奥能登の酒蔵からのメッセージ 新しい酒の名は「大江山GO」!《「酒と恋には酔って然るべき」⑪巻 特別寄稿》
令和6年1月1日16時10分、石川県能登地方を震源とする「令和6年能登半島地震」が発生。能登には11の日本酒を造る蔵があり、そのすべてが大きな被害を受けました。酒造りよりも人命を優先させなければいけない状況と、それを乗り越えた先の、再びお酒を醸す決意…。奥能登の酒蔵・松波酒造の金七聖子さんが語る、震災と、これから先へつなぐ思いとは…。
石川県 能登町 松波酒造株式会社 若女将 金七聖子
能登半島地震、発災直後、奥能登の松波酒造では…
令和6年の正月は、お酒の仕込みが一段落し、醪管理をしつつ蔵も会社も休みでした。
夕方に大きな揺れと地響きが起きて、とっさに動画撮影しながら砂煙の中をひたすら逃げまどい、ようやく顔を上げると目にしたのは現実か映画かわからないような壊れ方をした家と蔵と町…。蔵の横を流れる松波川から見てみると、美しい黒瓦の2階建ての屋根が川へ滑るようにつぶれ落ちていました。
「津波が来るぞ!!」周りから声が上がり、スマホとPCを抱え、海に近い家と蔵から家族7人で軽トラに乗って避難所になっている近くの松波中学校へ。150年分の歴史も新酒もそのまま残して離れました。
蔵人でもある妹は落ちてきた梁で足を骨折し重症を負いましたが、他の社員と蔵人は無事でした。
余震も続くなか命の危険を感じながら避難所生活を送り、その後、家族で金沢のホテルへ二次避難。そこでようやく頭もクリアになり、身を整え、酒造会社としての今後を考えられるようになりました。
救い出された米、酒、看板と暖簾
まだ最初の避難所生活を送っていた1月5日、日本酒の美味しさ、豆知識を広めるライブ配信や商品開発を一緒に行っていた仲間が、大量の物資とともに東京や金沢から悪路を長時間かけて避難所まで来てくれました。身の安全を保証できないこともあって「来なくていい」と言ったのですが、「心配だから絶対に会いに行く」と…。
そこから一緒に松波酒造の現実を見に行きました。
地震直後とほぼ同じ、いつもの日常がすっかり失われた風景。
「けっこう大変ねん」
そう言いながら眺めた蔵の瓦は輝き、空は青空。
「絶対に助けるし、お酒もあきらめないから」
そう励まされてお店の入り口を眺め、そこに掲げられていたはずの祖父の時代に書かれた木製の看板と、柿渋染の酒袋(伝統製法の「木槽搾り」に使う醪を入れる袋)に、銘柄「大江山」を記した暖簾を、その中から出そうということになりました。
ほんの1メートルで手が届くのに、まだ余震も多かった頃で足元にはガラスが散乱。建物も大きく傾いているので無理はしてほしくなかったのですが、彼らは「残してあげたいから絶対に取る」と、無事に取り出してくれました。
ただただ嬉しかった。これを再建したときに掲げようと…。
多くの支援を受けて
金沢での二次避難中に、被災した他の奥能登の酒蔵の動きもニュースで見るようになりました。保存していた酒米や酒瓶を救い出して他社での委託醸造…私たちもこの状況でもできることを始めたいと考え始めたとき、全国からいただいた応援コメントやメール、特に東北の方からの「必ず復興できます」との言葉に気持ちを押されて、動き出しました。
それからは毎日が慌ただしく、プロの災害ボランティアの方々とともに蔵の建物の安全を確保しながら、酒米と瓶貯蔵や密閉タンクの中のお酒の移送計画を練りました。
それと同時に、インターネットのクラウドファンディングサービス makuakeで【#能登の酒を止めるな!】という被災日本酒蔵共同醸造支援プロジェクト(※)を同じ石川県の白山市にある吉田酒造店さんが立案してくださいました。
サポートに手を挙げてくださった、全国のまだ会ったこともないのに「日本酒」でつながっている蔵元様には心より感謝しています。
松波酒造から救出した酒米は、発災直後に連絡をくださった小松市の加越酒造様を頼り、委託醸造をお願いしました。
2月からの酒造りには私も参加しています。
そうして、いつしか酒蔵の皆様と一緒に一粒の米の可能性を楽しみにするまでとなり、蔵に泊まりこんでいるとき、このお酒の名前を「大江山GO」に決めました。合・郷・剛・業・強…進んでいくとの思いを乗せて。
令和6年能登半島地震で被災し、酒造りが困難になった酒蔵の復興を支援するため、被災蔵が全国の蔵とともに共同で酒造りを行い、被災蔵の銘柄を酒屋さんを通して市場に流通させ、売り上げを通じたお金の循環が生まれ続ける仕組みを作る活動。
4月28日までの第1タームでは全国から4000万円を超える支援が集まった。
復興へ向かって
酒は米と酒蔵があればできるというものではありません。その土地の文化と寄り添っており、特に能登は祭礼、発酵、四季の風景、ものづくりに長けた人、漁業、農業、工芸など、豊かな自然と環境から生まれた文化・伝統があり、それらと日本酒は本当に近い関係です。潤沢な水も必要ですが、ライフラインも整わず町の復興もまだ見えていません。
たとえ道が整っても人がいなくなったら地酒としての生業はあるのか…。少し先も、まだ見えない状況ではあるけれど、とにかく今ある酒米を美味しいお酒にして皆さんに乾杯してもらいたい、残っていたお酒を最後のお酒と言われないようにしたいと、日々奔走しています。日本酒は人と人とをつなぐもので、乾杯をもっと広げたいとの思いを軸に、柔軟に、そして奥能登の酒蔵仲間とも一緒にこの難局を乗り切りたいです。
長期間かかるし、悲しくなるときや立ち止まる日があっても仕方がないと思っています。皆さんには、ただ見守っていてほしいです。
このエッセイや、日本酒ラブコメディ「酒と恋には酔って然るべき」(はるこ)の作品情報、漫画に登場したお酒が気になった方は、作品公式Twitter(@saketokoi)をチェック!
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