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Souffle(スーフル) Souffle(スーフル) 息、できてる?
コラム 2018.11.13

『ほがらかSNSライフ』カレー沢薫 最近、SNSが殺伐としていないか?

#4 SNSに意味なんか求めてはいけない。

インターネットという大事な居場所をこれ以上地獄にしないために、カレー沢薫さんが提案する、SNSとのほがらかな付き合い方。

第一回目で担当の友人が「SNSの何気ない日常投稿がムカつく」と言っていたという話をした。
これを聞いた時は、それはヤバいのではないかと思ったが、最近はSNSも殺伐としているので、みんな「そういう域」に達してしまっているのかもしれない、とも思った。

ほがらかSNSライフしかし公開されてみると「それはヤバい」「そいつが見るべきものはSNSではなく遠くや緑」という感想の方が多かったので、やはり担当の友人はヤバいのだ。

そんなヤバい奴から、新しいSNS苛立ち情報が送られてきた。

「友達のインスタに何枚も食べ物の写真が載っていて、カルボナーラが美味しいというコメントつきだったからどこの店かと思ったら店の情報が何もはりつけられていなくてお前の食ったものなんか知らんわ」

その後担当は「店をおすすめする目的以外に食べ物の写真を載せる意味ってある?」と聞かれ二の句が継げなかったそうだ。

空と犬と猫と美味そうな食い物は炎上し辛い四天王と言われていたが、その一つがあっさり倒された、食い物は四天王最弱、というわけではなくこの友人が強すぎるのだ。

しかしこの非凡すぎる感覚の中にも我ら凡人が参考にすべきところはある。
ポイントは「意味ってある?」の部分だ。

つまり「SNSに意味を求めんな」ということだ。他人の投稿に対し「だから何?」はご法度なのである。
SNSに意味のあるもの、有益な情報を求めてしまうから「いい天気!」という空の写真に対し「だからどうした、せめて何県何市がいい天気か明記しろ、ぶっ殺されてえのか」と勝手にブチ切れてしまうのだ。

よってまずSNSは、無意味と無益の集合体であると肝に和彫りすべきだ、逆に言えばそれこそがSNS最大の長所である。今思いついた、マジでどうでも良いことをただの退屈しのぎに書き込んでいいのがSNSなのだ。

何故ならSNSは「聞け!」と個人の胸倉をつかんで「今日作ったカレーが美味かった!」と言うタイプのツールではない、ただの虚空に発した独り言であり、それを人が聞いているかもしれない、というだけだ、どうでもいいと思ったら周りの人間は無視しとけばいいだけだ。
そんな独り言まで「今日の足立区は晴れのち曇り午後からの降水確率は20%傘の用意はいらないだろう」とイチイチ有益にしなければいけなくなったら疲れるだけだ。

どうしても有益情報が欲しいというなら、情報系アカウントのみフォローするなど、自分である程度カスタマイズすべきだろう。市井のOLなどをフォローしといて「そのカルボナーラが美味いからどうした!?」とキレ散らかすのはお門違いだ。

そもそも、SNSを情報ツール、特にツイッターから有益情報を得ようとするのは下策だ。「ソースはツイッター」というのは「根拠はない」と言っているのと同じで、有益な情報もあるが、ガセネタも多く流れてくるし、気づいたらガセを拡散する片棒を担いていたりする。
正しく有益な情報が欲しいならSNS以外の「確かな出所」を当てにした方が良い。

SNSは99%「無意味」が流れてくる。その中に気絶するほど可愛いおキャット様の写真などたまに掘り出し物が入っている、ぐらいのものと思っておかないと苛立つだけだ。

次回は11月20日更新です。

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『ほがらかSNSライフ』カレー沢薫

『ほがらかSNSライフ』カレー沢薫

OL兼マンガ家から専業作家になったカレー沢薫さんが気づいたのは、「SNSにしか居場所がない」という事実。インターネットという大事な居場所を地獄にしないために、カレー沢薫さんが提案する、SNSとのほがらかな付き合い方とは?

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