◆後編 「それ、後世の創作だよ」と言われると大ダメージ?だけど歴史マンガの未来は明るい!~歴史マンガ家あるある話と、歴史マンガのこれから~
◆『出会いはムガル。約10年来の交友関係が織りなすプレミアム対談!』
『天幕のジャードゥーガル』トマトスープ×『バットゥータ先生のグルメアンナイト』亀
~「歴史マンガ」に魅せられた2人、本音の盟友対談~
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>>>『バットゥータ先生のグルメアンナイト』第1話はこちらからお読みいただけます。
対談にも出てくるので、ぜひ先におさらいしてくださいね。
担当 お互いの作品について、なにか今後の展開への期待はありますか?
亀 私はスープさんのファンなので、「いつまでも終わらないで」と勝手に思ってるんですけど、スープさんはちゃんと終わりを用意できる人なので。でももう…ハッピーモンゴルライフ始まったらいいのに(笑)
トマトスープ 私のマンガを読んだ感想を亀さんからお聞きしていると、「こう来るかな」と思う感想とはまるで違う感想がきたりして、いつも私の持つ視点をずらしていただいてます。これからも視点をずらされ続けたい…です!(笑)
担当 「視点をずらされ続けたい」というのはすごいフレーズ!Twitterでも『バットゥータ先生のグルメアンナイト』(以下『グルメアンナイト』)第1話についてそのようにご感想を書かれてましたね!
トマトスープ すごく発見が多いんですよ。亀さんと話していると…。歴史に対してどう向き合うかということについても、「そうか、そもそもそういうことじゃないんだ」レベルの気づきも亀さんからいただけたり…。そんな時に、歴史をちゃんと調べる醍醐味を味わえている気がします。そう思うと、私も本当に『天幕のジャードゥーガル』(以下『天幕』)が続いてほしいと思っちゃいます(笑)。ちゃんと終点にたどり着けるといいな…。
担当 私もずっと続いてほしい気持ちと最後を見届けたい気持ちが両方あります(笑)。ちなみに…資料探しや調査はどうやっているのですか?歴史マンガはどうしても膨大な資料が必要で、それこそ古書店をめぐって探して…とか、大変なイメージがありまして。
トマトスープ 最初、気になったことを調べるためには、まず入門書でいいと思います。図書館に行って、そこで時には高校の教科書くらいから始めて、一通り読んで、その本の参考文献から調べていって、少しずつ詳しい本を…という感じですね。あ、最初の入り口ということであれば、wikipediaでいいとも思います。
亀 鵜呑みにさえしなければ、すごく良いですよね。
これは誰だって書けるから注意しなきゃ、と思ってさえいれば、すごく有効活用できます。
トマトスープ 付き合い方ですよね。完全に信じてはいけないのですが、ちゃんと参考文献にアクセスできるようにしてくださっているので、それがすごくありがたいです。あとそうした中で、国会図書館の論文にいきつくところがあるので、取り寄せて読んだり…ただ、最初からいきなり専門的な資料、例えば古典にあたろうとすると、読み方がわからないので、注意が必要だと思います。
担当 資料の読み方。それはどのような?
トマトスープ 例えば、18世紀のある資料を読もうと思うと、それはあくまで当時の価値観で書いています。その頃の資料の中には「自分の先祖は偉かった」と言いたくて書いているものが紛れ込んでいることもあります。それこそwikipediaを鵜呑みにするより危ないと思います。そうした意味で「資料の読み方」をちゃんと習得するためにも、現代の研究者の先生が、ちゃんと読み方を入門書などでレクチャーしてくれているので、「易しい資料から」という方法が、まずは良いと思います。
亀 ていうか、大体私たちって一回は痛い目にあってますよね、歴史創作をしていると。
担当 痛い目?
トマトスープ 「それ後世の創作だよ」と別の人に言われたり(笑)。
亀 その資料を信じて、マンガにまでしたのに(笑)。
※個人サイト時代のお話です
トマトスープ …私も、さも知った風に言いふらしちゃったり(笑)。よくあります。
担当 歴史リテラシーの重要性ですね。
ちょっと失敗談をお聞きしたところで…。『天幕』『グルメアンナイト』を描くにあたり、影響を受けたフィクション作品はありますか?
亀 私はスープさんのマンガからすごく影響を受けています。スープさんの『ダンピアのおいしい冒険』(以下『ダンピア』)を見て、すごくいいなぁと思いました。それまでは4コマを描いてたんですが、ストーリーマンガを描きたいと思うようになりました。『グルメアンナイト』を描くきっかけですね。
トマトスープ 私は…昔から歴史が好きだったのですが、マンガをちゃんと読んでこなかったので、歴史マンガを描こうと思って、今人気のあるマンガをまとめて、たくさん読んだんですね。その中で歴史マンガもいくつか読んでみたんですが、中でも『ヒストリエ』が最高に面白くて…。
担当 言わずと知れた、岩明均先生の作品ですね…!
トマトスープ ただ、すごく面白いんですけど、なんで面白いと自分が思うのかが解明できないんですよ。参考にするには面白さを理解できないといけないので、『ヒストリエ』は歴史マンガの入門者が真似できるものではないなと思って…。むしろ、歴史マンガじゃないマンガからの影響をより受けましたね。
担当 気になります。作品名をお聞きしてもいいですか?
トマトスープ 『ダンジョン飯』からは、具体的に影響を受けましたね。
担当 面白いですよね!どんな影響ですか?
トマトスープ 『ダンピア』はグルメ物にしましょう、と編集さんと話していたので、当時から評判が高かった異世界のグルメ物として『ダンジョン飯』を読んでみて、おもしろくて丁寧で解像度が高くて…と、グルメ物をどう楽しませるかの教科書として読みました。めちゃくちゃ面白かったです。また、たくさんいるキャラクターをどんな順番で登場させるのか、1~2話で、主人公2人のバディが描かれて、そのパターンができた後で第3のキャラクターが出てくると面白いんだな、という構造などを、『鬼滅の刃』『ゴールデンカムイ』なども読んで勉強したりしましたね。
担当 なるほど…ちょっと研究者の目線っぽさも感じます。もともと、マンガはあまり読んでこられなかったんですか?
亀 スープさん、水木しげる先生はめちゃくちゃ好きだったじゃないですか。
トマトスープ それはそうです。水木しげる先生とか、いわゆるオルタナティブというか…。王道の逆をいくような作品が好きだったんですが、自分ではそうしたものは描けなくて。自分で描くと王道のほうが描きやすいし、勉強もしやすいなと。
担当 オルタナティブと仰いましたが、水木先生の作品のどのあたりにそういう要素を感じているのでしょうか。
トマトスープ 今のマンガは遠回りにでも、手塚治虫先生のつくったマンガの描き方の影響を受けている、と私は勝手に思っているのですが、水木しげる先生はそうした影響下にまったく入らない作家さんだと思っていて…。例えば、妖怪と鬼太郎が対決するぞ、という場面で、対決シーンがごっそり削られて「そして激闘が続いた」みたいな言葉でその場面が終わらされているという(笑)。現代のマンガの文脈なら絶対ここを魅力的に描くのに、という場面をあえて描かずに、かと思えばこってりとその背景、情景を描き込んでいて、その絵の全体からはなにか、圧倒されるものがあって。そうした魅力は現代マンガの主流の文脈じゃないと感じるんですね。もともとはそうしたマンガが好きでした。
担当 なるほどです。水木作品の魅力、確かにですね。トマトスープ先生の同人誌時代の作品には近い魅力を感じるような…。亀先生はどんなマンガがお好きですか?
亀 『ベルセルク』がめちゃくちゃ好きですね。心理描写がしっかりしていて。私は『ベルセルク』は少女マンガだと思っていて、あの繊細な心理描写に心酔しています。本当に作者の三浦健太郎先生は男性なのかな?と思っていましたね。個人的に、女性キャラクターに注目して読むことも多いのですが、「こんな女の人、(現実には)いないよ」と思えるキャラクターが全然いないです。
担当 確かに『ベルセルク』のキャラクターは、過酷な状況下でも人間味というか自我というかを…感じますね。ありがとうございます!さて次の質問ですが、今の連載の他に描きたい地域や時代はありますか?
亀 スープさんは準備をしてらっしゃるんですよね?
トマトスープ ジョージアやアルメニアのあたりを描きたいな、と思っていて、取材はしてます。とは言っても、描くとしたらモンゴル帝国の文脈になるので、今とあまり大きく変わる題材ではないですが…。そういう意味では、西欧のキリスト教世界とか描いてみたいですね。
担当 キリスト教世界!詳しく教えていただけますか。
トマトスープ 第三次英蘭戦争のころ、フランスだとルイ14世の時代に、オランダは王政ではなく商人を中心とした小さな国家だったんですが、そんなオランダがフランスの侵略を追い返して、次にやってくるフランスとイギリスの連合艦隊にも勝って、という、抵抗の歴史が調べていて面白かったので…。いま興味ありますね。
亀 私は…今描いている『グルメアンナイト』以上に描きたい話ってないんですよねえ。
トマトスープ 教皇の話を書きたいって言ってませんでしたっけ。
亀 あ、そうそう。現在の教皇は畏れ多すぎるのですが、「教皇ってどうやったらなれるんだ?」とか、皆、興味あるんじゃないかと思っていて。昔の教皇のエピソードにもすごいのがあって…。中世版『ドラゴン桜』みたいなのも面白いんじゃないかと…。
担当 中世版『ドラゴン桜』!?それは…「お前ら、教皇になれ!」というようなことですか?
亀 そうです。あ、でも教皇は1人しかなれないので、「お前ら、司教になれ!」くらいですね(笑)。
トマトスープ 例えば、当時の領主に息子3人いたとして、1人めは跡継ぎ、2人めは修道院に入れて「めざせ司教」路線、3人めは軍人に、という描き方とかもできますね。あくまでこれは例えですが…。「めざせ司教」は私も読んでみたいですが。
担当 両方ともめちゃくちゃ面白そうです。読みたすぎ…担当としてはどちらもぜひ描いていただきたいです!
担当 それではそろそろ、両作品についての質問へ移りたいと思います。まずは『天幕』についてですが、人と人との出会いが印象的です。時にムハンマドとシタラのように輝かしく、時にシタラとドレゲネのように運命的に、時にドレゲネとオゴタイのような残酷さで…いずれにしても非常に鮮烈な「出会い」が描かれた作品だと感じます。歴史書の年表には描かれていない「出会い」について、トマトスープ先生はどのように想像をふくらませているんでしょうか?
トマトスープ キャラクターの出会いについては二次創作みたいなものなんですよ(笑)。歴史資料で、「この人とこの人はこういうことをした」と書いてると、「ということは、この時期にはすでに会っていたのかな」とか、そういうことを考えるのが普段から好きなんです。
「もしこんな出会いなら、盛り上がってエモいよね」とか、勝手に考えてましたね…。そこはマンガならではの特権だと思うので、私が楽しいと思えるように、一生懸命考えています。
担当 歴史資料を読んでいる時から、そういう…いわば「妄想」を拡げているということですか?
トマトスープ …いうなれば…そうですね…。あとは、後々の物語上の重要性とかも考えつつ、重要なキャラクターの出会いなら、「これくらい盛り上げなきゃだめだろう」とかも考えてはいます。あ、でも、出会いが平凡でも、その後の関係性が捨て置けない2人、という萌えもありますよ!(力強く)
担当 うわーどちらもグッときますね…。萌えについての力説、ありがとうございます!
では続いて亀先生への質問です。毎話ごと痺れるセリフがあるのが印象的で、亀先生の作品の特徴だと思います。歴史マンガと聞くとどこか「難しいかもしれない」と身構えてしまう読者さんも多いと思うのですが、亀先生のキャラクターのやりとりは現代的で読みやすく、すんなりと物語に入れるような気がします。これはどんな意識から、こうなられたんでしょうか。
亀 自分の言葉づかいとか話し方がああだから、という答えになりますね。これは私のクセで、大学でレポートをマンガで描いたこともあるんですよ。
担当 ええー!?!?
亀 そんなレポートを出すのはちょっと恥ずかしいな、と思う気持ちがある一方、自分に一番向いている表現方法で表現しないと、対象を理解したとは言えないだろうと思う気持ちがあって。自分の主観に過ぎませんが、『グルメアンナイト』は、すごく自分の気持ちを、自分の表現したい方法で今のところ描けています。
担当 Souffleでは今のところ1話しか読めないので言いにくいのですが…。5話すごいですよ!5話!!
(※5話は『月刊ミステリーボニータ』4月号に掲載予定です)
トマトスープ 私はまだ1話しか読んでいないです…。早く読みたいです。
亀 5話は読んでいただきたいですね~!どう思っていただけるか。
担当 そこは連載中の『月刊ミステリーボニータ』を読んでいただきたいですね。こんなセリフで表現するのか…というところが素晴らしくて、亀先生がインタビュー冒頭で仰っていた「言葉を借りてきていない」と思える、とても面白いマンガだと感じます。
そういうセリフをオリジナルで創出できるのが亀先生のすばらしさですよね。
トマトスープ 亀さんのマンガに出てくるパワーワード、めちゃ気持ちいいんですよ。
亀 スープさんこそ、オゴタイ…オゴちゃんかわいいですよね。「俺がこんなことで怒るわけないだろ」とか言っててかわいい。
スープさんのマンガもパワーワード多いですし。印象的なセリフがかっこいいしかわいい。
13話でドレゲネ様が「しかし…私たちに何ができると…?」って言ってるところとか。このドレゲネ様、弱さが出ていてかわいいな~~好きだな~~~って思ってしまいます。
トマトスープ (照)
亀 こういう話題ならいくらでも語れてしまいますよね。
担当 激しく頷きながら、最後の質問です。お二方はこれまで一貫して歴史マンガを描かれてきたかと思いますが、今回の「このマンガがすごい!」ランクインをはじめ、歴史マンガを読みたいと思ってくださる読者さんがここに来てさらに増えてきている実感があります。
今後、「歴史マンガがこうなってほしい」「こんなジャンルが読みたい」などの展望はおありですか。
トマトスープ 例えばなのですが…。たくさん歴史マンガが描かれてきた中で、残念ながら作品が色んな理由で打ち切りになった時とかに、「こんなマイナーな時代を題材にしたからだ」のように言われるのは嫌ですね。
担当 描ける歴史ジャンルや視点がもっと広がっていってほしいということですね。
トマトスープ そうです。色んな時代を知りたいですし、読みたいですし、そうしたマンガがたくさん流行ってほしいですね。
亀 私は『チ。-地球の運動について-』(以下『チ。』)や『天幕』みたいなマンガが増えてきているので、もう夢が叶っていますね。
トマトスープ それはそうですね。『チ。』の面白さが、あれだけ読者さんにすぐに気づかれて評価されていったこと自体がすごくうれしかったです。
亀 今後の歴史マンガには、期待しかないですよ。スープさんの漫画がずっと好きだったので、まさかこれほど受け入れられるとは…と今めちゃくちゃうれしいです。
トマトスープ 一般受けについては、私自身も正直そう思ってました…。聞いたところ「このマンガがすごい!」で歴史マンガが1位になるのは初めてらしく、歴史マンガにとって良い流れが来るといいなと思いました。
亀 うれしいですね。本当におめでとうございます!
トマトスープ ありがとうございます!読者さんの異文化への興味って、今どんどん拡がっている気がしています。異文化は恐れるものではなくて、しっかり付き合って、楽しんでいいものなんだな、ということを伝えるために、歴史マンガがお役に立てるなら、それは素敵だなと思いますね。1人でも多く、歴史マンガに興味を持ってくれる方が増えるといいなと思います。
担当 本当にそう思います。歴史マンガの土壌がどんどん豊かになっていくのをこれからも楽しみにしたいと思います!お2人とも、本日はありがとうございました。
素敵な対談でした。トマトスープ先生、亀先生、本当にありがとうございました!
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