『セトウツミ コノモトメモ』 此元和津也 『セトウツミ』の作者自身によるレビューエッセイ!
#0 「 セトウツミ」が生まれた瞬間(『マジ雲は必ず雨』)

舞台化記念! セトウツミの作者・此元和津也が1話ごとの裏話と思い出を漫画と共に語るレビューエッセイ。
レビュー後の漫画とあわせてお楽しみください!
「セトウツミ」が生まれた瞬間
2023年。この原稿を書くため、ため息をつきながらパソコンに向かう。過去と向き合うには少なからず痛みが伴う。
あれは確か2012年。デビューから3~4年。
「俺から売れそうな匂いするでしょ?」
オファーをかけてくれた編集者に言う。
幸いなことにこれまで、営業をかけたことはなかった。そこまでして描きたいものなどなかったからだ。声がかからなければ辞めようと思っていた。
強気な言葉とは裏腹に僕は無気力の底にいた。自分が恵まれているのか、終わりかけているのか、それともよくある漫画家の描けない時期なのか、あるいは末路なのか、現在地もよくわからないまま。
ただ確かなことは一切働かず、ペンも握らず、貯金を食いつぶしながら生きる日々。面白いものを世に放つための、心の中にある大砲は空っぽのまま。火薬すらない。砲台は傾きつつある。
ありがたいことに何人かの編集者がわざわざ大阪まで会いに来る。その場しのぎの思いつきを、さも温めていた企画のように話す。
「ネームお待ちしてます」立ち去る編集者を、まるでそれだけで働いたような気になった僕が見送る。そしてもちろん、ネームなんて描かない。
そんな茶番のような打ち合わせとも呼べないただのお茶会みたいなものが何度も繰り返される。
その中のひとりに、秋田書店の編集者がいた。「クローズ」の担当のS田さんだ。
彼はロン毛でマッチョでピアスを開けていた。まるで「クローズ」から出てきたような、嘘みたいな編集者が、スイスホテルのラウンジで向かいに座っていた。
地方かけだし漫画家あるあるなのかわからないけど、そういった面会は大体昼間に行われる。夜には本命の売れっ子漫画家との食事が控えており、要するに僕はそのついでなのだ。
別の編集者からは、前の打ち合わせが長引いている、という理由でカフェで2時間待たされたこともあった。
これは恨み言でもなんでもなく、当たり前の話だ。漫画家に限らず、モノになるかどうかもわからない奴を人はいちいち丁寧に扱わない。これがそのまま自分の評価なのだ。
悔しかったら売れればいい。手のひらは力ずくで裏返す。
でも、青年誌で細々やって、これが俺の描きたいことだ、なんて言いながら王道から逃げて、わかる奴にはわかるみたいなダサさを孕んだモノローグ過多の雰囲気もので、それを深読みしちゃう自称漫画好きに支持されながら、芸術家みたいな顔で生きるのも悪くないな。
みたいなことを考えていたら落ち込んできた。本当は気づいている。僕はメインストリームを渇望している。
底から更に底へ。どん底へ。
「俺から売れそうな匂いするでしょ?」
S田さんは真面目な顔でこう言った。
「確かに」
心の中の大砲。スイッチはそこにあった。僕の底にあった。それは吹けば飛ぶようなおもちゃの大砲だったかもしれない。
だけどかすかな爆発音を確かに聞いた。
その日の晩、僕はネームを描いた。
漫画に絶望している自分を。無気力な自分を。立ち上がれない自分を。そのままの自分を。
それが「セトウツミ」の前身となる読み切りだ。タイトルもキャラの名前もなかった。
右手1本と脳みそひとつ。そして才能という目に見えない不確かなものを拠り所に、これまたセンスという形のないものを原稿に念写する。
「セトウツミ」が生まれた瞬間だ。
昼を少し過ぎた、スイスホテルのラウンジ。周りはマダムがアフターヌーンティーを嗜んでいらっしゃる。ドレスコードはスマートカジュアル。
スマートカジュアルってなんなん。まあ僕は満たしているけど。
僕はアイスカフェラテ。そして中国茶を飲んでいるS田さんにネームを見せた。目の前でネームを読んでもらうのは初めての経験だった。
いたたまれなくなってくる。S田さんは黙々とページを捲る。一切表情が変わらない。その様が面白く思えて笑ってしまいそうになった。
「こういうのも描けるんですね」そうつぶやいた後、続けて言う。
「これをショートで連載しましょう」
全く嬉しくなかった。
話は変わるが、最近、S田さんと二人きりで食事をした。鴨料理だったので「お前みたいなカモを料理してやったぜ」的な暗喩が込められていたかもしれないが、それはランチではなくディナーだった。
内容について少し触れるために、久々に読み返してみた。ほぼ完璧に近いと思った。なんの修正も入っていない原液100%の原稿だ。
日常を描いているので、やはり日常から拾ったものが多い。
ある日、線路沿いを歩いている時、前を歩く友人が振り返って何か言った瞬間、そのセリフは電車の音でかき消された。
エモいはずのそのシーンは、聞き返してみると、今でも思い出せないぐらい、本当に二度聞き史上一番しょうもない発言だった。
またある時は、講談社の編集者との前述した茶番のような面会時に、何かの際に僕が言ったセリフ。
「相乗効果じゃないですか?」に対する返答が「シナジー効果ってやつかあ……」だったのでそのまま使わせてもらった。
そんなことになる?という疑問や違和感、人間の業みたいなものを32ページに凝縮したように思う。
これは飛び道具的に単発で完結した読み切りだ。連載なんて気が遠くなる。どうせ連載するならもっと真っ向勝負がしたい。
多少グズりながらも、結局これが掲載され、連載が決まってしまった。
果たして伝わるのか?そんな不安もあったが、それよりも、こんなもの毎月描けるのか?という不安のほうが大きかった。
そんな僕の思いは的中する。
【漫画『マジ雲は必ず雨』はこちらから】
































次回は6月2日更新です。
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