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Souffle(スーフル) Souffle(スーフル) 息、できてる?
トピックス 2019.04.23

【特集】

菊池真理子×池谷裕二 対談 「私の脳、“大丈夫”でしょうか?」(2)

『海馬』『進化しすぎた脳』などで知られる脳研究者・池谷裕二さんに、まんが家・菊池真理子さんが「自分の生きづらさはどこからくるのか」を質問してきました。

「現実感がなくなる」は錯覚ではない!?

菊池 「頭の中で人の声がする」ということのほかにも、「これって脳のせいかな?」と思うことがあって……。

池谷 伺いましょう。

菊池 時々、さーっと現実感がなくなったような感覚に襲われることがあるんです。音や味やなんかが一気に遠のいて、周囲のことが完全に自分と無関係になってしまうような感覚です。そのことを漫画で発表したら、意外なほどたくさんの方から「わかります!」という反響がありました。これも脳の中で何かが起きているからなんでしょうか? 錯覚みたいなものかな、と思っているんですけど。

菊池真理子×池谷祐二 対談 「私の脳、“大丈夫”でしょうか?」

「生きやすい」より)

池谷 一瞬そうなる人はたくさんいます。ゲシュタルト崩壊なんかもその一種です。ただ菊池さんの漫画を見ると、その状態が長く続くんですよね。だからこれは、実際に現実感が失われているんだと思いますよ。放射線医学総合研究所の山田真希子先生なんかがこういうことについての実験をしています。

菊池 ちゃんと研究の対象になることなんですね、こういうことって……!

池谷 たとえばこんな実験がありました。二つの輪っかの画像を横に並べて、それぞれの大きさを変えていきます。それを見ている人がどう感じるかという実験です。この場合は通常、小さい方が遠くに見えて、大きい方が近くに見えるという「目の錯覚」が起こりますよね。

菊池 そうですね、大きいものと小さいものがあったら、大きいものが手前にあるように感じる。

池谷 ところが現実感を失っているときって、どっちも遠くに見えてしまって、その錯覚が起こりにくかったりするんです。

菊池 わあ、その感覚すっごくわかります。私が現実感がなくなっている時もそんな感じかもしれません。

池谷 これってね、「現実感がないという錯覚」に襲われているわけじゃなくて、本当に「現実感がない」状態だから起きることなんですよ。脳の領域として関係があるのは、「島皮質(insular cortex)」というリアリティを司る場所です。人間って普段、目の前のものに対して没頭して生きているんです。この没頭というのは、無我夢中になるということではなくて、簡単に言えば、目の前にあるモノ、光景などを疑わずに認識できるってこと。普通の人は常にその状態で生きている。だけど何かの拍子にそこがうまく働かなくなると、目の前のモノや自分自身に対して「これなんだろう?」という感覚になっちゃうんですよ。

菊池 それは、集中力が失われるのとは違う現象ですか?

池谷 違いますね。もしかしたら、ADHD※みたいな集中力が低い人に起こりやすい傾向はあるかもしれません。でもそれが原因、というわけではないです。

※注意欠陥多動性障害。不注意、多動性、衝動性の三つの傾向を持つ発達障害のひとつ。

菊池 脳って面白い……! あの、現実感が薄れるのとは別に、体の一部がだんだん大きくなる感覚、というのも時々あったんですけど、これも同じような現象でしょうか。高校生のとき、下唇がどんどん大きくなっていく感覚に襲われていたことがあって。一時期私、唇を抑えながら授業を受けていたんです。

池谷 「不思議の国のアリス症候群」というやつですね。これもたしかに脳の働きの異常で起きる症状です。『不思議の国のアリス』の中に、人が大きくなったり小さくなったりする場面があることからこんな名前がついてます。

菊池 は〜、今まで悩んできたことが、すでにたくさん研究されていたり、名前をつけられたりしているとわかって、なんだか安心しました。すでに存在を認められているものなんだなって。

池谷 意外とよくあることだったりするんですよね。すごく特別な感覚なんだ、と思えている方が本人は嬉しい場合もあるかもしれないけど(笑)。

人間の脳は、嫌な情報を受け取らない

菊池 私の体験だと、現実感が失われるときにトリガーがあるんです。嫌なことを言われたときや、すごく辛くなったときにさーっとシャットダウンしてしまう感じ。

菊池真理子×池谷祐二 対談 「私の脳、“大丈夫”でしょうか?」
菊池真理子×池谷祐二 対談 「私の脳、“大丈夫”でしょうか?」

「生きやすい」より)

池谷 ああ、そういうことは珍しくないです。一種のトラウマ体験があるんでしょう。

菊池 トラウマ、ですか?

池谷 僕らって、嫌なことを言われたときに、それをしっかり聞かないように心に蓋をすることができるんです。心理学的免疫っていうんですけど。たとえばオーストリッチ効果って知ってます? 嫌な情報を見ないようにしてしまう心理のことですが。

菊池 知りませんでした。

池谷 オーストリッチって、ダチョウのことです。ダチョウには地中に首を突っ込んで周囲の音を聴く習性があって、それを「地面に首を突っ込んで嫌なことから目を背けている」イメージとして使っているわけ。そういうことって結構誰にでもあるんですよ。たとえば、人を時間内の50%褒めて50%叱ったとすると、「わりかし褒められたな」と感じる場合が多いです。それは過去の情報から、自分が嫌な気持ちになった部分はシャットアウトしているから。人間って、嫌な情報はちゃんと受け取らないようにできるんですよ(笑)。

菊池 わかる気がします。実は私、この漫画を描いていて気づいたんですけど、昔の記憶がものすごく抜けていて、覚えていないことだらけなんです。すごく嫌なことがたくさんあったはずなのに、その出来事のディティールを覚えていなくて。たとえばうちの父が一度大泣きしたことがあったんですが、それを私は最近まで完全に忘れていて。妹と話したときに初めて思い出したんです。きっかけがあれば思い出せるけど、それまではまったくのゼロといっていいくらい忘れちゃってる。

池谷 もしかしたら、他の人よりもトラウマ経験が多いのかもしれないですね。ご両親のことなのか友達のことなのか、それはわからないけれど、気持ちに蓋をして、取り繕ってやりすごさないといけない時間が多かったために、そういうことが起きた可能性はあります。あとはそもそもインプット自体をしていないのかもしれません。「これ現実じゃないし」って。

菊池 「話しささん」と話してた方が楽しいし、って(笑)。うーん、でもやっぱりこれだけ忘れているのは不思議です。こんなにも人間って、物事を忘れるものなんだなって……。

池谷 ええとね、実は記憶って、一回定着したら本当に忘れちゃうことはあまりないんですよ。なくはないですけど。

菊池 え、そうなんですか?

池谷 ある記憶があるとします。すると、「その記憶にアクセスするな」という記憶が新たに上に植え付けられるんです。これを消去記憶って言います。要は蓋してるだけ。

菊池 あっ、じゃあその下の記憶は消えていないんですね……!?

池谷 そうです。で、場合によってはその蓋が取れることもあると。そうすれば、忘れていた記憶が蘇ったような形になります。認知症なんかの人で、すっかり忘れていた小学校のときのことなんかをいきなり思い出して喋り出したりするのはこのせいです。菊池さんの場合も、嫌な思い出の上に、消去記憶を無意識にかぶせていたんでしょうね。

菊池 私、そんな器用なことをしてたんだ……!

──菊池さんの漫画に共感する人の中には、そうやって現実感を失ったり、嫌な記憶を忘れてしまったりすることを、ダメなことだと思っている人も多そうですよね。そんな風に現実をやりすごしている自分は弱いんじゃないか、って。

池谷 いやいや、逆に生き方上手じゃないですか。だって現実をシャットダウンできるってスーパー能力ですよ。

菊池 そっかー、じゃあ悪いことじゃなかったんだ。私ってもしかして普通の人よりも鈍いんだろうか、なんて思っていたんですけど。

池谷 鈍感力を自ら生み出している、ということです。だって、そうしないと心に負荷がかかっちゃうわけでしょ。その結果うんとしんどくなっちゃって、追い詰められて死にたくなってしまうかもしれない。それだったらあらかじめインプットしないとか、インプットしてもすぐさま忘れるようにするとか、そっちの方がいいでしょう。特技だと思った方がいいです。

菊池 今のところ、出てきた料理がすごくまずかった時でも感覚が薄れれば問題なく食べられちゃう、ということだけは便利スキルだと思ってます(笑)。

池谷 それはたしかに便利かもね(笑)。

菊池真理子×池谷祐二 対談 「私の脳、“大丈夫”でしょうか?」

文責:小池みき

次回は4月26日更新です!

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