「障害があってもなくても幸せだということを描きたい」──「ムーちゃんと手をつないで」4巻発売記念 みなと鈴 ロングインタビュー(前編)
エレガンスイブに連載中の『ムーちゃんと手をつないで~自閉症の娘が教えてくれたこと~』は、自閉症児の育児と家族の奮闘を描いた漫画です。作品では、あまりにリアルな子育てが描かれていることから、連載開始直後から大きな反響を呼んでいます。
実際に自閉症のある子を育てているみなと先生。もう一度漫画家として生きていきたい──そんな思いから生まれた作品への思いや裏話などをたっぷりとインタビューしました。
前半・後半の2回に分けてご紹介しますね。前半となる今回の記事では、みなと先生が『ムーちゃんと手をつないで』を描くまでのエピソードや、シーンに込められた意図などについてお話を伺いました。(インタビュアー:赤沼美里)
漫画家としてまた生きていきたい
──『ムーちゃんと手をつないで~自閉症の娘が教えてくれたこと~』を描こうと思ったきっかけを教えてください。
主人公のモデルであるムーを産んで、あまりの育児の大変さに漫画家を一時期引退していました。でも漫画家としてまた生きていきたいという気持ちがあったんですね。
下の子を妊娠していて、安定期に入ったときに『ムーちゃん』のネーム(ストーリーづくりとコマ割り案づくり)を100ページほど描きあげました。でも、下の子が生まれたら漫画を描くどころじゃなくって・・・ずっと押し入れにしまってありましたね。
それが、下の娘が幼稚園に入園して生活に慣れてきて、昼間に自分の時間が少し持てるようになったんです。「今ならできるんじゃないか」と思ったのがきっかけですね。
──まさか7年前にはもうネームが仕上がっていたとは!
そうなんです。それでまずは引退する前に描いていた出版社に、『ムーちゃん』のネームを持っていきました。
残念ながら、掲載を希望していた雑誌は薄い雑誌なので100ページはとても枠が取れないということでした。かといって新規の連載枠もなかったんですよね。それにね、読んでくださったお三方が男性だったんです。
子育てをする女性に読んでもらいたいと思って描いたのに、男性にしか読んでもらえなくて残念な気持ちだったんですよね。そのとき、秋田書店さんで「フォアミセス」という主婦向けの雑誌があったなぁと思い立って、電話したんです。
──秋田書店は2社目の訪問だったんですか?
そうですね。絶対どこかで『ムーちゃんと手をつないで』を発表したいと願っていたこともあって、持ち込むことに決めていました。
電話をしたとき、現在担当をしてくださっている朝倉さんが電話を取ってくれて「あっ、女性が出てくれた!」と嬉しかったですね。でも、編集さんたちが男性だったのは特別なことではなくて、少女誌の担当さんって実は編集長を含めて男性がとっても多いんですよ。
だからやっと女性に読んでもらえると思って。「エレガンスイブ」は編集長を含めて、女性が多いから良かったなぁと思っています。
──2社目で電話してくださって、秋田書店は幸運に恵まれました! みなと先生が女性にこだわるのは、やはり今でもお母さんが子育ての主体だからでしょうか。
そうですね。最初に持ち込んだ編集さんたちには「僕らはどうしても父親の目線で読んでしまう。母親ではなくて父親の立場でしか読めない」って言われたんですね。
だから、『ムーちゃんと手をつないで』が、世の中の子育てをされているお母さんたちに共感を得られるものなのか、お聞きしたかったんです。
初回のネームでは、パパに理解がなく「自閉症のある子どもに向き合わない男」としてひどい描き方をしているので、男性が読むとつらかったのかもしれません。でも、朝倉さんと一緒に読んでいただいた駒林さん(男性の元・編集者)が思いのほか気に入ってくださってすごく意外でした!
(朝倉・担当編集者)駒林は号泣&絶賛していましたね。編集会議では、100ページもある大作だったので分割して掲載する案も出ました。でも、私が絶対100ページでまとめて掲載したいと主張したんです。それで連載初回に100ページをそのまま載せることになりました。
そうだったんですね。こうして連載を続けさせていただくことになって・・・、朝倉さんと駒林さんには足を向けて寝られません!
漫画家の中で、ストーリー漫画家で、女性で、母親で自閉症のある子を育てている・・・となると、なかなかいないんじゃないかと思うんです。だから微力ですけれど、私のこの経験は死ぬまでに漫画に描いておきたいな、自分が感じてきたことを形にしていきたいなと思っています。
「エピソードは6割くらい実話です」
──そうすると漫画の中のエピソードは、やっぱりみなと先生の実話が多いんですか?
毎回、半分から6割くらいは実話が入っていますね。ムーちゃんがお友だちを噛んじゃうエピソードも実話です。
作品では時折、障害についてよくわかっていない人から、彩が辛らつな言葉を投げかけられて傷つくエピソードが出てきますが、そういった場面ではインターネットで見かけた言葉や作品のレビューに書き込まれた言葉を参考にすることもあります。
『ムーちゃんと手をつないで』のレビューは、障害児育児への意見や感想であったり、自分の子育ての体験だったり、悩みだったり、「障害」というトピックに対しての内容が多いんです。
そのなかに、思いやりのない意見を書き込まれる方がたまにいらっしゃるんですね・・・どんな意見もひとつの意見だと思っていますし、いろんな考えの人がいるのもしょうがないというのもわかっています。でもインターネット上の言葉って、誰が発言しているのかもわからないですよね。投げつけられた言葉に、何か言いたくても言えないじゃないですか。
読んだ人が傷つくような言葉を書き込む場所に、自分の作品レビュー欄が使われたことにはやっぱり腹立たしさがあります。作品への純粋な批判なら、まったくかまわないんですけどね。
画面の向こうには、障害児を抱えて悩んでいて傷つきながらも、ぐっとこらえている人がいるわけです。その発言で傷つく人もいることを知ってもらいたい。心の棲み分けは自由だと思いますが、差別はなくしていきたいですよね。
でも私は漫画家なので、そういった意見や言葉には、文字ではなく漫画のなかで反論しよう、私なりの意見を示そうと思っています。
たとえば、ムーちゃんがスーパーの鮮魚コーナーで入れ物を倒してしまって、彩が「躾もできないくせに子どもをつくるな」と、ひどいことを言われてしまうシーンがあります。
これは、Twitterでのつぶやきを参考にさせてもらいました。もちろん、つぶやきをそのまま使ってはいません。つぶやいた方は、お店の中でお子さんがパニックを起こして靴を投げてしまっていたそうなんですね。同じ場所に居合わせた他の客に、こういった意味のセリフを言われてとても嫌な思いをしたというツイートを見かけたんです。
社会で発達障害への理解が進んできているとはいえ「躾がなっていないから」と言われることは、今もまだまだ多い。彩がスーパーで言われてしまうシーンでは、発達障害は親のせいではないこと、躾のせいではないことを伝えたかったし、「躾がなっていないから」という意見に反論したかったんです。
一度も挨拶できずに…難しいママ友づきあい
──何気なく発した言葉に、傷つく人がいることを多くの人に知ってもらいたいですね。
そうですね。インターネットだけではなくて、現実世界でもやはり厳しい差別を受けることもあります。たとえばムーちゃんは美咲台幼稚園には入れましたが、他の幼稚園からは障害があるという理由で入園を拒否されてしまいましたよね。これも実際にムーが体験したことです。
ただ実際に幼稚園に入れたといっても、なかなかママ友づきあいは難しかったですね。ムーが噛んでしまったお友だちのお母さんとは、下の子同士も同じ学年だったんですね。ムーが在園していた3年間と、下の娘が入園して卒園するまでの3年間の合計6年間、ついに一度も挨拶できませんでした。「おはようございます」も言える雰囲気ではなかったですし、もう完全無視ですね。
みんなの前で何か文句を言われることはありませんでしたが、目を合わせることもさせてもらえなかったんですよね。お友だちのお顔に傷が残らなかったのは確認できたので、私としてはそれがわかっただけでホッとしました。でも、お母さんとしては私の顔を見るのも嫌だったんだろうなぁ、と思います。
ムーが噛んだことが原因というわけではありませんが、ムーの時も下の娘の時も、ひとりかふたりの限られた人としかママ友づきあいはしませんでした。
──それはなぜなんでしょう?
やっぱり話しづらくなっちゃうんですよ。きょうだいの話ができないんです。「お姉ちゃんは小学校6年ですね」までの会話はいいんです。でもその後の「お姉ちゃんは支援学校に行っているので」と言うと、その後の話が続かなくなってしまうんですよね。
差別されているということではなくて、「悪いことを聞いちゃったな」と相手の方が気を使ってくれているのが伝わってくるんです。
定型発達の子どもの話をするのが、私に悪いなと思っているのかなと感じることもあります。定型発達の子の話を聞いたからって、落ち込んだりはしないし、話してくれて全然かまわないんですよ。
私としては普通に子どもを育てているだけだし、もう今更そのことで傷つくことはないし、むしろ普通に話してもらえる方が私も楽なんですけどね。やっぱりどうしてもうまくいかないんです。心理的バリアというか、目に見えない「何か」があるんでしょうね。
──切なく感じてしまいますね…。
でもこの気持ちって、支援学校に来ているお母さんたちはみんな同じようなことをおっしゃるので、障害児を抱える多くのお母さんが感じていることなんじゃないでしょうか。みんな支援学校のお母さんたち同士で話している方が、気持ちが楽なんですね。
──私は息子が不登校だったんですが、不登校のことを話すと、同級生のお母さんから「お気の毒です」と言われたことがありました。
普通の学校以外にいると、かわいそうに見えちゃうんでしょうかね。「みんなと違うこと」はやっぱり「不幸なこと」と思われがちなんですよね。だから『ムーちゃんと手をつないで』全編を通して、障害があってもなくても、こんなにも幸せになれるというハッピーエンドに向かっていきたいと思っているんです。
障害があるから、障害のある子が生まれたから、不幸であるわけではないことを伝えたい。でも一回の漫画で「幸せです」って、全部を描ききれないじゃないですか。だから連載を通して、少しずつその「幸せ」な部分を描けていけたらいいなと思っています。
自分の子のためにたくさんの人が関わってくれることの幸せ
──津川先生とのやりとりのなかでも「障害児の育児の中にだって喜びがある」というシーンがありましたよね。
定型児・障害児にかかわらず、子育てはすごく大変です。障害児を育てていくうえでは、普通の育児では経験しない大変な苦難ももちろんあります。でも普通の育児では得られない喜びや、気づかないで通り過ぎてしまうような喜びだっていっぱいあるんです。
障害児には、定型の子と違った出会いがあると思うんですよね。障害児を育てていると、自分の子どものために、たくさんの人が関わってくれて支援をしてくれるんですね。私はすごく幸せなことだと感じています。多くの人が我が子に心を寄せてくれるという出会いもまた、違う形の幸せではないでしょうか。
──みなと先生は「障害」をどんなふうにとらえていますか?
作品の中で「障害」は、これまで通り「害」の字を使って描いています。最近では「障害」を「障がい」とひらがなで書いたり、常用外漢字の「障碍」を使ったりする方がいらっしゃいますよね。
当事者だから話してもいいと思うんですが、「障がい・障碍」と書くことで、かえって区別されている印象を受けています。「障害」と書くことがいけないみたいな空気を感じてしまいますね。
私は読んでくださっている方に、なるべくわかりやすくするという自分なりの基準を設けています。だから「障碍・障がい」と書くことで、漫画自体がわかりにくくなってしまうことを避けたかったんですよね。
それに障害はその人に「害がある」わけではありません。人が社会の中で生活するうえで、生きづらさを感じてしまう場合に障害になってしまうんだと思っています。ムーのなかに障害があるわけではなく、ムーと社会との間に害があるということですよね。
障害者って、健常者から見た障害者なんですよ。たとえば車いすの方の生活を考えてみると、スロープがなくて階段ばっかりの街だったら、その人にとってはすごく害の多い社会じゃないですか。
だけど、どこに行ってもバリアフリーだったり、いたるところに多目的トイレがあったり、社会の中に暮らしやすさの工夫がたくさんあれば、その人と社会の間にある害は、だんだん小さくなっていきますよね。
「障害者」はなくならないかもしれない。でも、いろんな人が暮らしづらいと感じる「害」をできる限り小さくしていけば、世の中の障害と呼ばれる概念も薄まっていくと思うんです。これからの世の中の課題かなと思っています。(※)
(※)みなと先生の「障害」のとらえ方は、まさに「障害の社会モデル」と呼ばれる概念です。このモデルでは、社会の仕組みや文化、環境などが障害を生み出していると考えます。
車いすの方の例では、階段や車いすの入れるトイレがないという街の環境が原因で、障害が生まれています。「障害の社会モデル」では、その人と困りごととの間にある障壁を「社会」が取り除く責務があると考えるんですね。2016年に施行された障害者差別解消法は、「障害の社会モデル」の考え方を踏まえてつくられています。
(後編)につづく
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埼玉県在住。2月5日生まれのみずがめ座B型。1995年ソニー・マガジンズ「きみとぼく」よりデビュー。2006年コミックス「おねいちゃんといっしょ」(講談社刊)が第10回文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に。現在は自閉症の第1子と定型発達の第2子の2児を育てながら月刊エレガンスイブにて「ムーちゃんと手をつないで〜自閉症の娘が教えてくれたこと〜」を執筆中。
「みなと鈴 公式ブログ 彩の国より愛をこめて 〜I wish you all the best〜」
後編は1月22日更新です。
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