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コラム 2023.08.25

『もっと!天幕のジャードゥーガル』谷川 春菜 マンガがもっと楽しくなる必携コラム!毎月25日更新!

もっと!天幕のジャードゥーガル             雄黄―鉱山のほこり―鶏冠石―リアルガー

モンゴル国立大学研究員・谷川春菜さんによる、大好評のモンゴル帝国コラム連載!

このコラムでは、マンガ『天幕のジャードゥーガル』の舞台となった地の歴史や文化を連載形式で解説しています。最新話第22幕では「雄黄」という鉱石にまつわるボラクチンの回想が大きく扱われていました。9月発売の第3巻の表紙を飾るのも、この鉱石を手にもつボラクチンです。今回のコラムでは、この鉱石の基本的な情報とさまざまな用途(薬、毒、絵の具)を紹介します。

「雄黄」という鉱石

『もっと!天幕のジャードゥーガル 雄黄―鉱山のほこり―鶏冠石―リアルガー』

「雄黄」とは

マンガ本編で「雄黄」と呼ばれている鉱石は、現在の日本でいう「鶏冠石(けいかんせき)」にあたります。濃い赤色の見た目から、鶏冠(とさか)の名がついたようです。学名はRealgar(リアルガー)で、アラビア語の「rahj al-ghār(鉱山のほこりという意味)」に由来するといわれています。化学式はAs4S4またはAsSです。温泉の中や火山噴気孔の周辺に産出します。光にあてるとオレンジ色になり、粉末状(パラ鶏冠石/Pararealgarパラリアルガー)に変化するという性質を持っています。(注1)

第16幕で雄黄=鉱山のほこり=リアルガー(鶏冠石)と説明されています

『もっと!天幕のジャードゥーガル 雄黄―鉱山のほこり―鶏冠石―リアルガー』

モンゴル帝国を扱った歴史書の中に、この鉱石に関する記述は少ないのですが、歴史書『元史』によると、第5代皇帝の治世に、中国南部から宮廷に貢納されたことがあったようです。(注2)

(注1) 平凡社『改訂新版世界大百科事典』「鶏冠石」2014年、『日本大百科事典』「鶏冠石」1994年
興野純「鶏冠石からパラ鶏冠石への光誘起相転移メカニズム」『日本結晶学会誌』49(6)、321〜327ページ、2007年 https://doi.org/10.5940/jcrsj.49.321
(注2) 『元史』巻47、本紀16、世祖13、至元二十八(1291)年
本紀17、世祖14、至元29(1292)年

薬として

前漢(紀元前202〜紀元後8年)あるいは後漢(紀元後25〜220年)の時代に成立したといわれる、中国最古の本草書(薬物学の書)『神農本草経』に、雄黄の項目があります。それによると、悪瘡(腫れ物)を治す、蟲の毒を殺す、身が軽くなって神仙になれる、といった効果があると考えられていたようです。(注3)

腫れ物を癒やし身が軽くなる

『もっと!天幕のジャードゥーガル 雄黄―鉱山のほこり―鶏冠石―リアルガー』

また4世紀前半に葛洪という人物が、仙人になる方法を記した『抱朴子 内篇』の第4巻「金丹」には、雄黄を材料とした「丹(飲むと仙人になれたり、虚空を踏んで歩けたりする薬)」の作り方がいくつも載っています(注4)。このように鉱物などから丹を作って仙人になろうとするやり方は「外丹」と呼ばれるようになりました。

外丹

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現在の中国伝統医学の薬学書にも雄黄の項目があります。粉末を油と混ぜ、炎症を起こした皮膚に塗る、粉末のままあるいは丸剤にして飲んでお腹の中の寄生虫を退治する、といった使用法があるようです。(注5)

(注3) 「雄黃。味苦平。主治寒熱鼠瘺、悪瘡疽痔、死肌、殺精物悪鬼邪気百蟲毒、勝五兵。煉食之,軽身神仙。一名黄食石。生山谷。」
森村謙一「古典自然物の研究―自然物、医薬・その即物的考察」『東方学報』84、280-210ページ(とくに249ページ)、2009年 http://hdl.handle.net/2433/134679
(注4) 葛洪、本田済訳注『抱朴子 内編』東洋文庫、1990年
(注5) 神戸中医学研究会『中医臨床のための中薬学』医歯薬出版、529〜530ページ、1992年

毒として

1100年頃に成都(現在の中国四川省)の医師、唐慎微が編纂した『経史証類備急本草』の校訂本『重修政和経史証類備用本草』には、雄黄のような赤い鉱石を焼いて、「砒霜」と呼ばれる毒物を作り出し、殺鼠剤などに使用する人々の様子が記されています。焼く際は毒煙が発生するので、風上にいて距離を取るようにすること、また風下の草木は枯れてしまうとも書かれています。(注6)

砒霜

『もっと!天幕のジャードゥーガル 雄黄―鉱山のほこり―鶏冠石―リアルガー』

実際に、雄黄こと鶏冠石を焼くと、無味無臭無色の水に溶けやすい猛毒、三酸化砒素(亜砒酸とも、化学式はAs2O3)になります。 (注7)

(注6) 唐慎微『重修政和経史証類備用本草』北京:人民衛生出版社、124〜125ページ、1982年
(注7) 神戸中医学研究会『中医臨床のための中薬学』医歯薬出版、529〜530ページ、1992年

絵の具の材料として

雄黄こと鶏冠石は絵の具の材料としても広く使われてきました。
たとえばモンゴル高原のすぐ西、いわゆる中央アジア地域では、ファイアズ・テパ遺跡の塑像(1〜4世紀、現在のウズベキスタンに位置する(注8))、バーミヤン遺跡フォーラーディー谷の壁画(5〜10世紀、現在のアフガニスタンに位置する (注9))などから、鶏冠石やそれに類する鉱物を材料とする絵の具が使われていた形跡が検出されています。

西アジア地域でも、たとえばマンガ本編とほぼ同時代の1224年にイラクで作成された写本の一葉として、パラ鶏冠石を材料とする黄色絵の具が塗られたものが見つかっています(注10)

(注8) 早川泰弘、古庄 浩明、青木 繁夫、オタベック・アリプトジャノフ「報告 ハンドヘルド蛍光X線分析装置によるウズベキスタン国立歴史博物館所蔵資料の材料調査」『保存科学』52、59〜70ページ、2013年 https://tobunken.repo.nii.ac.jp/records/3854
(注9) 谷口陽子「アフガニスタン流出文化財の調査―バーミヤーン仏教壁画の材料と技法」山内和也編『アフガニスタン文化遺産調査資料集』第3巻、明石書店、2006年
(注10) Penley Knipe, Katherine Eremin, Marc Walton, Agnese Babini, Georgina Rayner, “Materials and techniques of Islamic manuscripts”, Heritage Science 6, 55, 2018. https://heritagesciencejournal.springeropen.com/articles/10.1186/s40494-018-0217-y

次回は9月25日更新です。▶︎▶︎▶︎マンガ本編はこちらから

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