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Souffle(スーフル) Souffle(スーフル) 息、できてる?
コラム 2019.08.27

『ほがらかSNSライフ』カレー沢薫 最近、SNSが殺伐としていないか?

#44 SNSのコミュニケーション能力

ネット上での人間関係、うまく築けてる?

ほがらかSNSライフSNSを長くやっていると、会ったことはないが親しくしている人、の一人や二人いるのではないだろうか。

ちなみに私はいない。ただ一方的に知っている人だけがいる。

そういう親しくしている相手でさえ、生身の人間で、いつもは社会の一員として日常生活を送っている、というのはなかなか想像がつかないものである。

実際会うまでは、アイコンに使っている「セクシー大根」とかのイメージしかなく、会ってみてまず人間であることに驚くのだ。

このようにSNS含むネットは「相手が人間であることを忘れやすい」世界である。

それを忘れるとどうなるかというと「突然殴り掛かる」という、生身の人間にはなかなかしないことをしてしまったりするのだ。

現実社会なら、スタバで隣に座った人の会話内容が気に入らなかったからと言って、手持ちのティバーナフローズンティー香る煎茶×グリーンアップルを相手の顔面にぶっかけたりしないだろう。

しかし、そういうことが日常的に起こっているのがネットである。

相手のことを人間と思っていないから、熱々のスターバックスリザーブクローバーコロンビアカフェムヘレスをかけても相手は大丈夫だし、それでポリス沙汰になるかも、とは夢にも思わないのである。

この「相手が人間だと忘れる度」は相手が「著名人」または「やらかした人」になると格段に上がる。

確かにネット上で「貴様本当に人間か?」というような発言や言動をしている人はいるが、驚くべきことに大体人間なのだ。

相手が人間である以上、何をやらかしていたとしても、集団で角材で殴って良いという道理はないし、罪に問われない、ということもない。

よって、SNS上のコミュニケーションでも、相手が人間であることと、リアルだったらどうするか、を「想像」することは大事である。

相手に注意する時でも、相手が人間であることを一瞬でも思い出せば「いきなり刺す」ということはないはずだ。

自分が正しいなら、逆に冷静に礼儀正しく注意すべきだろう、刺してしまったら正しいものもその時点で正しくなくなってしまう。

このように「相手が人間であることを忘れる」ことによって起こるトラブルが多いのがネットコミュニケーションの欠点だが、もちろん利点でもある。

相手が人間かどうかもわからないからこそ、逆に何でも話せるのだ。

現実で、スタバで隣になった人がケータ君愛を語っていたとしても「実は拙者も」と、キャラメルフラペチーノを差し出しながら声をかけるのはなかなか難しいだろう。

それができるのがSNSであり、ネットである。

ネットはノーモーションで人間に殴りかかるためではなく、相手が人間だとわかっているとおしゃべり出来ないタイプの人間が、早口饒舌になれる、便利なコミュニケーション補助具として有効に使っていくべきだろう。

次回は9月3日更新です。

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『ほがらかSNSライフ』カレー沢薫

『ほがらかSNSライフ』カレー沢薫

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