『セトウツミ コノモトメモ』 此元和津也 『セトウツミ』の作者自身によるレビューエッセイ!
#1 コメントイップス (『第1話 ムカーとスッキリ』)
舞台化記念! セトウツミの作者・此元和津也が1話ごとの裏話と思い出を漫画と共に語るレビューエッセイ。
レビュー後の漫画とあわせてお楽しみください!
コメントイップス
覚悟のないまま、ふわっと連載が始まってしまった。
これで売れようなんて思ってはなかった。瀬戸と内海のように、立ち上がるまでの一休み。
言い方は悪いが、ちゃんと真っ向勝負できる漫画が描けるようになるまでの繋ぎという感覚。もちろん、自分の作品として残ってしまうわけだから一生懸命やる。
このタイミングで担当編集者が変わった。S田さんから若手の女性編集者S子さんに。
漫画に携わったキャリアでいうと同じぐらいの僕と彼女が、スイスホテルのラウンジで面会を果たす。
そこで2話目、3話目のネームを目の前で読んでもらう。僕はネームだけは早かった。S田さんと違って、S子さんは表情をよく変えた。
ただ僕としては手応えがなかった。ふわふわしているというか、方向性も定まらないまま地に足がついていない。元々、ぬるいのがコンセプトだけど、本当の意味でぬるいというか。今でもその欠点は抱えているけど、僕はいつも立ち上がりが遅い。ノるまでが本当に遅い。このコラムみたいな謎の連載に関してもまだノッていない。
別れ際彼女は「頑張りましょう」と手を差し出し、握手を交わした。
それまで自堕落に過ごしていた僕は、毎日絵を描くという習慣が根付いてなかった。カラー原稿は通常の締め切りより早めに設定されていて、いきなり僕はその締め切りを破った。
最近よく思うが、締め切りの3日前ぐらいに、どういう言い訳で連絡しようかな、と考え出した時点で終わってるんだと思う。
「頑張りましょう」と握手を交わした次の連絡で、僕は原稿が遅れることを伝えた。割とガチ目に怒られたのを覚えている。S子さんは舐められていると感じたか、もしくは出鼻をくじかれたことに憤ったのだろう。
更には、S田さんにも密告され、「動き出したものは止まりません。頑張りましょう」とメッセージが届いた。
思い出したことがある。S田さんとの対面の際、秋田書店のイメージを変えるような新風を巻き起こしてほしい、というようなことを言われた。多分、そんな大仰なことは本気で期待していた訳ではなく、モチベーションを上げるために言ってくれたんだと思う。ただ僕は漫画家としてあるまじき事だけれど、出版社に疎く、そもそものイメージというものがなかった。
「わかりました」
力なく答えた僕の声は、ラウンジの生演奏のピアノの音にかき消された。メニュー表を見た。アイスカフェラテ1700円という文字にひいた。
最近になってここに来たことがある。何も変わっていなかった。アイスカフェラテ1700円も高いな、と思う。ただ喫煙はできなくなっていた。
原稿を送る際に、一緒に目次コメントも送る。「先月は〇〇のライブに行ってきました」的なやつだ。
僕はこれが本当に苦手だった。原稿はできているのに、このコメントが思いつかずに2時間ぐらいメールが送れないなんてこともあった。
お題もなかったので、本当に何も言うことがないし何も思いつかない。誰かが嫌な思いをしたり疎外感を抱いたりはしないか。狙いすぎると寒いし無難すぎてもつまらない。考えすぎるとどんどん書けなくなる。
「パクチーを育て始めました」というコメントをした翌月「先月パクチーを育て始めたという嘘をつきました」みたいな訳のわからないコメントで2か月分稼いだこともあった。
ある時「普通のカレーが10ならグリーンカレーは6」みたいなコメントをした同じタイミングで連載されていた中村ゆきひろ先生の「最近グリーンカレーにはまってます」というコメントが同じ紙面に掲載された。今思えば単純に偶然が生んだおもしろ奇跡だし、後に中村先生とお会いして笑い話にはなったけど、僕はこれ以降コメントイップスに陥る。
人を楽しませたり喜ばせようとした行動が、たまにその真逆の結果になって慄く時がある。仕事でも私生活でも。
そんなところまで誰も読んでないし、そこまで何かを求めてもいないし気にしすぎ。そんなことはわかっていた。
けれど僕は未だに、オフィシャルでリリースされるコメントなどで、余計なことを言う、という勝手に始めた自身のブランディングに苦しんでいる。
無難でいい。と言い聞かせながらも、もしかしたら喜んでくれる人がいるかもしれない。「セトウツミ」のどこかで書いたと思うけど「サービス精神が空回りしている状態」なんだと思う。けど、僕には確かに見えている。声を上げないが、いちいちそれを表明しないが、確実に喜んでいる人の姿が。たぶん4人ぐらい。
この回の内容に関しては、あまり振り返りたくないけど、バルーンさんが登場する。
風船を割ってしまうバルーンアーティストというキャラを何かで使いたいとは思っていたのと、この場所にピエロがいたら面白いだろうという安易な考えで登場したんだと思う。が、ラストまで登場するキャラだとは考えてはいなかった。
笑いという意味でいうと、濃度的には薄いと思う。哲学というそれっぽさに逃げている感がある。
舞台を固定して会話だけで成立させ、16ページで一応オチをつけるという作業の出だしとして、なんかもういきなり疲れてるなという印象。
皮肉にも、振り返ることによって、この時の心理的負担を追体験し、今現在の僕の心を蝕んでいる。
漫画 『セトウツミ 第1話 ムカーとスッキリ』はこちらから
次回は6月9日更新です。
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