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トピックス 2019.04.16

【特集】

菊池真理子×池谷裕二 対談 「私の脳、“大丈夫”でしょうか?」(1)

『海馬』『進化しすぎた脳』などで知られる脳研究者・池谷裕二さんに、まんが家・菊池真理子さんが「自分の生きづらさはどこからくるのか」を質問してきました。

脳研究者が「生きづらさ」を見るとどうなる?

菊池 池谷先生との出会いのきっかけは、私の担当編集者が、先生に漫画をお送りしたことでしたね。それを読んだ池谷先生がコメントをくださって……。

菊池真理子×池谷祐二 対談 「私の脳、“大丈夫”でしょうか?」

菊池真理子×池谷祐二 対談 「私の脳、“大丈夫”でしょうか?」

菊池真理子×池谷祐二 対談 「私の脳、“大丈夫”でしょうか?」

「生きやすい」より)

池谷 そう、「この人大丈夫なの?」って(笑)。

菊池 今日はそれを聞きにきました(笑)。私はこの漫画をあくまで「自分の体験」として、特に医学や科学の知識を調べずに描いているんです。でも研究者の方から見たら、何か違うとらえ方があるかもしれない。私の脳が一体どうなっているのか、先生に分析していただこうと思いまして。

池谷 なるほどね。では具体的に、菊池さんの頭の中で起きている出来事について教えてもらいましょうか。

頭の中で喋る人、実は一人じゃありませんでした。

菊池 漫画にも描いたんですが、私はいつも頭の中で、自分とは違う人の声をずっと聞いているんですよね。内容はツッコミだったり、慰めだったりいろいろ。音が耳で聞こえるわけではなく、頭の中で言葉だけ認識している感じです。

池谷 はいはい、いわゆる「内言」※ですね。

※心理学用語。音声を伴わない、頭の中で用いられる言葉。対して、音声など他者との交渉に用いる言葉を外言という。

菊池真理子×池谷祐二 対談 「私の脳、“大丈夫”でしょうか?」

菊池真理子×池谷祐二 対談 「私の脳、“大丈夫”でしょうか?」

「生きやすい」より)

菊池 漫画ではめんどくさいので省略しましたが、実はそうやって頭の中で喋る人が何人かいるんです。固定で。

池谷 えっ。それは、それぞれキャラクターが違うってこと?

菊池 はい。まず「常に理性的にツッコミまくってくる人」がいて、この人には「理性くん」っていう名前がついているんですが……。

池谷 名前までついてるんだ。

菊池 ついてます。あとは「教授」っていう人もいて、彼は私をひたすら甘やかしてくれます。「そんなことしなくていいよ、休んでいいんだよ」って。あとはケセラセラちゃんっていう子もいるけど、最近あんまり出てこないですね。

池谷 その教授っていう人、大学のプロフェッサーなの? 実際の教授はそんなこと言わないよ(笑)。

菊池 あはは(笑)。ともあれ、そんな感じでいろんな人が私の頭の中にはいつもいるんですけど、これってどうなんでしょう、よくあることなのかどうか……。

池谷 いや、あまり聞かない例です。面白いですね。その状況は楽しまれた方がいいと思いますよ。誰にでもできることではありませんから。

刺激が足りないと、脳は内側からそれを生み出そうとする

菊池 そもそもどうしてこういうことが起きるんでしょう?

池谷 うーん、原因はいくつか考えられます。それはいつから始まった感覚ですか?

菊池 はっきりしないんですが……小学三年生のときにはそういう存在がいた、ということは覚えています。今でいう「教授」っぽい人で、変な名前ですけど「話しささん」と呼んでいました。

池谷 なるほど。実はですね、頭の中で他の人が喋っているような感覚がある、という現象自体は、小さい子にはしばしば起こります。そして、大人にあまり話しかけてもらえない子どもに起こりやすいと言われています。一人っ子で親が共働きとかね。一概にそれが理由とは限りませんが、傾向としてそれがあることはわかっている。菊池さんはどうでしたか。

菊池 たしかに、私の両親は家にあまりいませんでしたね。妹はいましたけど。父は仕事があったし、母は新興宗教の活動があって、夜も出かけていることが多くて。たしかに、大人から話しかけられる機会は少なかったかもしれません。

──小さい時に話しかけられないとそうなりやすいというのは、外部からの話しかけという刺激が足りないのを補おうとするからでしょうか?

池谷 そうですね。外部からの刺激が足りないと、脳はしばしば内側からそれを生み出して、感覚の埋め合わせをしようとします。わかりやすい例でいうと、完全に真っ白な部屋に入ると人は高い確率で幻覚を見ますし、まったく無音の部屋に行くと幻聴が聞こえるんですよ。これは、どんな健康な人にも起こり得ることです。ただ菊池さんに起きていることは、小さい子どものそれよりもだいぶ高度ですね。何人ものキャラがいる、ということも含めて珍しい形だと思います。

実は「幻覚を見ない大人」の方こそ「異常」かもしれない!?

池谷 今「珍しいこと」と僕は言いましたが、違う見方もありますよ。さきほど話したように、小さいときっていうのはある種の幻聴を聴いたり、幻覚を見たりしやすい時期です。それが成長の過程で消えるわけですね。だけどね、歳をとるともう一度同じようなことが起こります。実は相当多くの老人が、ないとされるものを見たり、聴いたりしていると推測されているんです。

菊池 ええっ。

池谷 音が聴こえる人は四六時中聴こえているし、何かが見えるという場合は視野の下の方にそれが見える、ということまでわかっている。でもそんなことを家族に言ったら「ボケちゃったの?」って心配されちゃうでしょ。だからみんな、なかなか人にそれを言わないわけ。日本には特にそういうことをカミングアウトしづらい空気がありますしね。ちょっと人と違うものが見える・聞こえるだけで、「この人おかしいんじゃないの」って話になるじゃないですか。

菊池 たしかに、私もこの漫画を描くようになってからよく言われます(笑)。

池谷 でもね、繰り返すけど、実はかなり多くの人がなんらかの幻聴・幻覚を体験している可能性がある。そうすると逆に、なんで人生のある時期だけそれが消えてしまうのか、という方がわからなくなるんですよ。

菊池 うわあ、それ、面白いですね。

池谷 でしょ。生まれてまもない、脳とナチュラルに付き合っている状態のときは幻覚や幻聴的なものを当たり前としている。それが大人になるにつれてなくなって、歳をとったらまた赤ちゃんのときのような状態に戻る。ということは、僕らが正常だと思っている状態の方が、脳にとっては何か抑圧的な状態だという可能性もあるんです。脳は本当は内側からいつもいろんなものを生み出しているのに、我々はそれを押さえつけて、無理した生き方をしているのかもしれない。そう考えると、一概に菊池さんのような状態を「異常だ」とは決めつけられませんよね。

それは、「危険遺伝子」ではなく「クリエイティブ遺伝子」である

菊池 実は妹にもいたんです、「話しささん」的な存在が。

池谷 妹さんも、頭の中で別の人の声を聞いていたってこと?

菊池 はい。今も聞こえるかは知らないんですけど。妹の頭の中には「こころさん」っていう人がいて、よく夜は布団を並べて寝ながら、私と話しささん、妹、こころさん、の四人で会話していました。話しささんとこころさんの発言は、もちろん私と妹でそれぞれ伝言する、という形でしたが。

池谷 なるほど。それなら、菊池さんの頭の中で人の声がする要因としては、遺伝の可能性が高いかもしれないです。おそらくですけど……あなたのお母さんも何か聞こえるか、見えるかしていたんじゃないかな。

菊池 聞いたことはありませんけど、そっか、そういう可能性もあるんですね。

池谷 信仰をお持ちだったんですよね? それはご家族みんな?

菊池 父は反対していました。私と妹は、たぶん団体に入れられてはいたんでしょうね。信仰はしていませんでしたけれど。

池谷 もしかしたらお母さんは、何かが見えるとか聞こえるとかいった体験をしていたかもしれない。それって、世間では「スピリチュアル」とされるかもしれない感覚ですよね。そういう感受性は、遺伝的に受け継がれる傾向が強いんです。一緒に暮らしているから似るのではなく、遺伝子による純粋な遺伝ですね。

菊池 母は、メンタルは非常に弱い人でした。父がアルコール依存症で苦労したのもあるし、母自身ガンを患って鬱状態になったこともあって。ただ、私は鬱病にはなったことがないんですよ。

菊池真理子×池谷祐二 対談 「私の脳、“大丈夫”でしょうか?」

菊池真理子×池谷祐二 対談 「私の脳、“大丈夫”でしょうか?」

「酔うと化け物になる父がつらい」より)

池谷 ああ、遺伝するといっても、必ず同じ病気を発症するというわけではありませんから。鬱病とか双極性障害(躁鬱病)とか、あと統合失調症とかって最近ではよく聞きますよね。鬱病はかなり症状にグラデーションがあるので一概に言えませんが、双極性障害と統合失調症は原因遺伝子が同じで、なおかつ遺伝する傾向にある。ただ、原因遺伝子を持っているからといって発症するとは限りません。私も遺伝子自体は持っていますが発症していない。発症しない人の方が多いんです。

菊池 そうなんですね。遺伝するということは同じ病気になるものなんだ、とつい考えてしまいますが、違うんだ。

池谷 その遺伝子のはたらきが「病気である」と言われるかどうかも場合によりますから。たしかにこの遺伝子は、内側から何かを生み出し、人に見えざるものを見せたり、聞こえざるものを聞かせたりするかもしれない。それがたまたまその時代の社会的規範からかけ離れていたり、自分を極端に苦しめる方向に作用すれば「病気」ということになるし、そうでない形で発揮されれば「想像力が豊かだね」「すごく感受性が強いんだね」ということになるでしょう。菊池さんも後者なんですよ。

菊池 ああ、だから漫画家になっちゃったのかもしれないですね。そしてお医者さんから病気の診断はもらっていないけど、SNSで「この人おかしいんじゃないか」って言われている……(笑)。

池谷 僕はかねがね、「統合失調症の原因遺伝子」なんて言い方はやめて、「クリエイティブ遺伝子」とか、「発想力・想像力の遺伝子」ととらえた方がいいんじゃないかと思っているんですよね。だって本当に人間にとって害悪なだけの遺伝子なら、自然界が残すはずがない。そこに意味づけをするのは社会の方なんです。

菊池 なるほど……。

池谷 ともあれ、受け継いだその遺伝子がどういう形で作用するかは人それぞれ。菊池さんの場合は、それが脳内のキャラクターや漫画を生み出す形で使われている、ということなんじゃないでしょうか。

菊池真理子×池谷祐二 対談 「私の脳、“大丈夫”でしょうか?」

文責:小池みき

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