「障害のある世界を知ってほしい」──「ムーちゃんと手をつないで」4巻発売記念 みなと鈴ロングインタビュー(後編)
コミックス最新4巻発売記念、著者ロングインタビュー後編です!
みなと鈴さんのインタビュー前半では、みなとさんが漫画家としての道を再び歩み始めた経緯や、『ムーちゃんと手をつないで』に込められた思いなどをお話しいただきました。後半となる今回は、みなとさんのお仕事のお話やエピソードの気になる裏話、作品の今後についてなどなど、たっぷりお届けします!
原稿中は3時間睡眠
──みなとさんには1日の仕事スケジュールを送っていただきましたが、超タイトスケジュールですね! 2週間もの長期間にわたって、睡眠が3時間だけなんて!
お送りした表は、下書きが始まってから原稿を描き上げるまでの締め切り約2週間前からのスケジュールですね。ストーリーづくりのネームは頭を使うとても疲れる作業なんです。
日中に子どもの送迎や家事などをこなして子どもを寝かしつけた後には疲れきってしまっているので、頭を使うネーム作業にはもう取り組めません。だからネームを考える期間は、家事とかは夜にやることにして放っておいて、昼間のせいぜい4時間、5時間くらいをネームづくりにあてています。
ネームが終わって、下書きが始まったら夜の作業も追加してやる感じですかね。日によって違いますけれど、夜中の1時、2時くらいまでやって寝て、5時に起きる毎日になります。足りない睡眠は、バスとか電車の中で仮眠しておぎなっています。
先生と教育方針の違いで大激論!?
──本当にお疲れさまです・・・みなとさんの睡眠を削って生み出される『ムーちゃんと手をつないで』では、ムーちゃんと同じように彩もみなとさんの分身なんでしょうか。
そうですね。ムーを育てていくなかで、ケンカしちゃったり、先生と言い合いになっちゃったり、夫婦げんかだったり、自分はこれでいいんだと思って試してみたら大失敗だったり・・・私の失敗はこれからも惜しみなく描こうと思っていて、実際に作品でも彩に失敗してもらっています。
たとえば、ムーちゃんがお友だちを噛まないように、噛んだら練り梅を食べさせるエピソードも、私のチャレンジです。やってみたんですけど、全然効果がなかったですね。ただ疲れただけでした・・・反面教師にしてください(笑)!
でも彩の失敗は失敗として、何かを感じていただけたらなとも思っているんです。子育てに悪戦苦闘してるんだなって、そんなことも知ってもらいたいです。
──「先生と言い合いになった」ということは彩とバトルした津川先生も実際にいらっしゃるんですか。
津川先生のモデルとなった方はいらっしゃいます。その方も我が家に家庭訪問してくださったことがあったんです。そのときに、ダイニングテーブルで「ムーのお友だちを噛んでしまう『他害問題』をどうしたら解決できるかについて」教育方針の違いから大激論を繰り広げましたね。
でも、今もその先生とはちゃんとつながっているんです。一番心に残っている先生で、ムーのことを一番本気で考えてくれた先生だったなと思いますね。
だから単なるケンカではないんですよ。先生は先生の立場として、できることとできないことがありますよね。親は親で、親にしかできないことや希望があるじゃないですか。お互いのことはやっぱり話し合わないとわからないし、先生と本音でとことん話し合うことで理解ができたんですよね。
──素敵な先生だったんですね。そういえば作品の中のムーちゃんも良い先生に恵まれていますよね。
確かに作品のムーちゃんは、まだ闇を経験していないですね。
私自身が先生に恵まれていたからというのもあるかもしれません。でも「あの先生はそういうことはしてくれないよ」とか「いくら言ってもだめだよ」ってあきらめてしまうお母さんもいました。
先生によってはしっかり話し合えば、向き合ってくれる先生だっています。意見がぶつかることがあっても、それはお互いの人格を否定しているわけではありません。子どもに対してどんなふうにしたら、一番良い成果が出るかを討論しているだけなんですよね。
もちろんその話し合いはとても疲れるんですけど、そこを避けてしまうと子どものことを一緒に考えてくれた津川先生と彩みたいに「同志」という関係を築けないんじゃないかなと思うんです。
すべての先生と話し合って「同志」になる必要はないですけど、子どものことを一生懸命考えてくれる先生と出会った場合には、衝突を恐れずに意見を交換することも大事なのかなと思います。
──現実のムーちゃんが良い先生たちに囲まれているのは、みなとさんの熱意と働きかけがあったからじゃないかなと感じました。
それもあるのかもしれませんが、我が家は幸いにも幼稚園も、小学校も、療育施設もすべての場所で良い先生に恵まれていたと思っています。ほかのお母さんたちからは「えぇ! そんなひどい先生がいるの」ってびっくりする話もたくさん聞きました。お母さんたちは、傷ついていましたね・・・。
だから私が体験したわけではないけれども、ひどいことを言われた、つらい待遇を受けたといった話は、作品の中に盛り込んでいます。それはこれからの連載でも同じスタンスでいるつもりです。
──身近でもいろんなお話を聞くんでしょうか。
そうですね。たとえば、引っ越し先では療育園にはなかなか入れない子がいることには驚きましたね。入園を希望して1年以上待って、3歳過ぎてやっと認めてもらえた子もいました。
受け皿が少なすぎるんでしょうね。でも実は障害のある子が直面する居場所問題は、幼い頃だけじゃないんですよ。大きくなったときの居場所をどうしたらよいか、私もずっと悩んでいます。
ムーは重度の障害者ですから、おそらく将来一人で暮らすことはできないんです。だから親が生きている間に、どこかの施設に入所できないと下の娘がムーの世話を一生背負うことになってしまう。
でもそれは本意ではないので夫とも話し合っていて、これからどんな選択をするのか模索中です。
我が家と同じように、中学以降の進路に悩まれている方はとても多いですから、漫画にできれば良いなとは思っています。「親亡き後」は、障害児を抱える親にとって永遠のテーマですね。
自分が生きている間に、どこまで描けるかわかりませんけれど、ムーの中学後の進路についてどう悩んで、どんな選択をするのか、決断するところくらいまで描けたら良いなぁと思っています。自分が元気じゃないと描けないですしね。
お友達を噛んでしまった事件は忘れられない出来事です
──睡眠をたくさんとって、いつまでもお元気で『ムーちゃんと手をつないで』を描いていただきたいです! みなとさんがこれまで描いてきて、一番印象的だったエピソードはありますか?
やっぱりお友だちに噛みついちゃったことでしょうか。感動的なエピソードではないし辛い記憶ですが、やはり忘れられない出来事です。作品と同じように、父母参観があったんですね。
だから一番大きな菓子折りと慰謝料を持っていきました。父母参観が始まる前にお詫びしようと思って。でも幼稚園についてもまだ入園したてで、どの子かわからないんですよ。漫画と同じように、ほっぺに包帯をしている子を見つけた後、参観中の親子での共同作業でご両親が判明したわけです。
ホールにみんなが移動したときに、彩たちと同じように主人とお詫びしました。普段は、面倒くさいことは私に放り投げてくる主人が、私の前に立って父親としてお詫びしてくれたんです。その姿がすごく印象的でしたね。
──作品の中でも、パパはすごく頼りになって株が上がりましたよね。パパ、格好良かったです。
ありがとうございます。普通のおっさんなんですけどね(笑)。相手のお父さんは最初、菓子折りを受け取らないくらいにご立腹でしたし、すごく背の高いお父さんだったから威圧感もありました。
あのときばかりは、主人が何も言わずとも私の前に立ってくれて心強くて、一緒にいてくれて良かったなぁと思いました。
それにね、ムーがお友だちに噛みついちゃった後に、幼稚園をもうやめようかなと思ったんです。せっかく制服も買って入園金も払っちゃったけど、これ以上のご迷惑をかけてもいけないなと思って。
それで園長先生に「退園を考えています」とお伝えしたんです。そうしたら、園長先生は「園で起きたことは園の責任だから、そんなことしなくてもいいんですよ。明日からも元気に幼稚園に来てください」っておっしゃったんですよ。
そうやって言われたことが、私はすごく嬉しかった。だから居心地はすごく悪いけど、園長先生も言ってくれたし「幼稚園生活を続けてみようか」と、引き続き在園することにしたんですよね。
──作品と同じように素敵な園長先生だったんですね。
そうですね。本当に感謝しています。
ただ、父母会でお詫びしに行ったときには、「あぁ世の中って厳しいなぁ」と思いましたね。「障害だから許してください」とも言えないですし、「しょうがないですね」って許してくれる人だけでもないですしね。
だからこれからは、何か問題になることが減るように社会性を伸ばさなければと思いました。
大きくなったムーちゃんは言葉のやりとりができるように
──大きくなってからのムーちゃんの様子をお聞かせください。
基本的に小さい頃とあまり変わってないかな。作品のなかでは、ムーちゃんが口元に手を当てて「んー」とポーズを取っていますよね。あのポーズは今でもやっています。癖なんでしょうね、力が入ってしまうみたいです。
そして、我が家のムーは言葉でのやりとりができるようになりました。たとえば「これ食べる?」と聞くと、「ん、い、いる」とか「い、いらない」とか意味のある言葉が出るんです。
漫画みたいに「ビビエ」って今も宇宙語をしゃべっていることもありますし、テレビ番組の真似をして突然意味のある言葉を発していることもありますね。
──ムーちゃんが大きくなってから感じることはありますか?
外に出るのが楽になりました。ムーは奇声を上げたり、ジャンプしちゃったり動きが他の人と違うので、自閉症だって見てわかるんですよね。昔はジロジロ見られたり、「しつけがなってない」って怒られたりすることがありました。
今は「あ、そういう子なんだな」って、そっとしておいてもらえるようになりましたね。前回お話ししたように、発達障害の認知が広がって社会はだいぶ変わったように感じています。
でも世間の目は、まだまだ厳しいものがあるなとは思います。見てはいけないものを見てしまった、というリアクションをされる方は今でもいらっしゃいますしね。
特に子どもは残酷だなと思います。ムーが小さい頃は嘲笑されることもありました。今でも、小学校のそばはなるべく通らないようにしています。子どもたちが校庭で活動している時間に上の子をバス停まで送っていかなければいけないんですね。
たとえば草むしりをしている最中に学校の前を通ってしまったときには、子どもたちは作業をやめて立ち上がってこちらを見ましたね。子どもって正直なんです。子どもがすることだから腹立たしさはないし、しょうがないなと思います。
でもこちらを見てきた子どもたちが大人になったときに、ムーみたいな障害のある子を受容する社会をつくってくれるのかなと、時々考えたりもしますね。
──どうしてそんなことになってしまうんでしょうか?
障害のある人に触れ合う機会がとても少ないからじゃないでしょうか。障害のある人とない人が、分断されているからだと思うんです。
障害のある人や障害児の家族って、普段の生活では目にしない別のレイヤー(階層)に住んでいるんですよ。別のレイヤーに住んでいて目にしないから、たまに見かけると珍しくて見てしまう構図が生まれると思うんですね。
かといって、知能レベル2歳10か月のムーが、通常学級にいる中学1年生と同じ教室では学べません。特別支援学級や特別支援学校の子どもたちが、通常学級の子どもたちと「交流体験」する制度があるんですね。でも、このような制度に現実問題としてムーは参加できない。
だから交流体験ができるお子さんは、定型児と交流を持ってもらいたいと思っています。「混合教育」のように、障害児を受け入れてくれる学校も増えていけば良いなぁ。
世の中には、障害がこんなに重度の人もいるんだ、こんな動きをする人もいるんだということをもっと知ることができれば、物珍しさも減るんじゃないでしょうか。
当事者は十人十色。私たちの世界を知ってもらえたら
──最後にみなとさんが『ムーちゃんと手をつないで』を通じて伝えたいことを教えてください。
まずは障害のある人、障害のある子の家族を知ってもらいたいと思って仕事をしています。それには、できる限り自分や友人が感じたことや考えたことをエピソードとしてたくさん入れていきたいですね。
障害児を育てていて感じるのは、当事者になっても本当に十人十色でいろんな感じ方や考え方があるということですね。だからいろんな人の心の動きをただ形にしていきたい。作品を読んで、どう思われるのかは読者の方にゆだねるところだと思っています。
現実問題として、残念ながら社会には障害のある人とない人の間に分断があります。障害のある子を持つ、私たちのようなお母さんと、定型発達の子を持つお母さんとの間にある溝を越えて、とにかくまずは読んでもらうことで私たちの世界を知ってもらいたいと願っています。
「幼稚園になかなか入れないんだな」「こんな風に感じているんだ」「こんなところで困っているんだな」って感じてほしいんです。私の仕事は、漫画を通じて普段は見えないレイヤーにある障害の世界を、いかに見えるレイヤーにしていくかということでしょうか。
──彩は失敗を繰り返しながらも、前を向いて成長しているところにとても共感しますし、応援していきたいと思います。作品を魅力的なものにしているのは、みなとさんのお人柄によるところも大きいのだな、とお話を伺っていて感じました。これからも『ムーちゃんと手をつないで』を楽しみにしております!
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埼玉県在住。2月5日生まれのみずがめ座B型。1995年ソニー・マガジンズ「きみとぼく」よりデビュー。2006年コミックス「おねいちゃんといっしょ」(講談社刊)が第10回文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に。現在は自閉症の第1子と定型発達の第2子の2児を育てながら月刊エレガンスイブにて「ムーちゃんと手をつないで〜自閉症の娘が教えてくれたこと〜」を執筆中。
「みなと鈴 公式ブログ 彩の国より愛をこめて 〜I wish you all the best〜」
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