アルコール依存の父との暮らしを描いたコミックエッセイ『酔うと化け物になる父がつらい』の菊池真理子さんと、『母がしんどい』『キレる私をやめたい』を描いた田房永子さん。ふたりに共通するのは「毒親育ち」ということ。田房さんは、親の過干渉、菊池さんの場合は、親の無関心が生きづらさの根っこにありました。
母親のことを「ほんとこいつやべーな」って目線でとらえてた
── 20代のうちに親との連絡を断ち、現在も色々なセラピーなどを受けている田房さんと、アルコール依存の父から離れられず、長い間、家庭の異常さに気づかなかった菊池さん。キレてしまう田房さんと、キレられない菊池さんって、真逆な性分ですよね。
菊池 今回『酔うと化け物になる父がつらい』を読んだ知人から「よく心が病まなかったね」と言われて。でも、私は家庭環境がおかしいとか、自分が病んでいたっていう自覚さえ、最近までなかったんですよ。ひどいときに心療内科に通ったら、きっと何がしかの病名をもらってもおかしくなかった。
── 田房さんはすごく早い時点から自分の家庭はおかしいと気づいていたんですよね。
田房 そうですね。お母さんが激しすぎるとは、かなり小さい頃から思ってました。それとは別に、小学校の先生たちがめっちゃくちゃ理不尽だったんですよ。わけのわかんないことで怒ってきたり、陶酔しながら体罰したりとか、ヤバすぎだった。そういう大人たちって「おまえたちは子供だからわからないだろうけど、大人になれば先生が正しいってわかる」という言い分だったんですよね。私は「本当にそうなのか?」って、大人になってから確かめるために、先生達の理不尽な言動をノートに取ってたの。
菊池 ノートはずっと保管してたんですか?
田房 実家に帰れなかったから、大人になってからは見てないです。でも書いたからすごく覚えていて。“先生むかつく”とかそういう内容じゃなくて、“今日は誰が立たされて、朝の会で先生がこういうこと言って……”とか事情聴取みたいなことを書いてました。だから、高校生くらいのときには母親のことを「ほんとこいつやべーな」って目線でとらえてました。
菊池 なるほど…。
田房 菊池さんのお父さんは、菊池さんのやることを邪魔したり、人格否定したりとか、そういう攻撃はしてなかったじゃない? うちは、そういう攻撃的なことをされていたから、早くから親と向きあわざるをえなかった。そこが違うのかなって。
菊池 それはそうかも。うちの父は、何かワーッと言われるとすぐ黙っちゃうタイプだったし、母親も泣きながら笑ったりしてた。ふたりとも我慢しちゃうタイプだったので、私も我慢することを一番最初に選んでしまうんですよね。
田房 うちは小林亜星がやってたドラマ「寺内貫太郎一家」みたいな感じ。全員がおっきな声だして、ちゃぶ台ひっくり返して、けんかするみたいな家族だったの。
菊池 うち、両親が喧嘩するのを見たことがないですね。あんな状態だったのに。
自覚しない怒りが後から湧いてきた
田房 あと、直接的か間接的な攻撃かで、受けるダメージも違うのかなって。
菊池 母親から“人の悪口を絶対言っちゃだめ”と言われていたので、人の悪口を言ったことがなかったんです。高校生になった時に同級生が、道端で歩いている人のことを「あいつキモくない?」っていうのを聞いて、「何の害もない人のことを悪く言う人がこの世にいるなんて!」ってすごい衝撃をうけて。大人になれば誰も悪口なんか言わなくなるって思ってました。
田房 悪口を言わないことが成長だって思ってた?
菊池 早く心の清い大人にならねば、みたいに思ってましたね。いまでもキレることがないんですけど、ブレーキが強烈なんだと思います。
田房 思うけど言わないの? それとも自分でも「嫌だ」ということを自覚しないってこと?
菊池 自覚しない、ですね。だけど無意識の中では怒ってる。だからおかしな形で出てきちゃうんでしょうね。お風呂に入ってる時に勝手に涙が出てくるとか。今日も電車が事故で止まっちゃって、ここに来るのにタクシーを拾おうとしていたら横入りされて。でも、瞬間的には怒りがわかないんですよ。でも時差で怒りが湧いてくるっていう。
田房 あとから来るパターンね。
菊池 今は、たまには怒るのもいいなって思ってます。感情が揺れ動くのが気持ちいいっていうか……。
田房 気持ちいいっていうか、正常なんだよね。外部からの刺激に対しての反応だから。それを止めるとすごい大変だよね。
菊池 「キレる私をやめたい」を読んだ時に全然アプローチが違ったので不思議でした。なぜ田房さんは夫に対してだけ怒りが湧いてくるのかなって。
田房 安心してるっていうか……自分でもわかんないんですよね。止めらんない、単純に。
菊池 中学生くらいの時にキレてみようと思って、親にキレてみたことを思い出しました。本かなんかを2冊くらい床になげて様子を見ていたけど、親はふたりともじーっと見てて。「気が済んだ?」みたいなことを言われて。「ああ、こういう反応なんだ……」って。
田房 なんで怒ったんですか?
菊池 それが全然覚えてないんですよね。
田房 ご両親が落ち着いてたんだね。そうするとキレる必要なくなるもんね。
菊池 でも母はヒステリーっぽくて、何かするとすぐに「出てけ」って外に追い出されたりしてたんです。妹とケンカすると外に出される。漫画では母のことをあまり書かなかったけど、宗教活動でほとんど夜はいなかったんですよ。学校から帰ってきた時にはいるんだけど、ごはんを作ったら「じゃあね」って出てく。だから汚いんですけど、私お風呂、あんまり入ってなくて。お母さんがいる時にお風呂入るみたいな感じだった。
田房 お母さんが出かけるのは毎日なの?
菊池 ほぼ毎日。ずっといなくて。父親が見栄っ張りだったってのもあって、家のローンを短い期間で返したんですよ。だから、お金に余裕がなかったんですよね。それで母親が宗教活動の一環として新聞を配ってたの。でも結果的に母は他人に頼まれたりとかして、新聞6部とってたんですよ。
田房 家族4人なのに!
菊池 夜ごはんはとにかく家族4人では食べなかった。父親は夜遅いの、帰ってくるのが。妹とふたりか、母と3人でしたね。
キレるのは、死を感じてパニックになってるから
菊池 田房さんが「キレる私をやめたい」だったら、私は「キレられない私をやめたい」なんですよね。キレてる時って、客観的な田房さんはどこかにいないんですか?
田房 前はいなかったですけど、子供が生まれて、だんだん出来てきました。あと、客観的な自分を作るっていうのは、花輪和一さんの「刑務所の前」で読んで、これはやってみようと思って。自分のことを冷静に、ただ行動だけを「怒っているのだな」とか実況する視点を意識的に作ったことがあって。そこからはじめてわかりました。それまでは、キレた時とか取り憑かれたように「ああああー!」って歩道橋の上を走ったりしてたんだけど(笑)。菊池さんは?
菊池 私の場合は、客観的な自分が大きすぎるんですよ。主にそいつがしゃべってる。私じゃなくて、そいつがみんなと対話してるっていうか。歩道橋、走らないし、キレて当然の場面でもキレられない。田房さんはどういうことにキレるんですか?
田房 生死の話なんですよ、キレてる時って。この場合の「キレてる」は正当な怒りをぶつけようとして、つい声が大きくなるとかじゃなくて、その状況に見合わないほど暴れたりすることなんだけど。後者のキレてる人って、まわりから見ればその人は死ぬ状況じゃないんだけど、本人は死を感じてパニックになってる。死にかけのセミが、人が横を通っただけでバタバタバター!って暴れたりするじゃないですか、それと同じ。たとえばうちの母の場合は、「お母さんがちょっと不機嫌」ていうとこからの飛躍がすごくて、みんなで行く学校行事をキャンセルされたりとか、爆発的な出来事をぶっこんでくるのね。子どもにとっては死活問題。
菊池 確かに死活問題ですね。
田房 でも、子供だからどうしようもなくて。学校の先生も「かわいそうだから行かせてあげるよ、任せておいて」とかフォローしようとしてくれるんだけど、結局お母さんに太刀打ちできなくて「ごめん、先生なにもできなかった」みたいな感じで、ひとりだけ行けなかった。そういう衝撃的なことが、年に何度もぼんぼんぼんぼんぼんあったから。
菊池 それはキレるようになりますね……。
田房 だからキレるというか、パニックになっちゃうわけ。子どもに罰を与えてそれで本当に勉強するようになんて、なるわけがなくて。うちの母親は私に「おまえが勉強をしないペナルティーだ」とか言って、そういう罰を与えてたんだけど。でも、私が勉強すると阻止するのね。ほんと意味がわからないんだけど。
菊池 どういう邪魔が入るんですか?
田房 「勉強しろー!」ってなまはげみたいな感じで部屋に乱入してきてたのに。成績が上がると急に「勉強なんかやめなよ~、勉強しなくてもいいよ~」て翻弄してくる。たぶん、母親の依存対象が私だったから、私を振り回すことで安定してたんだと思う。
菊池 本人の意識としては振り回してるってあったんですかね。
田房 うーん……わからない、もう果てしなくわからない。本人もわかってないと思う。私、今リカちゃん人形に超ハマってて。娘に「リカちゃん人形のドレスを作って」って頼まれてなんとなく作り始めて、参考に人形作家さんのドレスを見てるうちに、その魅力に心を奪われてしまった。こんなに素晴らしくて楽しい趣味を与えてくれてありがとう、人形に関わる人すべてに感謝!!って気持ちになったんですよね。
菊池 わあ、すごい上手!
田房 うちの母、人形作家をしていた時期があって、小さい頃に写真を見たことがあったんですね。リカちゃんにハマったことをきっかけにそれを思い出して、自分の気持ちが「全ての人形作家に敬礼」になってるから、そこに母親も含まれるわけじゃないですか。そのことに不思議と抵抗を感じなかった。母親が好む柄とかジャンルを今までは嫌悪してたんだけど、年とって目覚めちゃったのかな、レースとかゴブラン織りとか好きですよね、おばさんて。
菊池 ああ、たしかに。
田房 そうやってお母さんと同じフィールドに自然に入っちゃって。さらに、お母さんが最近そういう活動を始めたというのを聞いて、私の中のお母さん像が「全部無理、全部嫌い」から「だいたいは無理だし昔のことはまだ忘れられませんけど、ここはいいと思います」って感じに切り替わった。それはすごい変化だった。
菊池 社会的な活動をしているお母さんがかっこいい、みたいな感じですか?
田房 お母さんが、私への依存をやめた感じなんですよ。だから、うちのお母さんみたいに子どもに依存してる人たちは、娘とまた仲良くなろう、娘を振り向かせようと一生懸命になるより、自分の好きなことを無理矢理にでも見つけたほうが、絶対いいと思う。
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