「ちょっとだけ”まし”になることが大事」ーー頭木弘樹(『食べることと出すこと』)×水凪トリ(『しあわせは食べて寝て待て』)対談
大学生のときに潰瘍性大腸炎という難病に襲われ、食事と排泄という「当たり前」が困難になった日常を描いた『食べることと出すこと』の著者・頭木弘樹さんと、フォアミセスでの連載が話題を呼んでいる『しあわせは食べて寝て待て』の作者・水凪トリさんの対談が実現!ふたつの作品に共通して描かれるのは“難病”になったことで変わった日常と自分自身のこと。おふたりの思いをお話していただきました。
──読者の方のツイートをきっかけにお互いの作品をお知りになったとのことですが、初めてお読みになってのご感想は?
水凪 本は苦手なのですが、頭木さんの『食べることと出すこと』はとても面白くて、あっという間に読んでしまいました。ご病気のお話なので面白いと言っては失礼かもしれないのですが、重さもなくユーモアを交えて書いていらっしゃったので……。病気になったからわかった孤独のことや、共食圧力のお話、コミュニケーションの変化のお話などは読みながら共感しました。すごく物知りな病気仲間が何かを話してくれているような、そういう気持ちで読みました。
頭木 ありがとうございます。『しあわせは食べて寝て待て』はなんといっても、主人公のさとこさんが最初から具合が悪いじゃないですか。「38歳・難病患者」が主人公になりえるということにびっくりしましたし、感動しましたね。編集部への持ち込み後、すぐに連載が決まったと聞きましたが本当ですか?
水凪 そうですね。ただ、タイトル案だけは何本も出しました。こういう内容のお話なので、タイトルだけは幸せを感じられるものにしてくださいと言われて(笑)
頭木 とてもいいタイトルですよね。「必ず幸せになる!」ではなく、いつか幸せが来るかもしれないからその時のために……というあり方が押しつけがましくなくていいです。この漫画は全体的にそういう雰囲気がありますよね。実は薬膳の話題が出てきたとき、これは食べ物で治るという話かと警戒したんです。でも、司が「薬膳は病人には教えられません」と言うシーンがあって、あれには感動しましたね。
水凪 あのシーンを描いておかないと、「治らないじゃないか」と後から責められるのは私だと思って予防線を張っておいたんです(笑)
頭木 あのセリフでぐっとファンになっちゃって、このお話を参考にしようと思いました。病気って治らないと意味がないってことじゃなく、ちょっとだけ「まし」になることが大事だと思うんですよね。
水凪 そうですよね。それに病気のときって元気がないから、それまでの趣味や好きだったものが好きじゃなくなったりしますよね。そういうとき、夢中になれるものがあると支えになるかなと思って薬膳について描いてみたんです。頭木さんも、闘病中にフランツ・カフカの言葉に救われたと本に書かれていましたが、そんな支えになるような何かがあるといいなと思って。
──おふたりとも作品の中で病気になる前後での生活や物の見方の変化について描かれていますよね。ご自身のなかでこれは変わったなということはありましたか?
水凪 私の場合は怒りがわかなくなった時期がありました。以前別の出版社に持ち込みをした際に結構なひどい目にあっていたのですが、昔なら言い返していたところを「この人はなんでこんなに怒ってるのかなぁ」というような考えしか湧いてこなくなって。そしたら、頭木さんが本の中で「余裕がない人は怒れない」と書いていて、当時は闘病中で余裕がなくて怒れなかったのかなと思い当たったんです。
頭木 怒れないというのは、僕も今はありますね。「よく怒りませんね」と言われますが「そんな怒るとこだった?」と思うことがあって。仕事で声を荒げたり怒ったりすることもなくて。やっぱり、病気以外はたいしたことがないって思っているからかもしれませんね。
幸せを感じるハードルもかなり下がりました。病気する前はかなり大きな出来事がないと感動しなかったと思うのですが、今は「天気がいい」だの「花がきれい」だのと感動まみれです。一方で、それでいいのか?と思うことはありますね。芥川龍之介は「小さなところで幸せを感じられる人間はちょっとしたところで不幸も感じられるようになる」と嫌なことを書いていて(笑)。これは結構当たっていると思っています。
頭木 『しあわせは食べて寝て待て』のさとこさんは丁寧な暮らしをされていますが、水凪さんご自身もそのような生活をされているのでしょうか?
水凪 だいたい同じような暮らしですね。ひとり暮らしで、同じマンションに親がいるので、ちょうど大家さんとさとこさんのような関係にいます。
頭木 『しあわせは食べて寝て待て』は細やかに穏やかに日々が描かれていますよね。大事件は起きないのに面白く読ませるので、すごいなと思います。
水凪 そろそろ事件を起こさないともたないんじゃないかなと思うこともあるのですが(笑)
頭木 殺人事件のようなレベルではなく、「梅シロップが美味しい」というようなレベルで日々が描かれているところが素敵ですよね。ずっと細やかな日々の描写が続いているところがうれしいなと思います。皆何かしらのマイナスを抱えていると思うので、そのうえでどう細やかに生きていくかという意味で参考にする人が多いんじゃないかと思いますね。すき焼きのシーンで「第一陣の肉を味わうのが大事」とか、すべての楽しみを逃さないところもいいですよね。
(取材・文/川鍋明日香)
食べて出せればOKだ!(けど、それが難しい……。)
「人間なんてしょせん食べて出すだけ」。なるほど。ではそれができなくなったらどうする──個性的なカフカ研究者として知られる著者は、潰瘍性大腸炎という難病に襲われた。食事と排泄という「当たり前」が当たり前でなくなったとき、世界はどう変わったのか? 高カロリー輸液でも癒やせない顎や舌の飢餓感とは? ヨーグルトが口腔内で爆発するとは? 茫然と便の海に立っているときに看護師から雑巾を手渡されたときの気分は? 切実さの狭間に漂う不思議なユーモアが、何が「ケア」なのかを教えてくれる。
(医学書院ウェブサイトより)
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