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Souffle(スーフル) Souffle(スーフル) 息、できてる?
トピックス 2020.12.12

【特集】

「高次脳機能障害」ってどんな障害? 『私、なんで別れられないんだろう 〜脳が壊れた彼との日々』いのうえさきこ×ルポライター・鈴木大介対談(前編)

『私、なんで別れられないんだろう 〜脳が壊れた彼との日々』で、高次脳機能障害を持つパートナー・寝太郎さんとの日々を描いた、いのうえさきこさんと、高次脳機能障害の当事者であるルポライター・鈴木大介さんの対談です。前編は、この障害の特徴について。

──いのうえ先生が、高次脳機能障害を抱えるパートナー、寝太郎さんとの毎日を綴った『私、なんで別れられないんだろう 〜脳が壊れた彼との日々』を連載するきっかけは?

いのうえ 寝太郎は、元々編集者だったんですが、10年前に脳出血を起こして左半身麻痺になりました。でも、問題なく話せるし、認知テストも問題なくクリアしていたので、麻痺のリハビリだけを続けていたら、少しずつ違和感が出てきて。お医者さんから高次脳機能障害のことは聞いていなかったので、寝太郎と私が、高次脳機能障害だと気付いて、その病識を得るまで、かなり時間がかかってしまいました。今回の作品は、連載当初、別れたいのにずるずると別れられない世間の男女関係を描くつもりだったんです。でも、描いているうちに、私自身が彼の障害を受け入れられず、抵抗をもっていたとわかって。連載を続けながら、少しずつ受け入れられるようになりました。今回の作品は「お互い、障害を受けとめようぜ」という話を描いたつもりです。鈴木さんのパートナーは、どうでしたか。

鈴木 妻は発達障害なんですが、それが高次脳機能障害の特性とすごく似ているんです。だから、自分がこうなって、できなくなったことは、もともと妻ができなかったことだから、妻からしたら「こっち側に来たか」という反応でした。だから、妻はすんなり障害を受け入れてくれたんですが、問題は僕でした。病前にできたことにチャレンジしては玉砕して、「なんでこんなこともできないんだろう」と失望することを繰り返して。そのうち、できないことのパターンがわかってきて、自分の障害が認識できるようになるのに、2、3年はかかりました。ようやく「この世に戻ってきた」と感じたのは4年目の頃。今は5年目になります。

「高次脳機能障害」ってどんな病気? 『私、なんで別れられないんだろう 〜脳が壊れた彼との日々』いのうえさきこ×ルポライター・鈴木大介対談(前編)

いのうえ でも、鈴木さんは、その間に何冊も本を執筆されています。文章を書いたり組み立てたりするのは、複雑なことだと思うんですが。

鈴木 たしかに、発症後は短期記憶の障害が重くて、短い文書を読むことすらできませんでした。3行以上の文章を読むと1行目の内容を忘れちゃうんですよ。2ページ目を読んで、1ページ目を見返すと、知らないことが書いてある。記憶でも思考でも、頭の中にあることがどんどん消えていってしまう。でも書くってことは、その消えていく考えや記憶を文字という「消えない情報」にする行為なので、可能なんです。もちろん病前のように頭の中だけで文章の組み立てをするのは難しいけど、紙やモニターの中で組み立てることならできる。ほんと、分かりづらい障害ですよね。

いのうえ 寝太郎もそんな感じです。でも、思考を外在化すれば本は書けるんですね。

鈴木 もちろん、すごく大変でしたよ。特に、文字量に制限があると難しいくて、どこを省略するか、省略した前後をどうつなげるか、それできちんと伝えたいことが伝わるかって作業が頭の中だけで出来なくなったので、ひとつのコラムを書くのに10バージョンぐらい作って自分で見比べて。単純に作業時間は十倍。でも、書けないことはない。

いのうえ この障害は記憶が飛ぶんですよね。それがわからなくて、最初の頃、寝太郎に「さっき言ったことが、どうして分からないの?」と責めてしまったことがありました。

鈴木 例えば、レジで会計をして、店員さんから「○○円です」と言われますよね。お財布を見たら、もう言われた金額が頭の中から消えちゃってるんです。

いのうえ 待ち合わせの約束をしても時間を忘れちゃうし、違う駅で待ってたりもする。だから、「ちゃんとメモして」というと、「うん」と返事をするんですけど、書かないんですよ。

鈴木 それね! メモすることすら忘れちゃうんですよ。だから、いちいちメモを習慣化するまでが、すごく時間がかかるんです。僕も4年ぐらいかかりました。メモを忘れるなってメモを手に書いたりして。

「高次脳機能障害」ってどんな病気? 『私、なんで別れられないんだろう 〜脳が壊れた彼との日々』いのうえさきこ×ルポライター・鈴木大介対談(前編)
「高次脳機能障害」ってどんな病気? 『私、なんで別れられないんだろう 〜脳が壊れた彼との日々』いのうえさきこ×ルポライター・鈴木大介対談(前編)

いのうえ そういう私も最近、スケジュールを書き写すだけなのに間違えたり、取材の時間や場所も覚えられなくて。Googleのスケジュールアプリにメモしているんですけど、100回くらい確認します。

鈴木 それ、ありますよね。人間って、脳に認知の余裕がなくなると、文章が読めなくなったり、ケアレスミスを起こしたり、誰でも高次脳機能障害に近い状態になる瞬間ってあるんです。でも、実際の障害はそれが24時間、致命的に続くんです。しかも世の中、情報だらけなので、急性期の1年ぐらいは、現実感を保ってるだけで精一杯でした。

いのうえ 最初は、その状態が理解できずに、「なぜ?」とイライラしてしまいました。やっぱり私の中で、昔の輝いていた寝太郎に戻ってほしいという気持ちがあったんです。本人も社会復帰しようとして転職を繰り返して、高次脳機能障害だと伝えた上で採用された会社で、やっと楽しく働けるようになりました。そんな感動の大団円で単行本を終わらせるつもりだったんですが、実は、ちょっとした事件を起こして、先日、会社を辞めてしまったんです。

(後編に続く)

◇プロフィール いのうえさきこ

だじゃれと酒を愛するマンガ家。最新刊に『東京世界メシ紀行』(芸術新聞社)。『圧縮!西郷どん』(集英社文庫)『いのうえさきこのだじゃれ手帖』(集英社コバルト文庫)。飲み物と食べ物と生き物に反応しがち。
作者Twitterアカウント:@shiroinu1704

◇プロフィール 鈴木大介

1973年、千葉県生まれ。文筆業。裏社会、触法少年少女らを中心に取材し、『家のない少女たち』(宝島社)、『最貧困女子』(幻冬舎新書)、『老人喰い』(ちくま新書)などを刊行。2015年、41歳のときに右脳に脳梗塞を発症し、高次脳機能障害が残る。そのときの体験を『脳が壊れた』『脳は回復する』(ともに新潮新書)に描き話題となった。近著に『「脳コワさん」支援ガイド』(医学書院)など

コミックスは12月16日発売です。購入はこちらから

私、なんで別れられないんだろう 〜脳が壊れた彼との日々

次回は12月16日更新です。

【特集】

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