『セトウツミ コノモトメモ』 此元和津也 『セトウツミ』の作者自身によるレビューエッセイ!
#7 正気の沙汰ではない(『第7話 親方と裏方 』『描き下ろし』)
セトウツミの作者・此元和津也が1話ごとの裏話と思い出を漫画と共に語るレビューエッセイ。
レビュー後の漫画とあわせてお楽しみください!
正気の沙汰ではない
この頃は仕事をしてるという感覚があまりなかった。
2~3日でネーム描いて、担当編集者のS子さんにメールで送る。
今回のネクタイのエピソードでいうと「親方を裏方にクルリすると見せかけて逆ブリーンからの逆クルリで順ブリーン」みたいなのを、夜中に大人が大人にメールで送る。
冷静に考えると正気の沙汰ではないと思う。
そして20日ぐらいかけてダラダラ作画してまたメールで送る。
読者の反応も特に追わなかったし、雑誌に本当に載ってるかすらわからなかったけど、いつの間にか口座にはお金が振り込まれている。
もしかしたら大金持ちの富を持て余したS子さんが、個人で楽しむために僕に漫画を描かせてるだけかもしれないと思ったぐらい、社会との接点はS子さんのみという異常な状態。
本人は嫌がるだろうけど、S子さんは、とても新し物好きで大衆的で、流行をキャッチする能力が高く、カルチャーに対する順応性が高く、良い意味で拘りがなく、情報収集能力に優れ、それにしっかりと乗っかって楽しむことができた。
何人かで行った新宿のゲイバーでは、完コピした恋ダンスを全力で踊っていたし、いつかは妖怪ウォッチにはまっていたし、去年久しぶりに会った時はタコピーの原罪について熱弁していた。
知らないけど今後流行りそうなスイーツとか聞けば即答で教えてくれるだろうし、多分、風邪が流行ったらしっかり風邪ひいてると思う。
この、流行に敏感で大衆の感覚を併せ持つある種のマーケティングスキルを標準装備した編集者は意外と少ない。僕の中の面白さの基準と、S子さんの持つ感覚をすり合わせるたった一つの方位磁石、あるいは指標として僕は信頼していた。
第7話。
ちょうど僕がネクタイを締める行事があって、動画を見ながら練習した様子を、ほぼそのまま再現した。
脱稿しメールで送ったあと、今回めちゃめちゃすべったかもと思った。
月刊連載の一話完結ですべってしまうと、取り返す次のチャンスは一か月後となる。僕はとても焦っていた。
なぜそう思ってしまったかと言うと、S子さんの反応が良くなかったからだ。
いつもならネームや原稿を送ると、すごい!面白い!天才!と褒めてくれるのに、今回は「あー。はいはい。こんな感じですね。なるほどー。了解です」
実際にはこんな言い方はしてないけど、感覚的にはこのような返事だった。
結果的にはこのネクタイの話は、この時点で一番反響があったのだけど、決してS子さんを非難しているのではない。
闇雲にただ褒めるだけじゃなく、確信がないならないなりに、とても正直で素直なんだと、本当のことしか言わない人は信頼できるなと思ったという話。
描き下ろし。
結構重要な話を描き下ろしでやったんだなと思った。
そんなことよりも、描き下ろしは無償でやっている。だから何を描いてもいい。
プロになる前の読者の立場で言うと、単行本の巻末にある、好きなバンドベスト10とか、同業やアシスタントとのクソ寒い馴れ合い身内ネタをやられると、没入していた作品世界から一気に引き戻されて冷めてしまうので嫌いだった。
今となってはそういうのを読みたい読者がいるのもわかるけど。
作品より前に出る作家より、作家なんていないと思わせる作品が好きだった。だから僕は台割の都合でできた空きページには、コスパを度外視してでも描き下ろしの絵を描いた。
作品の外で、雄弁に語る作家は黙れよ、と未だに思う。その反面、強烈な才能がないなら、ある程度時代に合わせて自ら広告塔になり、人間性を前面に押し出して発信力を高めた広報活動をしないと生き残れないんじゃないかとも思う。
めっきり大人になった僕の、その揺れ動きの発露がこのエッセイだ。次のステージに行くためのゴミ箱だと思ってる。
これで1巻分、全て出揃った。これがディスプレイされ、読者に値踏みされジャッジされる。生き残るか淘汰されるか。つまり、1巻で掴まないといけない。「セトウツミ」の面白さを、1巻で出せたかどうか、間に合ったかどうか。
今読み返しても、僕が思う水準には届いていない。まだ。こんなもんじゃない。
そう言いながら志半ばで散った漫画が世の中には沢山ある。この後面白くなるから、が通用する世界じゃない。
環境も版元も関係ない。面白いものならどこからだって飛び出せるはず。
「1巻が売れないと続きが出ないんです。買ってください」
そういうの堂々と発表しちゃう作家さん。冗談でしょ?そんな大量誤発注ビジネス的な作戦、いつまで持つの?
同情された作品ほどかわいそうなものはない。それならばいっそ静かに散ろう。
でもなりふり構ってられないその感じ、真似はしたくないけど、看板を掛けて勝敗を賭けて希望を架けて何かが欠けてもなお駆け抜けて描き続ける覚悟の証しなんだろう。
残酷なほどに実力社会だと思うし、そうあってほしいと願っている。だから結果は甘んじて受け入れる。
でも本音を言うとまじでもうちょっと待って。確実に上昇曲線は描いているから。
この後、このエッセイはどんどん面白くなっていく。この漫画がどんどん面白くなっていったように。
でもごめんね。ここからは不定期更新です。
課金じゃないだけマシと思えよな。
漫画 『セトウツミ 第7話 親方と裏方』『描き下ろし』はこちらから
2本続けてどうぞ。
【漫画部分の公開は終了しました】
次回更新をお楽しみに。
今後の最新コンテンツが気になる方は、ぜひSouffle公式Twitterをフォロー!