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Souffle(スーフル) Souffle(スーフル) 息、できてる?
トピックス 2019.12.03

【特集】

哲学が効く!第2回

哲学者の苫野一徳さんの全6回の新連載第2回!孤独や劣等感、そんなものから抜け出したい──自分が抱えるモンダイを克服した苫野さんの、やさしい哲学入門です。

前回は、哲学的な少年だったわたしが、そのために友だちもなかなかできず、いつしか神経や精神を病んでいったお話をしました。

最も辛かったのは、前回お話しした「過敏性腸症候群(IBS)」。でもじつを言うと、このIBSと同じくらい辛かった症状に、17歳の頃から約8年間、苦しめられたこともありました。

いわゆる躁ウツというやつです。

初めて自分のウツっぽさを自覚したのは、高校3年生の時でした。

友だちがいないと思い込んでいたわたしは、でもだからこそと言うべきか、その反動から、「あるべき学校」や「あるべき人間関係」の激しい理想を抱いていました。

だれからも理解されないわたし。愛されないわたし。でもそんな世界は間違っている! 本当は、もっと理想の学校、理想の人間関係があるはずなのに!

そんなわけで、わたしは一念発起して何と生徒会長に立候補しました。「世界一の学校」を作ろう! 今になっては恥ずかしすぎる話なのですが、そんなスローガンを掲げました。

対立候補がいなかったので、見事に当選。でもその後、その過剰なまでの理想主義が多くの生徒たちにウザがられ、日々大バッシングを受けることになったのでした。

当時のわたしには、同世代の高校生たちが、「生きるとは何か」を真剣に考えることもなく、日々安逸をむさぼって暮らしているように見えていました。「高校生たちよ、もっと人生を考え、自己刻苦して生きよ!」。そう考え、また声高に言っていました。今思えば、ウザがられて当然です。

「苫野追放!」

全校生向けアンケートなどをするたびに、わたしにはそんな言葉が浴びせられました。

そんなわけで、いつしかわたしはウツになっていたのです。過敏性腸症候群も悪化して、毎日下痢に悩まされ、円形脱毛症にもなりました。

それでも、わたしは長らく自分の信念を曲げませんでした。

20世紀最大の哲学者の一人と言われる、マルティン・ハイデガーという人がいます。この人、じつは高校時代のわたしと同じような、ある意味青臭いことを主張し続けた哲学者でした。

世間の人びとは、大衆の中に埋没して、生きることや死ぬことを真剣に考えていない。つまり「頽落(たいらく)」している。それは「非本来的」な生き方である。そうではなくて、もっとちゃんと死を覚悟しながら生きよ。それこそ「本来的」な生き方である! そうハイデガーは言うのです。

気持ちは分からなくはないですが、今のわたしからすると、これはいささか押し付けがましい、ハイデガーの個人的な人生観、もっと言えば「趣味」のように思えます。

が、当時のわたしは、まさにハイデガーのように、高校生たちに「本来的」な生き方を強要していたのです。

しかしわたしは、生徒会長を続ける中で、そんな自分が少しずつ変化していくことに気がつくようになりました。

一つの大きなきっかけは、副会長をしていた友人の存在でした。

この男もまた、わたしに輪をかけて厄介な理想主義者で、その「理想」がまたお互いに違ったものだから、わたしたちは毎日大げんかを繰り返していました。「やっぱり自分のことを分かってくれる人なんていない」。日々激しく議論を続ける中で、わたしはますますウツになっていきました。

ところがこの大げんかの日々が、わたしを少しずつ変えていくようになったのです。

お互いをどこまでもさらけ出し合った議論をしたのは、たぶん彼とが初めてです。そしてわたしは、そのことで初めて、たとえケンカや議論という仕方であっても、自分の存在を真正面から受け止めてくれる人が存在しうることを知ったのです。

その喜びが、いつしか、わたしをして意固地な自分から解き放ってくれることになりました。自分の独りよがりな理想をただ主張していたって、だれも理解なんてしてくれるはずがない。そうじゃなくて、お互いにもっと理解し合おう、認め合おうとした方が、相互理解にたどり着くことができるんじゃないか? その方が、わたしたちはもっと自由に、そして幸せに生きられるんじゃないか?

そんな発見が、わたしの他人に対する態度を少しずつ変えていくことになりました。多くの人に自分を開き、「共通了解」を得ようと努めるようになりました。おそらく、ほとんど劇的と言えるほどの変化だったのではないかと思います。

そうして気がつけば、「苫野追放」などと書かれていたアンケートが、ある頃からむしろ多くの応援メッセージであふれるようになっていたのです。

「自分のことを理解してくれる人がいる。応援してくれる人がいる」……? わたしにとって、それは生まれて初めての驚きの経験でした。

ウツから躁へと、まるでゴムで弾かれたように跳ね上げられていく準備は、この時に整ったのだろうと思います。

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次回に続く。

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