◆中編 「うまくいかないであろうこと」を、自分の意思で「初めて」選択するということが好きなんです。~歴史マンガの本質って?~
◆『出会いはムガル。約10年来の交友関係が織りなすプレミアム対談!』
『天幕のジャードゥーガル』トマトスープ×『バットゥータ先生のグルメアンナイト』亀
~「歴史マンガ」に魅せられた2人、本音の盟友対談~中編!>>>前編はこちらから
>>>『バットゥータ先生のグルメアンナイト』第1話はこちらからお読みいただけます。
対談にも出てくるので、ぜひ先におさらいしてくださいね。
担当 マンガご執筆中にお2人で作業通話してらっしゃるときは、どんなお話をされるんですか?
トマトスープ 最近こんな作品を観たとか、色んな作品の感想を話してますよ。
亀 スープさんは穏やかな感想が多いですよね。私はここでは言えないような感想も言ってますよ(笑)。
(一同笑)
トマトスープ いえ、私もわかるな、と思いながら聞いてますよ(笑)。亀先生はとても作品を観る眼が鋭くて、主人公の言動が一貫していない時など敏感に気付いて、私も聞いていて「確かにこれ変だな」とか、気づかされたりします。あと…亀さんは普通だと嫌われるようなキャラクターが好きですよね。
亀 そうですね。
トマトスープ 亀さんから「この子はこうだから良いんだ」という話を聞いて、全然気づいていなかったその魅力に気付かされることが多々あります。私が新しいマンガやアニメを観るときはいつも、亀さんだったらどう見るだろうなとか思ったり…。
担当 トマトスープ先生の心の中に、小さな亀先生がいますね。
トマトスープ 思考パターンをインプットしたいです(笑)。
亀 スープさんから「亀さんはこう思うでしょう?」と言われたら、大体当たってるんですよ。スープさんは頭がすごく良いですよね。
トマトスープ そんなことないです…まあそんな話をしながら、草を描いたりしています。
担当 草? 草って背景のですか? そっか、ストーリーを考えている時はそんな話できないですよね。背景作画時にそういう話をされてるんですね。
トマトスープ そうです。モブキャラの顔を描いてる時とかも。たまに話に没頭しすぎて、モブキャラの顔が全部同じ顔になってたりします(笑)。
亀 全員同じ髪型とかね(笑)。
担当 もう一度マンガを読み直したくなる情報をありがとうございます!さて、ではマンガについても、より具体的に質問していきますね。まず、ほとんどの読者が知らない土地・時代の歴史マンガを描くにあたって、守ろうと心がけていることってありますか?
トマトスープ 私の場合は、私が常に「知らない人」でいよう、ですね。私がその知識を知らなかった頃のことをよく覚えておこうと思っています。「知らない」ことを覚えておかないと、どこまで描くかわからなくなってしまいますから。あと、歴史を調べていて「ここ、面白いな」「なるほどなあ」と思ったところは、なるべくそのまま描こうと思っています。
亀 私は…自分の感情をそのまま描こうと思っていますね。一般的な言葉や借りてきた言葉はできるだけ使いたくないと思っています。現代人の自分が「最初に浮かんだインスピレーションを描く」ということですね。その点ではスープさんと同じです。
担当 最初に浮かんだインスピレーションというのは…。
トマトスープ 例えばハマム(※)という単語が出てきて、どんな場所なんだろう、と調べていった時に、「そこで飲み食いして、結構みんなが騒ぐらしい」とわかってきて、「なるほどスーパー銭湯みたいなものか」とインスピレーションが浮かびます。そうなると「スーパー銭湯、みんなに伝えよう」とマンガで描きます。…今パッと浮かんだ一例ですが。
※ハマム…公衆浴場のこと。
担当 亀先生の作品はすごく現代的な言い回しが出てきますよね。歴史マンガって難しそう、と身構えて読み始めたとしても、亀先生作品は「めちゃくちゃ読みやすい!頭にスッと入ってくる」と読むたび感じさせられます。そうした創作方法だからなのですね。
ちょうど次の質問に関わるのですが、お2人の作品の登場人物たちについても同じことが言えると思います。土地・時代ともに遠い人物でありながらも、とても身近な人間のように、その人間くささが伝わってきます。それはやはり「キャラクターの力」だと思うのですが、そんな読者が共感できるキャラクターを創るために、心がけていることはありますか?
トマトスープ&亀 ………。
担当 あれ?どっちも黙っている…じゃあ亀さんから…。
亀 えっ!そんなん…ないですよ…。
担当 え~~~
亀 私自身が、人に共感してもらいやすい人間性だとも思ってないですし…。それは描かれた人間が実際に昔生きていた人間だったからじゃないですかね…。私は少なくともそういうことは意識してないです。
担当 ! 意識されてないのですね。
亀 ただ、私からすると、現代の女子高生の方が、歴史上の登場人物より、よっぽど共感することが難しいと思ってしまうんです。どこに、どんな人に共感できるかは人それぞれだと思うし、私は無理してわかりやすいキャラクターを描こうとは思ってないですね。
トマトスープ 多分、歴史マンガを描くための資料を調べている時に「あ、わかるな」って思うことがあるんです。「こう考えること、あるよな」って。そういうものが出てくる瞬間があって、それをピックアップして描いているから、亀さんの仰るような感想になるんだと思いますね。
担当 作者が共感したことが、そのまま読者に伝わっていると。
トマトスープ 以前、イランのギャッベ(※)展を見に行ったことがあるんです。ギャッベはイランの遊牧民が織る絨毯ですが、今でいうと小学生くらいの頃から親に教えてもらいながら織り始めるので、そうした小さい女の子がつくったギャッベはすごくへたくそなんですね(笑)。真ん中にまっすぐ模様が入るべきなのに折れ曲がってて、それが途中で修正されてて、「ここからお母さんが修正しました」と解説パネルに書いてある(笑)。
担当 それは…(笑)!夏休みの宿題とかで、今もありそうなエピソードですね。
トマトスープ それを見た瞬間に、その子の気持ちとか、そのミスを見たお母さんはどんな気持ちになったんだろうなとかを考えるんですよ。それは想像でしかないんですが、「こう思うんじゃないか」というところを描きたいと思うんですよね。歴史を調べていると、自分から遠い場所・時代にいる人間でも、自分と近いことを考えているんじゃないかと思うことがあって、それが歴史マンガを描く理由のひとつです。
担当 世界や人間の手ざわりを感じる瞬間があるのですね。お2人が描く物語がいわゆる「英雄譚」じゃなくて市井の暮らしの印象が強い理由もわかった気がします。
トマトスープ …どっちかっていうと、女子高生キャラクターがキラキラした青春を送っている物語の方が、私にとっては英雄譚ですよ(笑)。
亀 イラン人の方が全然身近に感じますね(笑)。逆にそういう気持ちがなければ、私はマンガなんて描いてないと思います。…これは人それぞれだと思うのですが、現在の日本のエンターテイメントにすんなりとは乗れなかった感じが自分の中にすごくあって。
担当 それでマンガを描いていらっしゃるんですね…。そういった作品に対するお2人の「マジレス感」が「キャラクターの力」となって、読者は魅力を感じているのかもしれません。
担当 さて次の質問ですが、どちらも奴隷少女という身分から物語がスタートし、それぞれの形で「弱さ」を描いていると感じます。こうした「弱さ」の描き方について、なにか意識はされていますか?
亀 (突然に)いや~、ジャードゥーガル、めちゃくちゃいいですよね。シタラちゃんがすごく頭良い子だったら復讐なんてしないですよね。あの感じ、良いですよねえ。賢すぎないんですよねえ。格好いいですよね。
担当 賢すぎない。それが「弱さ」につながるのでしょうか?
トマトスープ …シタラはちゃんと順応していった方が賢い選択なんですよね。それが生き残れる選択なんだと思うんですけど。
亀 これで…まあ言葉を選ばず言えば「賢くない選択」をとるわけじゃないですか。
トマトスープ こういう、これまでに選択肢が一切なかった人が、破滅してしまうような、「うまくいかないであろうこと」を、自分の意思で「初めて」選択するということが好きなんです。不幸になる選択肢を、自ら選ぶ。周りから「こうした方があなたは幸せになるよ」と言われて、その通りにしてきた人が、最後の最後に不幸になる「選択」を自分の意思でする。それは幸せなのではないか。…そんな話がけっこう好きですね。
担当 …今、作品を理解するために、めちゃくちゃいい事を聞いた気がします。
亀 これネタバレになってない?大丈夫?
トマトスープ もう不幸になってるから大丈夫です(笑)。…あと、私は、シタラはそこまで「弱い人」だとは思っていないです。社会的には弱い立場かもしれませんが…。
担当 シタラは賢くないけど、「弱くない」?
トマトスープ 例えば、社会的に強いところにいる人だけど気が弱かったり、低いところにいる人だけど効率的に立ち回れたり、あくまで「成功」を「強さ」とするならですが、そういうこともあると思うんです。シタラのように身分が低くても上に上がれたり、一方でドレゲネは立場は上なのにくすぶってたり、そういう、その人固有の「素地」が、立場に関わらず不均衡なのは面白いなと思っています。
担当 なるほど。強さ・弱さと立場はあまり関係ないと。亀先生のリタとバットゥータ先生はどうですか?
トマトスープ これは、『バットゥータ先生のグルメアンナイト』(以下『グルメアンナイト』)第1話のテーマだと私が思っているんですが、奴隷のリタは言葉を自分で身に付けられるような強さを持っていますよね。報われない環境にあったけれども、だからこそ生き延びようとする努力ができて、あそこまで生き延びたのだと思います。一方でバットゥータ先生は…コミュ力が低いので…(笑)。なんだかよくわからない性格に今のところなっていて面白いですよね…。
担当 バットゥータ先生はまだ分析できてないんですね(笑)。しかしリタの「強さ」が逆に「弱い立場」から生じるのは、なるほどと思います。
トマトスープ 亀さん、リタってこれから、どうなっていくんでしょう?
亀 どうなっていくんでしょうね…。私、リタは変わらなくても良いと思っています。毎日、不自由はあるけど、なんとか暮らしている人がすばらしいと私は感じていて、その美しさ、限りなさを描いていきたいと思っています。
トマトスープ 成り上がっていかない美しさがリタにあるかもしれませんね。
担当 そういうリタの美しさを描いていると。
亀 それは本当にそうですね。描いていきたいです。
担当 先ほどからのお話しでも時々出てきますが、英雄ではなく、市井の人々の目線から歴史を語ることの狙いってありますか?
トマトスープ 亀さんから言われた『ダンピアのおいしい冒険』(以下『ダンピア』)から私の描くマンガが変わったと言われたことに関わるんですが、私、同人誌を描いていた頃は、歴史を「通史」として描くのが面白いなと思って描いていたんですよ。
担当 はい。
トマトスープ ただ『ダンピア』を描く時に、歴史を直接動かしていない人たちを描いてみることになり、よりその時代を生きている人の解像度を上げないと描けなくなって…。それで頑張って上げて描いてみると、前とは全然違う面白さがあるなと気づきました。こちらの方が、読み手を選ばない面白さがあるなと…。それ以来、ミクロな視点で、ちゃんと歴史を捉えようと心がけてます。
担当 マクロな英雄譚から、普通の人たちのミクロな目線に変えたんですね。
トマトスープ 実は『ダンピア』の前に、モンゴルや別の題材を描こうと思っていた時期もあったんですが、私がマクロな視点になっちゃっていて、それでうまくいってなかったと思うんですよね。『ダンピア』は実際にウィリアム・ダンピアという人の『最新世界周航記』(岩波書店刊)を基にしたマンガなのですが、その原典にふれた時に、日々の生活のことを描いているのが面白くて、「あ、こういうのが面白いんだ」と気づけました。亀先生の『グルメアンナイト』も紀行文で面白いですし…そういえば、イブン・バットゥータ『大旅行記』でお腹くだした話とかありましたよね?(笑)
亀 (笑)。すごく面白いですよね。そうした資料を読むと、「人間だな」と身近に感じられます。私が身近に感じられるなら、皆もそうなんだろうなと…やっとそう思えてきた気がしますね。
トマトスープ ちょっと前なら、「これは歴史に関係ないから描かなくていいか。お腹をくだした話はいいか」と思っちゃっていたんですが、それこそが必要なことだと気づけました。
担当 お腹をくだしたことこそが必要…。それでマンガが描きやすくなった、というのがとても興味深いです。
今後の最新コンテンツが気になる方は、ぜひSouffle公式Twitterをフォロー!