分の思うことをちゃんと提示していきたいなと。
久住 それはすごくいいですね。
いのうえ 改めて、2巻の帯にコメントを寄せていただいてありがとうございます。じつは、2巻のあとがき漫画に昨年亡くなった私のパートナーの「寝太郎」さんのことを描いたんですが。彼も『孤独のグルメ』の大ファンだったので、今頃喜んでいるだろうなぁと。これまで個人的なことを描いたりしない方だったんですけど……それも変化です。闘病していた彼と最後の時間を過ごしたことで、自分が表現したいことを前に出していこうと思うようになったんです。
久住 うん、そう思ったときがやりどきですよ。思いきり描いてください。楽しみにしています!
1958年生まれ、東京都出身。漫画家、音楽家。
1981年短編漫画『夜行』でデビュー。
実弟・久住卓也とのユニット Q.B.B.作の『中学生日記』(青林工藝舎)で、第45回文藝春秋漫画賞を受賞。
谷口ジローとの共著『孤独のグルメ』(扶桑社)は、大ヒットTVドラマに。
原作を担当した『花のズボラ飯』(秋田書店)は「このマンガがすごい!2012」(宝島社)オンナ編1位を獲得。
Q.B.B.の最新作『古本屋台』1~2巻大好評発売中!!
漫画家。琵琶湖の東岸で生まれ、畑の野菜をおやつにして育つ。
『いのうえさきこのだじゃれ手帖』(集英社)、『東京世界メシ紀行』(芸術新聞社)など、主な漫画のテーマは言葉と食。
『私、なんで別れられないんだろう〜脳が壊れた彼との日々〜』(秋田書店)では、高次脳機能障害のパートナー・寝太郎との日々を描く。
過去いくたびもの挫折経験から、ぬか漬けと人間関係の考え方は「ていねい」「てきとう」のハイブリッドと悟り、『どうぞごじゆうに~クミコの発酵暮らし~』ではぬか漬けを通したご自愛を描きたい。
■取材協力
みすず
東京都武蔵野市吉祥寺本町2-19-7
ぬか漬けと50歳女性の暮らしを描く『どうぞごじゆうに~クミコの発酵暮らし~』1話ためし読みはこちらから!
あとがきにも登場した寝太郎さんとのお話『私、なんで別れられないんだろう~脳が壊れた彼との日々~』1話ためし読みはこちらから!
今後の最新コンテンツが気になる方は、ぜひSouffle公式Twitterをフォロー!