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トピックス 2019.05.25

【特集】

菊池真理子×成瀬暢也 対談 「『家族が依存症』のしんどさ、どうすれば?」(1)

アルコール依存症だったと思われる父を持つ菊池真理子さん。依存症当事者の“家族”側の「生きづらさ」について、薬物依存を中心とした依存症治療に取り組んでいる精神科医の成瀬暢也先生に聞きました。

家族が一番、それを「病気」だと思えない

菊池 漫画にも描いた通り、私の父はアルコール依存症だったと思います。それに気づいてから依存症について自分なりに勉強して、その中で成瀬先生とも出会うことができました。今日は私、先生に、「依存症の家族を持った人」の抱える困難や、その解決法についてお聞きしたいんです。

成瀬 依存症は当人ももちろん苦しいけど、家族もすごく苦しむし、悩みますよね。

菊池 そうなんですよね。私の父はもう亡くなりましたが、自分の中でもまだ整理のついていない部分があります。今でも、依存症を克服しようと努力している人を見ると「がんばれ!」って思う一方、泥酔している人を見ると、父に対してのネガティブな感情が蘇ってくることがあるんですよ。現在進行形で家族の依存症に悩んでいる人は、もっと強く引きさかれているだろうなと……。

成瀬 そもそも依存症を、周りの人間が「病気」だと認識するのはすごく難しいです。どうしても、「我慢が足りない」というような自制心の問題だととらえてしまう。距離が近いほど、つまり家族ほど、それを「病気なんだ」とは思えないでしょう。

菊池 お医者さんから「それは病気なんですよ」って教えられても、すぐには切り替えられないんですよね。

成瀬 医療の人間ですら、そこはまだ徹底できていないかもしれない。「あんたまた飲んだの? どうしてそんなことしたんだ」って患者さんを責める人っていますから。直接言わなくても、露骨に冷ややかにしたり、皮肉を言ったりね。嘆かわしいことだけど。

菊池 そういう話はたしかに聞きます。

成瀬 医療関係者ですらそうなんだから、家族であればなおさらですよ。だって家族だからこそ、強い意志でやめてほしい、変わってほしいって強く願うわけでしょう。客観的に見られるわけがないです。それに単純な話、依存症の家族が酒で犯罪を起こしたり、違法薬物を使っていたりすれば、その家族だって周りから「犯罪者の家族」というスティグマを負わされてしまうかもしれない。そういう社会的リスクや精神的負担は大きいですよ。依存症は家族も深く傷つくものなんだということは、もっと社会全体で知っておかないといけない。

「共依存」というレッテルの危険性

菊池 今でも悩むんですよね。父が生きている間に、アルコール依存症の可能性に気づいていたら何ができたのかなと……。何もできなかったかもしれませんけれど。どこに相談したらいいかもきっとわからなかったと思うし。

「酔うと化け物になる父がつらい」より。
「酔うと化け物になる父がつらい」より。

成瀬 そういうご家族は今も多いです。まず相談先がわからない。精神保健福祉センターとか保健所とか、対応してくれる場所はあるんだけど、そういうところに相談に行くっていう発想がないよね。それにさっき言った通り、依存症っていう病気自体が偏見にまみれているから、相談するのに勇気がいる。安心して医療のサポートを受ける、というところまでたどりつくのが難しい。

菊池 本当にそうだと思います。そういう意味では、成瀬先生の「ようこそ外来」はとても相談しやすそうな雰囲気ですよね。患者を絶対責めない、という方針をお持ちだとか。

成瀬 そう。依存症の当事者にとってもその家族にとっても、まず必要なのは安心できる居場所であり、信頼できる仲間だから。責めることは逆効果でしかない。だって世間の目は冷たいし、家族が親戚に相談したら「あんたがもっと優しくしないから」なんて言われたりするでしょう。あるいは「あんたが甘やかしているせいだ」とかね。少し前までは、医者や専門の支援者ですら「家族も病気だ、共依存だ」なんて責めたりしていたんですよ。


菊池 いわゆる「イネーブリング(enabling)※」の指摘ですよね。共依存状態の家族はイネーブリングをしてしまっていて、だから当事者の病状が良くならないんだ、という考え方はよく見聞きします。でも最近は、医療の現場では使わなくなってきたそうですよね。

※主に、依存症当事者の依存を継続させてしまう手助けのこと。依存を止めさせようとするための行為が、結果としてイネーブリングになっている、という例が多いとされる。イネーブリングを行う側のことを「イネーブラー」という。

成瀬 共依存と言う病名があるわけじゃないからね。もちろん大切な考え方だし、状況を改善するのに有効なこともありますよ。共依存関係が深刻化していると、双方がストレスで共倒れになっちゃう。ノイローゼ状態の家族に、「もっと別の関わり方がありますよ」と理解してもらうきっかけとしては大切な考えです。でも、ちょっとかじっただけの人が、よく理解しないで共依存についてあれこれ言って、「これをするな」「あれをやめろ」と指導するのは危ないと思っています。

菊池 なんでですか?

成瀬 そういう人に限って、「あなたは患者と共依存関係にある、いますぐ患者への援助を打ち切れ、一人にさせて“底”をつかせろ」なんて極端な提案をしたりするんですよ。本質を理解していない。あとは、依存症当事者に熱心に関わろうとする周りの人たち……たとえば看護師やソーシャルワーカーなどのことを、「巻き込まれてる」って批判したり。でも、支援すること自体がいけないみたいな言い方はどうかと思うよ。手を出しすぎてしまうのはいけないけど、何もしないで「ひとりで何とかしなさい」、と病気の当事者を突き放すのはいい支援ではないでしょう。だって素朴に考えれば、そりゃあ本人がそんな状態だったら家族が関わっちゃうのは当然でしょう。熱心に尻拭いしたり話聞いたり、しちゃうよね。普通のことでしょ、それ。
菊池 しちゃいますよね。自分のことを振り返っても、そうだなと思います。家族のことが嫌いなわけじゃなければ、なおさら。

成瀬 支援者によっては、依存症の夫が酔って何かことを起こして、警察に保護されても迎えに行くな、なんて指導をする場合もあるんです。でもそれを実行するのだって人によっては難しくない? 警察に「あんた奥さんなのに来ないのか!」って責められたりしたら、家族のストレスはもっと増えるよ。

菊池 たしかに……。

成瀬 家族を支えようと一生懸命頑張ってきて、へろへろになった人に対して「それは共依存です。あなたがそんなふうにかまってきたからこの人は依存症から立ち直れないんです」、なんて言って、罪悪感を持たせるのはおかしいと思うわけ。頑張ってきたことを認めてあげるのが先ですね。

依存者の家族を責めるのはお門違い

菊池 私実は、イネーブラーっていう言葉を父が亡くなった後で知ったんです。そのとき、私がやってきたことはイネーブリングで、間違った行為だったのかってすごくショックでした。

成瀬 ふうん。僕、イネーブラー大好き。

菊池 大好きなんですか(笑)!

成瀬 だって、人付き合いってそもそも共依存みたいなものじゃない。それが極端に偏ることが問題なのであって、何か困ったことがあったら周りの誰かに助けてもらって、そのかわり自分も誰かのことを助けてあげる。そういう関わり合いがこの社会でしょう。目の前の家族が困っていたから助けようとしたことの、何が悪いのかって話ですよ。

菊池 昔、依存症支援に関わる人に「あなたのやったことはイネーブリングだよ。あなたのおかげで、お父さんは気持ちよく飲み続けられたんでしょうね」って言われたこともあるんですよ。

成瀬 皮肉っぽい言い方だなあ。

菊池 それを聞いて、私は大失敗をしてしまったのか、と……。

成瀬 本当に菊池さんのおかげでお父さんが気持ち良くお酒を飲めたなら、それはそれでいいと思うよ。そこで家族を責めるとか、嫌味聞かせるっていうのはおかしいです。そんなのは家族支援じゃない。

菊池 でも、やり方を間違えなければ父は依存症にならなかったのかな、という疑問は残ってしまいますね。

成瀬 いや、そこにはお父さんの、もともと持っていた生きづらさが要因としてあったんです。そしてその生きづらさには間違いなく、お父さんと、お父さんの親との関係も影響しているはずです。菊池さんの生きづらさに、お父さんとの関係が大きく影響しているようにね。さかのぼったらそのまたおじいさん、おばあさんたちも何か生きづらさを抱えていたのかもしれない。家族間の問題ってどうしても引き継がれるから。お父さんと菊池さん、二人の関係性の問題じゃないんですこういうのは。

「生きやすい」より。

生きやすい」より。

菊池 そんな風に考えたことはなかったです。そっか……。

成瀬 依存症治療についての考え方は本当に変わってきた。たとえば僕は先輩たちから、「依存症患者にはとにかく厳しくしろ、甘やかしちゃいけない」って教わってきたんです。「病棟は居心地よくしちゃいけない、患者がいついて回復が遅くなる」とかね。でも、そこに科学的・医学的根拠はないということが今はどんどんわかってきている。そもそもイネーブリングがよくないといったって、苦しんでいる依存者をいきなり突き放して、単に孤立無援にさせればいいって話じゃないからね。厳しくできなかったからといって、罪悪感を持つ必要はないんです。

菊池 先生の口からそう言ってもらえるとホッとします。

「生きやすい」より。

文責:小池みき

次回は5月28日更新です。

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