『天幕のジャードゥーガル』トマトスープ×相沢梨紗(でんぱ組.inc)特別対談【前編】 | Souffle(スーフル)
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トピックス 2024.08.30

【特集】

『天幕のジャードゥーガル』トマトスープ×相沢梨紗(でんぱ組.inc)特別対談【前編】

徹底した取材と史料研究・時代考証によって実在の人物を物語作品で甦らせ、歴史研究家からも高い評価を得ている話題作の最新第4巻発売を記念して、トマトスープさんとアイドルグループ「でんぱ組.inc」のリーダー相沢梨紗、モンゴル渡航歴のある二人が、作品の舞台裏、モンゴルの文化、魅力などをたっぷり語り合った。

『天幕のジャードゥーガル』トマトスープ×相沢梨紗(でんぱ組.inc)特別対談【前編】

トマトスープさんと相沢梨紗。モンゴル好きの二人による特別対談!!

13世紀に世界史上類を見ない勢力を誇ったモンゴル帝国を舞台とする歴史漫画「天幕のジャードゥーガル」。モンゴル帝国の侵略により捕虜となった主人公ファーティマと、同じく不遇の時を経て皇帝オゴタイの第6夫人となったドレゲネ。平穏な日常を奪われた怒りと悲しみを胸に、さまざまな思惑が混在する中、知恵と知識で帝国に“静かなる闘い”を挑む、女2人の後宮譚だ。

徹底した取材と史料研究・時代考証によって実在の人物を物語作品で甦らせ、歴史研究家からも高い評価を得ている話題作の最新第4巻発売を記念して、トマトスープさんとアイドルグループ「でんぱ組.inc」のリーダー相沢梨紗、モンゴル渡航歴のある二人が、作品の舞台裏、モンゴルの文化、魅力などをたっぷり語り合った。


人生の辛い時期に、でんぱ組の歌に励まされていた(トマトスープ)

相沢 先生、今日はお会いできてうれしいです!でんぱ組のことを知っていただいているとお聞きして、感激してます! 私たちの存在が先生にまで届いているなんて、とても光栄です。

トマトスープ そんなに見つめられると。。緊張します(笑)。私が会社勤めをしていたころから存じ上げていて。私の人生の中で割と辛い時期でしたが、皆さんの歌に励まされました。「あした地球がこなごなになっても」や「でんでんぱっしょん」をよく聴いていましたよ。中でも「バリ3共和国」が一番好きでしたね。

『天幕のジャードゥーガル』トマトスープ×相沢梨紗(でんぱ組.inc)特別対談【前編】

相沢 うれしい!ありがとうございます! “バリサン”は秋葉原のことを歌った曲で、“あしこな”はイタリアでMVを撮らせていただきました。漫画家の浅野いにおさんに詞を書いていただいたんですけど、今もずっと歌い続けられていて、楽曲に携わっていただいた方やファンの方とずっとつながっていられる大切な曲なんです。お仕事が辛かったり、学校でうまくいかなかったりしたときにでんぱ組.incを知って、「勇気をもらった」「元気づけられた」って言ってくださる方が多いことに、私たちもびっくりしていて。なにせ、グループが立ち上がったころは、学校のクラスになじめなかったり、まともに通学できなかったりしていた子たちの集まりで、集団行動できるのか?みたいなレベルからのスタートでしたから。かわいくて、明るくて元気なイメージとはかけ離れた“アイドルの最下層”にいると思っていて、わざわざ自分のマイナス面をさらけ出す「W.W.D」みたい曲を当たり前のように歌っていました。でも、そういうスタンスで活動していたら逆に、ファンの皆さんからすごく優しく見ていただけるようになって。自分たちはこれで合っているのかな、と思いながら始めたことが、多くの方々や先生のように活躍されている方にも届いて、心に留めていただいている。感謝の気持ちでいっぱいです!

トマトスープ そういう出発点だったからこそ歌えた曲なのかなって、お話をお伺いして思いました。2014年に放送されていた「実在性ミリオンアンサー」というバラエティー番組が好きで、その番組のエンディング曲を妄想キャリブレーションさんが歌ってらっしゃいましたよね。その曲をもっと聴きたいなと思っていたところに出合ったのがでんぱ組さんの曲で、それから聴き始めたんです。

相沢 実在性ミリオンアーサーには、元メンバーの夢眠ねむちゃんも出演していて。あの番組がきっかけだなんて、かなりコアな刺さり方をしたんですね!驚きました(笑)。あのころの私たちって、なんだか尖ってましたよね⁉︎

トマトスープ そうですね、かなり尖っていましたけれど、好きでしたね。あのころは皆さんの歌を聴いて本当に励まされましたし、「でんでんぱっしょん」のような常に元気いっぱいな曲は、いつ聴いてもいいなぁと思います。こうして直接お会いできて、今もご縁があるんだなって感じています。

主人公のファーティマは、マイナスからのスタートをパワーに換えている。自分に重ねてしまう(梨紗)

相沢 先生がお描きになられている「天幕のジャードゥーガル」は大好きなモンゴルが舞台で、私もすごくご縁を感じます。めちゃめちゃおもしろいです!早く続きが読みたくて、もう本当に楽しみです。主人公のファーティマをはじめ、後宮の女性たちを中心に展開していく物語なので、普段から女の子たちばかりの世界に生きている私もすごく共感するところがあって。モンゴル帝国に大切なものを奪われたファーティマの恨み節から始まるストーリーに、アイドルとしてマイナスからのスタートをパワーに換えてきた自分をついつい重ねてしまいます。主人公が恨み節をそのままで終わらせたり、暴力的に晴らそうとしたりせず、知恵を使って見返してやろう!というところが、でんぱ組の活動にも通じているような気がしていて。

トマトスープ 私、ファーティマのような負の感情をベースにしないと作品を描けないタイプでして。作品を通じて、読んでいただいている方にこれからどんなメッセージをお届けできるのかは正直、わからないところでもありますが、負のエネルギーからもたらされるストーリーってやっぱり面白いなって感じていますし、その感覚で表現していきたいと思っています。私は結構、悪役が好きなんですよ、どんなお話でも(笑)。

相沢 わかります。私も悪役が好きなんで(笑)。

トマトスープ たとえば、どんな悪役がお好きなんですか?

相沢 悪役というくくりではないかもしれませんけど、ブラックジャックのような、どこかダークヒーロー的な存在がすごく好きなんですよね。とても強くて賢いけれど、そういう人にも欠陥があったり、そうなってしまった理由があったり、その人なりの正義があったり。濃厚なオリジナリティーを感じて、そこに憧れちゃいます。

トマトスープ そうですよね、すごく憧れちゃいますし、人ってどこかが欠けていてもいいんだなって思えますよね。悪役ってやっぱり物語の最後に負けてしまうけれど、実は主人公よりも悪役の方にこそ、作者の思想が入っているんじゃないかと思うことがあります。モンゴル帝国の正史では、ファーティマやドレゲネは悪役として描かれることが多いのですが、そういう人物はどこからやってきたんだろうって調べてみると、かなり壮絶な体験をしていることがわかって、見え方が違ってきたり、むしろ共感できたりします。とはいえ、この作品では逆にファーティマを主人公に描いていますので、モンゴル帝国が悪役みたいな存在になっています。でもそれはそれで、私はモンゴル帝国が好きなので、なんかすごく悪役として映えるなって(笑)。描いていて、自分でもとても楽しいです。

相沢 こうして先生とお話しする機会がなかったとしても、私はたぶん、主人公がオゴタイのようなモンゴル帝国側の人物ではなくファーティマだったから作品に入り込めたんだと思います。私自身、図書室や美術室にずっとこもっているようなタイプなので、いわゆるヒーロー、ヒロインキャラよりも、そういう主役を取り巻く人物の方が気になります。ファーティマのように、主人公が恨み辛みのような負の感情を持って登場する作品って、あまりないですよね。そして、主人公の負の感情のためにみんなが不幸になるのではなくて、やがてその感情が原動力となって救われていったり、いろんなことに気づいていったり。そんな物語を見てみたいなって思っています。

トマトスープ あのぉ、もしかしたら、これからファーティマや人々が救われていくような展開にはならないかもしれません。。。でも、何かしら答えが出るように頑張ります(笑)。

相沢 どひゃー!なんだか大事なことを聞いてしまったかもしれない! わかりました、心して読みます(笑)。

ファーティマは不器用だから愛おしい(トマトスープ)

『天幕のジャードゥーガル』トマトスープ×相沢梨紗(でんぱ組.inc)特別対談【前編】

トマトスープ ファーティマは実在した人物なのですが、彼女のことを初めて知ったときは、もっとたくましくて器用に生きた人なんだろうな、と思っていたんです。でも、どういう背景を持った人なのかを調べて、その人の人生を考えたときに、実はかなり不器用だったのかもしれないな、と。作品の中では賢い人物として描いていますが、私としてはこの主人公のことをあまり賢いと思っていなくて。むしろ不器用に生きていて、できることを何でもする人だと。その方がしっかり彼女の人生を描けるように思えるし、とても愛おしくなっていますね。

相沢 平和な日常をおびやかされて、命も何もかも奪われてしまうかもしれない不安の中で、一番大切なのは生きることであって、もしからしたら勉強することは必要じゃないかもしれない。でも、それを一生懸命やろうとするファーティマの姿勢は、確かに不器用だなと思います。私自身も、子どものころから人前で歌ったり踊ったりすることに憧れていたわけじゃなくて、逆に苦手なことなのでなるべく控えようと思って生きてきました。ただ、いろんなことを経験しながら大人になるにつれて、自分のことが嫌いになってしまって。「自分を不幸に貶めるのは自分自身かもしれない」って気がついてからは、そこから抜け出すために自分が最も苦手なことを克服しようと模索して、その結果、アイドルになっていたという感じです。ファーティマには「自分が一番苦手なことで自分に負けたくない」みたいな、そういう負けん気なところがあって、それはアイドルとしての自分ともしかしたら似た部分があるかもしれないと思いました。

トマトスープ 相沢さんご自身にも、自分の苦手を克服しようとか、立ち向かおうみたいなものがおありだったんですね。

相沢 ファーティマが、シタラという名で登場した物語の序盤では、シタラの心の中の声と態度が真逆なことがあって。思っていても言えなかったり、あえて口に出さずに知恵を巡らしたりというのは、アイドルとして活動する中でもあることで、ちょっとわかるなぁとクスクスしながら読みました。彼女はモンゴル帝国の捕虜となって役割や待遇が変わっても、自分から全てのものを奪った帝国には決して騙されまい、みたいな思いをずっと持ち続けていますよね。すごく辛い世界にたった1人、ポツンと身を置いて、守ってくれる人もいない。そんな中で、実は自分と同じような境遇にいるドレゲネさんと出会い、少しずつ親交を深め合って、やがてピンチを迎えたファーティマをドレゲネさんが少しかばう。そのシーンを読んだ瞬間、ちょっとだけ、人っていいかもって感じました。ファーティマにとって、そのことが本当に生きる力になるだろうなって思えて、とても感動したんです。彼女には本当に幸せになってほしいと思いながら読んでいます。

トマトスープ とても優しい視点で読んでくださっていて、うれしいです。

価値観をゆさぶられるのが好き。私たちと違う、モンゴルの世界観を物語にしたかった(トマトスープ)

『天幕のジャードゥーガル』トマトスープ×相沢梨紗(でんぱ組.inc)特別対談【前編】

相沢 私は実際にモンゴルを訪れたことはありましたが、あらためて歴史や文化について勉強したことがなくて。先生の作品を通して、ほぼ初見に近い感覚でモンゴルをたどっています。歴史や遊牧民の生活、文化、考え方、政治についてものすごくわかりやすく丁寧に書いてくださっているのでとても勉強になりますし、物語の展開を夢中になって読み進めている感じです。先生はどういうきっかけでモンゴルに興味を持たれて、モンゴル帝国を舞台に描こうと思われたのですか?

トマトスープ 実は私、初めての海外が“モンゴル”だったんです。5歳のときに、通っていた保育園の企画で保育士の先生方と家族も一緒に中国北部の内モンゴル自治区に行きました。それ以降、モンゴルへの漠然とした憧れみたいなものがありまして。遊牧民の人々は、日本のような町で暮らす私たちとは価値観や経済活動の発想が違うんです。私は価値観を揺さぶられるのが好きなので、モンゴルや遊牧民のことを調べていったら本当におもしろくて。モンゴル帝国についても、創始者のチンギス・ハンの話が伝説としてまとめられているのですが、その内容が少年漫画みたいだったんです。言うなれば、英雄伝。幼いころは苦境に立たされて、仲間を集めて強くなっていくみたいな話で、登場人物もみんな魅力的です。チンギス・ハンが立ち上げた小さな集団がやがて、ヨーロッパやインド、中東のイスラム圏など世界史上の横のつながりとともにどんどんグローバル化していく。そして、いろんな価値観やバックグラウンドを持つ人々が、モンゴル帝国という1カ所に集まって交流するという世界観に惹かれました。これはもうぜひ、物語として表現したいと思ったわけです。

相沢 モンゴル帝国はユーラシア大陸を東西に横断して広がっていたので、私みたいな素人からしたら、どこまでがモンゴルのことなのかわからないくらいスケールが大きいです。実は、私も価値観を揺さぶられたことがあって。2016年のモンゴル国際草原マラソンにゲストとしてお招きいただいたのですが、その大会の優勝賞品がラクダだったんです。ええっ!ラクダなの!?って、なりますよね(笑)。しかも、1位になったのが日本人ランナーで「僕はラクダを連れて帰れないから、代わりにどうぞもらってください」と近くの村の人に譲られたんです。そしたらもう、その人が大喜びして「やったー!いいの?いいの?お前は本当にいいやつだな」って(笑)。ラクダを賞品にしちゃうのも驚きでしたが、なによりもそのときの皆さんのやり取りがとっても素敵で、印象に残っています。

トマトスープ 私たちの価値観で言えば、おそらく車を1台もらったのと同じくらいなんだと思いますよ。それはもう、大喜びしますよね(笑)。

モンゴルでお会いしたシャーマン(呪術師)。何か見えていたのかな(梨紗)

『天幕のジャードゥーガル』トマトスープ×相沢梨紗(でんぱ組.inc)特別対談【前編】

相沢 モンゴルでは呪術師のシャーマンにもお会いしました。もともと私の母方が沖縄の人で身内に巫女さんもいたので、シャーマンの存在自体は子どものころから何となく聞いていましたが、海外でシャーマンに占っていただいたのは初めてのことで。お若い方でしたけれども、いきなり「あなたのことが見えにくい。ひょっとしてコンタクトレンズを着けてる?」って言われて。え!コンタクトしてることわかるんだ⁉️ しかも占ってもらうには裸眼じゃなきゃダメなの!?ってびっくりして。「お父さんは足のあたりがお悪いようですね」とも言われました。そのときは、あまり気に留めなかったんですけど、数年後にちょっと病気を患いまして。そうか、あのときのことだったのかなって。だから、やっぱり何かしらが見えていたのかなって思います。

トマトスープ モンゴルの話でよく聞くシャーマンは、お医者さんの代わりといいますか、過去や未来を見に行ったり、病気の根源を探しに行ったり、精神世界にも行くそうで、今でも多くの人々に信じられているようです。シャーマンは治療に「歌」を使うこともあるそうで、まさに独特の文化が根付いているんだと思います。

相沢 なにか私たちでは計り知れない力が働く、ということなんでしょうね。作品の中でも、オゴタイの弟トルイが、儀式の最中に兄の身代わりとなって亡くなる場面があります。それまで文学的というか、言葉や史実で説明がつくようなストーリー展開だったのに、急にファンタジーなシーンに出くわして、思わずドキッとしたんです。

トマトスープ 中世はまだ科学的ではなくて、ファンタジーが人々の日常にあった時代、と捉えられています。人間のできることが今よりもかなり少なくて、神や精霊が近くにいた時代なんですね。とても興味深いですし、私たちが科学的な時代に生きているからといって否定したくない、と思って描きました。

相沢 ファンタジーな場面だけれど、そのギャップもまたリアルでおもしろく読ませていただきました。

トマトスープ 物語に登場したトルイはチンギス・ハンの四男ですが、お兄さんたちをしのいで帝国随一の勢力を誇っていました。それは、チンギスが築いたほぼすべての財産と強力な軍隊を、トルイが独占的に譲り受けたからなんですね。なぜそのような力を持てたのか、その理由は、モンゴルの伝統的な「相続」の考え方にあります。日本では昔から長男が家を継ぐという慣習がありますが、モンゴルでは末っ子が家を継ぎます。お兄さんたちはどんどん自立して、新たに家族を持ってよその地へ出ていく。最後まで実家に残って親と暮らし、親の面倒を見るのは末っ子なのだから、親が亡くなればそのまま家や財産を引き継ぐのが当たり前、という考え方らしいです。そう言われると、確かに合理的に思えますよね。ただ、家督も継げるのかというと、それはまた別の話らしく、状況や実力次第で決めるようです。トルイは数々の武功を挙げた実力者でしたが、帝位には就かなかったし、見方によっては“就けなかった”のです。

相沢 まさに、先生が作品の中で描かれているモンゴル帝国時代の慣習そのままなんですね。

トマトスープ モンゴルでは末っ子のことを、炉の主という意味の「オッチギン」と言いますが、それは家のかまどを守るみたいなイメージの言葉らしいです。今年5月の現地取材でゲルの形をした宿泊施設に泊まらせていただきましたが、朝方の気温が0度くらいでとても寒く、暖炉を使おうとしたんです。でも、なかなか薪に火をつけるのが難しくて、オッチギンのありがたみというか、その言葉の意味や重さがわかった気がしました。モンゴルは太陽が昇ると一気に気温が上がるんですけど、空気が乾燥した大陸性の気候なので、朝晩の寒暖差が激しいです。

モンゴルの大草原、人の心の広さ。食べたもの全部がおいしかった(梨紗)

『天幕のジャードゥーガル』トマトスープ×相沢梨紗(でんぱ組.inc)特別対談【前編】

相沢 私がモンゴルを訪れたのは9月ごろでしたが、日本の同じ時期より涼しく感じたかも。飛行機で降り立ったウランバートルはかなり街並みがしっかりしていて、そこから1〜2時間くらい車に揺られると、大地一面に広がる緑の大草原!素敵だったなぁ。ゲルで生活している遊牧民のお宅にもお伺いしました。ただ、驚いたのは普通に街で生活している方も馬にひょいひょいっと乗れるんですね。「おめえさんも乗ってみろ」って言われて、えーっ!無理無理!って(笑)。乗馬は経験したことがなかったんですが、いざやってみたら意外と乗れまして。でも、どこに向かったらいいのか、どうやって降りていいのかわからないし、もうただただ馬が赴くままに身を任せるだけでした。モンゴルの人はいつごろから乗りこなせるようになるんでしょうか?

トマトスープ 5歳くらいになると1人で乗れるのが当たり前みたいですね。モンゴルの馬はポニーのように小柄なので、子どもの身長が馬の背を超えるころが目安、という感じだと思います。「ナーダム」という大きな祭りでは、子どもたちが乗る競馬がメインイベントとして伝統的に行われていいます。大人よりも体重が軽いので、馬も長い距離を走れるみたいです。最近では児童労働にあたるのではないかって、揉めているみたいですけれど。

相沢 そうなんですね!見渡す限りの草原で、ちゃんとした道路がないから馬で走るのも難しそう。マラソン大会のときもコースなんて見当たらないので「どこを走ればいいのかわかるんですか?迷ったりしないんですか?」って聞いたら「まあ、なんとなくルートを走って帰ってくればゴールだよ」って(笑)。なんだか皆さんおおらかで、心が広いなぁってびっくりしちゃった。

トマトスープ それ、よくわかります(笑)。一応、幹線道路はあるんですけど、取材で遺跡を見に行くためにちょっと横へそれると、もう道がない。あったとしても轍くらいで、車が道なき道をモリモリと走る感じでした。そして、羊、ヤギ、馬、あと稀にラクダがやってきます。私が行った5月ごろはちょうど家畜の子どもが生まれる時期だったので、子ヤギや仔馬もいて、かわいらしい姿を見られました。

相沢 本当に自然の中で生活しているんだなって思いますよね。モンゴルで食べたものも全部がおいしく感じられて。羊肉を塩ゆでしたチャンスンマハや馬乳酒をいただきましたし、小籠包に似たボーズは現地のおばあさんに作り方を教わりました。羊も牛も、それまで日本やヨーロッパで食べたお肉の味と全然違いました。多少の獣っぽさはありますが、シンプルな味付けなのにとてもおいしい。先生の作品の中で肉の処理の仕方が書かれていたのを読んで、なるほど!って。血抜きをしすぎないやり方というのが残っているんですね。

生き物に対する感謝。そこに文化や価値観がある(トマトスープ)

『天幕のジャードゥーガル』トマトスープ×相沢梨紗(でんぱ組.inc)特別対談【前編】

トマトスープ 日本人からすると大丈夫なの?って思いますけれど、モンゴルの人は日本人よりもずっと肉処理に慣れていて、本当にあっという間に羊を解体しちゃいます。実際に見せてもらいましたが、スッとナイフを刺して、キュッと心臓を止めて、内臓もサササッと切り分ける。その間、地面にまったく血を落とさないんです。脚もパキッパキッと簡単に折って、いつの間にか最後は皮だけになっているみたいな。本当に手際が良いので、動物にも負荷がかかりません。地域によって息の根の止め方に違いがあって、モンゴルでは心臓の弁を切りますが、チベットの遊牧民は口を塞いで窒息させ、イスラム圏では首を切って放血するようです。いずれのやり方でも共通して言えるのは、家畜ができるだけ苦しまないように考えられていること。肉の味を落とさないためであり、生き物に対する感謝であり、そこに文化や価値観があるんだと思います。

相沢 すごい技術ですね! 肉料理もそうですが、チーズやヨーグルトもシンプルに素材のおいしさを味わう感じで、基本的に自然からできたものをそのまま食べることが多いんだなって、驚きました。インドのようにスパイスを利かせるイメージがあったものですから。でも、お野菜をたっぷり使った料理というのはなかったように思います。

トマトスープ モンゴルの気候や土地は耕作に向かないので、遊牧民の人々は野生のニラやニンニクのようなものを使う程度で、野菜や果物をあまり口にしないようです。昔は肉や乳製品との物々交換で手に入れていたようですが、流通が発達した今も街まで買い出しに行かなければならないので、日本みたいに常にフレッシュなものを手に入れるのは難しいかもしれません。でも最近の考古学の研究で、モンゴル帝国の遺跡から植物の残骸などが発掘されました。どうやら一部の地域で簡単な耕作をしていたようです。果物を輸入していた痕跡も見つかって、当時から植物性の食物を摂取していたことがわかってきています。

相沢 実は昔から農耕文化もあった、ということですよね。まだまだ明らかになっていないことって、たくさんありそうですね!

トマトスープ そうなんです。モンゴル遊牧民は文字にして記録する文化があまりなかったので、歴史をさかのぼるには考古学的なアプローチや、ほかのいろんな国で記録されている文献をつなぎ合わせて検証する必要があるようです。当然、その時代のさまざまな言語で書かれた史料を解読しなければならないので、なかなか大変みたいで。これさえ読んでいればモンゴル帝国の歴史がわかる!みたいなものでもないそうです。

(後編はこちら)


トマトスープ【トマトスープ】
群馬県出身。2021年9月、WEBコミックサイト「Souffle」(スーフル)で「天幕のジャードゥーガル」連載開始とともに注目度が高まり、宝島社「このマンガがすごい!2023」オンナ編で歴史漫画初の1位に輝く。2023年のWINGS 10月号から、モンゴル帝国に侵攻されたグルジア(ジョージア)王国の地方領主の活躍を描く「奸臣スムバト」も連載スタート。そのほかに、完結作「ダンピアのおいしい冒険」(イースト・プレス)など主に中世〜近世の世界史をテーマにした創作歴史漫画を手掛ける。

相沢梨紗(でんぱ組.inc)【相沢梨紗】
8月2日生まれ。大阪府出身。アイドルグループ「でんぱ組.inc」リーダー。中学時代にコスプレーヤーだった先輩に勧められてコスプレを始め、高校生のころから秋葉原に通う。コスプレーヤー仲間の紹介でメイドカフェに入店し、料理の腕をかわれてキッチンメイドに。その後、秋葉原ディアステージのオープニングメンバーに応募し、2009年に古川未鈴らと「でんぱ組.inc」を結成した。グループではどじっこ担当。キャッチフレーズは「2.5次元伝説」。特技は妄想とお菓子づくり。

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