「たまに思い出して『ああ!』ってなることあるじゃないですか。」『凪のお暇』コナリミサト×『世界の夜は僕のもの』渋谷直角 対談 | Souffle(スーフル)
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トピックス 2022.08.19

【特集】

「たまに思い出して『ああ!』ってなることあるじゃないですか。」『凪のお暇』コナリミサト×『世界の夜は僕のもの』渋谷直角 対談

コナリミサトさんがおしゃべりしたい方を招いてお話する連続企画”スナックコナリ“。第3回は『世界の夜は僕のもの』が話題の漫画家・コラムニストの渋谷直角さんをお招きして、いま振り返る90年代カルチャーのこと、漫画の「流行り言葉」論など、縦横無尽に語りつくします。

『「たまに思い出して『ああ!』ってなることあるじゃないですか。」『凪のお暇』コナリミサト×『世界の夜は僕のもの』渋谷直角 対談』

コナリ フツーに直角さんのファンなので……今、こうやって対談できてるのが信じられないですよ。直角さんの『カフェでよくかかっているJ―POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』って、単行本になる前に自主制作本が売られてましたよね。あれ、BEAMSに買いに行ったんですよ。

『「たまに思い出して『ああ!』ってなることあるじゃないですか。」『凪のお暇』コナリミサト×『世界の夜は僕のもの』渋谷直角 対談』

渋谷 本当に⁉︎ ありがとうございます。そういえば、すごく昔に僕の本を雑誌で紹介してくれたことありませんでしたっけ。

コナリ 『Tokyo graffiti』かな。『直角主義』です!

渋谷 そのときコナリさんのことを認識したんですよ。で、『世界の夜は僕のもの』が出るとき、編集さんに「コナリさんが連載を読んでくれてるようなので、帯のコメントをお願いしようと思っている」って言われて。「コナリさんに書いていただけるならぜひ!」と。

コナリ あんまり漫画の感想とかつぶやかない方なんですけど、「世界の夜」にはすごくハマって毎週楽しみにしてました! この作品、カルチャーの情報量がすごいですよね。『オリーブ』とか雑誌の表紙も当時の実物通りに描きこんであって。国立国会図書館に行って探したりしたんですか?

『「たまに思い出して『ああ!』ってなることあるじゃないですか。」『凪のお暇』コナリミサト×『世界の夜は僕のもの』渋谷直角 対談』

『世界の夜は僕のもの』116P

渋谷 いや、買い集めたんですよ。

コナリ メルカリとか?

渋谷 それもあるけど……地方とかに行くと、90年代のまま時間が止まってるような古本屋があったりして。そういうとこを探すのが好きなんです。

コナリ すごい! 登場人物の服はもちろん、ちょっとした小物にしてもディテールが細かいですよね。

渋谷 本来リアルタイムで体験してるから知識はあるけど、年をとってくると記憶が改ざんされてることが多いので、やっぱ資料で確認しないとと思って。固有名詞も多いし。

コナリ 歴史の記録みたいですよ。

渋谷 女の子のファッションはこれで合ってるのか、年代の近い女性にチェックしてもらったりもしました。

『「たまに思い出して『ああ!』ってなることあるじゃないですか。」『凪のお暇』コナリミサト×『世界の夜は僕のもの』渋谷直角 対談』

コナリ 時間が止まってるような古本屋さんって、すごく気になるんですけど。

渋谷 熱かったのは郡山の住宅街の中にある古本屋。店内にはゴダールのポスターとか貼ってあって、夏木マリがかかってるんです。90年代のライブのチラシなんかも50円くらいで売ってて。それを見てたら、店主のおじさんがいきなり話しかけてきたんですよ。「郡山はピチカート(ピチカート・ファイヴ)やコーネリアスは客入らないんですよ。ORIGINAL LOVEは郡山出身だからギリギリ入るかな。でも、郡山はミッシェル(ミッシェル・ガン・エレファント)とかじゃないと満杯にならないんだよね」とか……「え、この人、いつの話してんの?」って(笑)。

──「時間が止まってる」というのは商品だけじゃなく店主のことでもあったんですね。

渋谷 それを現在進行形みたいな感じでしゃべってきて。「この人、僕のこと知っててネタ提供みたいな感じでしゃべってるのかな?」と思ったりもするんですけど。そもそもこの店主は何者なのか探ろうとすると「いや、別に。フツーのオヤジです」みたいな感じで。でも、僕の知り合いの名前とかガンガン出してくるんです。

コナリ その人絶対、直角さんのこと知ってたと思いますよ(笑)。

『「たまに思い出して『ああ!』ってなることあるじゃないですか。」『凪のお暇』コナリミサト×『世界の夜は僕のもの』渋谷直角 対談』

渋谷 10代の頃のやらかしちゃったことをたまに思い出して「ああ!」ってなることあるじゃないですか。昔のことを思い出しながら描いてると、その手の記憶がどんどん出てきちゃってメンタル的にはけっこうキツいんです(笑)。

──脳内で「当時」の引き出しが開いちゃうわけですね。

渋谷 「あのとき、ひどいこと言っちゃったな」とか……思い出すたびに「今からでも謝りたい!」って気持ちになっちゃいます。

コナリ 「世界の夜」の、スニーカーの買いつけに行く話で。ヨーコちゃんのちょっとした一言でカズくんが不機嫌になっちゃうじゃないですか。あのシーン、まさに「ああ〜!」って甘酸っぱい気持ちになりながら読みましたね。だれにもこういうことあったんだろうなって思うと、逆に救われたりしますよ。

『「たまに思い出して『ああ!』ってなることあるじゃないですか。」『凪のお暇』コナリミサト×『世界の夜は僕のもの』渋谷直角 対談』

『世界の夜は僕のもの』133P

渋谷 若い子にジェネレーションギャップを感じずに読んでもらえてるのかな。

コナリ 普遍性があると思いますね。この間、古着屋さんの前に座りこんで語りあってる若者がいたんですよ。アメリカンスピリットの箱を路上に置いて、「例えばこれがオレたちのやりたいことだったとするじゃん」って……「この感じ、激アツ!」ってときめいちゃって。

渋谷 そういうの、うれしいですよね。自分が20代の頃に感じてたことを、今の彼らも同じように感じてると思えたから、「世界の夜」では当時のカルチャーを振り返るだけじゃなくて、感情にもなるべくフォーカスしようと思って。

コナリ 「あの頃はよかった」って懐かしむ漫画じゃないですよね。

渋谷 実は同世代で「90年代ってダメだったよね」って言っちゃう人が多くて。「そんなことないよ、よかったよね」って言いたい気持ちもあったんです。

コナリ 私からすると90年代文化はちょっと上で、憧れがあるんですけど。90年代がダメだったって言う人は、何がよくなかったと思ってるんですか?

渋谷 「90年代当時の何々を今振り返るとセクハラに当たる」みたいな問題が浮上するたびに「90年代の文化は悪趣味で殲滅しなければならない」くらいの言い方をしちゃう人がいるんですよね。何も90年代すべてが悪いわけじゃないのに。一方では、90年代の古着とかカルチャーに興味を持ってる若い子もいるんで。

『「たまに思い出して『ああ!』ってなることあるじゃないですか。」『凪のお暇』コナリミサト×『世界の夜は僕のもの』渋谷直角 対談』

コナリ 直角さんって、若い子とどうやって接点を作ってるんですか?

渋谷 コロナ前は、インディーのライブとかめっちゃ行ってました。そういう場だと、向こうから話しかけてくれることがあるんで。でも、距離感には気をつけてますよ。20歳以上年上のおじさんに「わかるよ」とか言われたらイヤだろうなと(笑)。迷惑かけないように、ウザいとかキモいとか思われないようにしないと、という気持ちが常にあります。

コナリ ずいぶん気をつかってるんですね。

渋谷 象徴的なのが「フジロックおじさん」っていう存在。

コナリ なんですか、それ?

渋谷 これは友達の実話なんですけどね。友達が高円寺の飲み屋で相席になった20代の女の子と音楽の話で意気投合して。「オレ、フジロックの1回目、行ってたんだよ」「ええ〜、すごい!」って盛り上がったんです。ところが、彼が家に帰ったあと彼女のSNSアカウントをチェックしてみたら、ちょうど一緒に飲んでる時間に「出た〜!『フジロック1回目行ったことあるおじさん』www」って投稿してて、めちゃくちゃ落ちこんだっていう……。

コナリ うわあ……。

渋谷 こっちからすれば、1回目のフジロックって伝説だからフツーに自慢したいだろうなってのはわかるんですけど。それがホントに彼らにとっては迷惑きわまりないんだなと。だから、若い子と盛り上がっても調子に乗ってキモがられないように気をつかってます。

コナリ 魂に刻みます(笑)。

渋谷 そこまで引け目を感じないでつきあえたらいいなとも思うんですけどね。僕が若い頃、年上の人たちってそんなじゃなかったと思うし。

コナリ こんな大人になれたらいいなと思う人っていましたか?

渋谷 大人なんだけど茶目っ気があって、弱いところも隠さない人が好きだったと思います。しりあがり寿先生に会ってお話をうかがったとき、漫画について熱く語るんだけど、「あ〜、でもオレが言ってもなぁ」みたいなことも言っちゃう。そういうところがカッコいいと思いました。

コナリ スキがあるっていうと違うかもですが、振れ幅を見せてくれるみたいな?

渋谷 確固たるキャリアがあるんだけど、自分を大きく見せようとしない。そういう人になれたらいいなと思います。今は怯えてるだけなんで……それじゃあリスペクトされないですよね。

『「たまに思い出して『ああ!』ってなることあるじゃないですか。」『凪のお暇』コナリミサト×『世界の夜は僕のもの』渋谷直角 対談』

渋谷 コナリさん、流行り言葉ってどうしてますか?

コナリ そういうの使いそうなキャラがいたらバンバン使わせてます。

渋谷 僕は、基本的に昭和30〜40年代頃の漫画が好きで、影響を受けているので、その時代ならではの感じをぶちこんだ方が、あとあとその時代を知らない若い人たちが読んでも楽しいかなと思いつつ、おじさんがギャルの言葉をうまく落としこめるのかなっていう疑問もあったりして……。借りてきたみたいにならないかな?と。

コナリ あ、それで私もちょっとふざけた言い方にしてるのかも。例えば「エモい」なら「エモにござい」とか「エモで候」とかにして。自分に寄せるみたいな。

渋谷 それができる言語感覚も才能ですよね。コナリさんの漫画って、何かがあった後に、登場人物がどう感じてるかをちゃんと描いてますよね。コナリさんのリアリティをちゃんと入れこんで描いてるのがいいなぁと思っています。ご飯を食べながらみたいな何気ないシーンの会話にメッセージを感じることもあるし。僕もキャラクターが「どう思ったか」を描きたいし、それが描かれている漫画が好きですね。

コナリ うれしいです!

渋谷 こういうこと言うのヒヤヒヤしますね。あんまり漫画業界にいる自覚がないので。

コナリ 漫画誌じゃない媒体が多いから?

渋谷 棲息する上では自然とそうなるしかないんですけど(笑)。

コナリ 私も連載デビューは『CU TiE』で。他に漫画が載ってないので、気分的に楽でしたね。その後に『FEEL YOUNG』で連載したんだけど、他の人の漫画が面白すぎて辛かったですよ(笑)。
リベンジさせてほしいです。

渋谷 今、そこに直面してるんですよ。実はザ・漫画誌みたいなとこのネームを描いてるんだけど、辛い(笑)。他の人と比較ばっかしちゃうんですよね。

コナリ 私もそうですよ。

渋谷 「比較なんかしたら、自分の魅力なんてゼロになっちゃうからやめよう」と心の中で整理するんですけど。「この構図ですらきっと馬鹿にされる」とか思っちゃって。

コナリ そんな……(爆笑)。でも、新しい作品、楽しみです。個人的には、今の若い子たちを直角さんが描いたらどうなるのかなって。そんな作品も読んでみたいです!

『「たまに思い出して『ああ!』ってなることあるじゃないですか。」『凪のお暇』コナリミサト×『世界の夜は僕のもの』渋谷直角 対談』

(取材・文/粟生こずえ 写真/竹中智也)

コナリミサト「凪のお暇」10巻

渋谷直角「世界の夜は僕のもの」扶桑社


スナックコナリ バックナンバー
第1回 板垣巴留先生「サンタクロースにお願いしたいものは?」
https://souffle.life/topics/souffle-special/20211216-2/
第2回 鶴谷香央理先生「どの作品も、ほのぼのだけでは終わらない。」
https://souffle.life/topics/souffle-special/20220616/

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