公式Twitter 公式Facebook 公式Instagram RSS
Souffle(スーフル) Souffle(スーフル) 息、できてる?
コラム 2019.05.28

『ほがらかSNSライフ』カレー沢薫 最近、SNSが殺伐としていないか?

#31 1週間だけ、キラキラ女子になってみる

インスタ、使いこなしてますか??

ほがらかSNSライフ物は試しで始めてみたインスタだが、アカウントを作り、アイコン写真をペペロソチーノに設定したところから何も動いていない。

インスタに載せて良いようなことが依然起こらないのである。

つまり、インスタグラマーには、インスタに載せるべきことが自然に起こるタイプと、自分でムーブメントを起こさないと何も載せられない、WOW WAR TONIGHT型がいると言うことだ。

その時点で後者の大半は「ここは俺の住む土地ではなかった」とインスタというタタラ場を後にして、ツイッターとかの森に帰るのだが、中にはわざわざインスタに書けることを自ら作り出してまでインスタ場に留まろうとする者もいる。

もちろん私は入口どころか「この先25キロ直進インスタ」という看板の時点で森に帰った人間である。

しかし、それは「ここは私の場所じゃない」という「直感」ではなく「経験」によるものだった。

実は「わざわざ書くことを作り出してでも書く」という行為は、二十代前半の時、今は亡きなんだか、生きてるんだかもわからない「ミクシィ」で経験済だったのである。

私は十代の頃からインターネットをやっていたが、その用途は「名前も顔も知らないけれど、性癖だけは知っている」でおなじみの、漫画やゲーム好きな同志たちと二次元の男について語らうことのみだった。

よって「リアル知人とネットで交流する」というのはミクシィが初めてだったのである。

もちろん二次元の男の事で揉めることも多々あるがそもそも次元が違うので、どれだけ「私は推しのことを誰よりも正しく解釈している」と主張しても「推しと0.001次元まで距離を縮めた」というコンドームみたいな抜け駆けは誰にも出来ない。

その点では平等であり、ある意味平和なのだ。

また戦っている相手のことも「同担であること以外知らない」なケースも多いため、ある意味敵というより虚像と戦っているのに近い。

それに比べ、顔も名前もわかっているリアル知人のSNS投稿というのは、自分も知っている人間や場所が出て来たりするので、もっと生々しい嫉妬が起こりやすいのである。

友人が共通の友人と遊んでいたと日記に書けば「私、誘われてないんですけど?」と思うし、知っている店でパンケーキを食ったと写真を載せられると「自分も行こうと思っていたのに」などと思ってしまうのだ。

ミクシィで初めてそのようなリアル知人に対する嫉妬を経験した私は、それに対抗すべく、自分も週末のたび出かけて、ランチ本やカフェ本を買い、写真を撮っては載せる、という、まさに今のインスタグラマーと同じことをやっていたのだ。

つまり烈海王風に言えば「君らのいる場所は既に、我々が一億と二千年前に通過した場所だ」ということである。

若干アクエリオンが混ざってしまったが、アクエリオンついでに言えば「8000年過ぎたころから「疲れ」を感じた」のである。

そもそも、外出が好きじゃないし、飯は部屋に閉じこもってネットしながら1人で食うのが好きな人間である。

それが映える写真を撮るためだけに外出し、衆目の中飯を食ったら疲弊するに決まっているのだ。

そして、この戦いには終わりがない。自分の写真を見たリア友が「あなたのパンケーキの映えには一本取られました」などと、降参するはずがないのだ。

愚かだったと思うが、良い経験をしたとも思う。

この経験があったからこそ、インスタ村には瞬時に「俺の居場所じゃねえ」と察知することができたのだ。

二十歳そこらでネットでイキるのはまだ良いが三十代後半になってそれをやるのは、さすがに厳しい。

よって、若いうちにあえて「偽装キラキラ」をやってみるのも悪いことではない。

未経験の人は一週間でも、インスタでキラキラ女子をやってみると良い、すごく疲れるから。

次回は6月4日更新です。

前の回を読む 次の回を読む
『ほがらかSNSライフ』カレー沢薫

『ほがらかSNSライフ』カレー沢薫

OL兼マンガ家から専業作家になったカレー沢薫さんが気づいたのは、「SNSにしか居場所がない」という事実。インターネットという大事な居場所を地獄にしないために、カレー沢薫さんが提案する、SNSとのほがらかな付き合い方とは?

『国家の猫ムラヤマ』コミック1巻をオンライン書店で購入

『国家の猫ムラヤマ』コミック1巻の電子書籍を購入