菊池真理子×成瀬暢也 対談 「『家族が依存症』のしんどさ、どうすれば?」(2) | Souffle(スーフル)
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トピックス 2019.06.03

【特集】

菊池真理子×成瀬暢也 対談 「『家族が依存症』のしんどさ、どうすれば?」(2)

父の死後、「もしかして父はアルコール依存症だったのかもしれない」と気づいた漫画家・菊池真理子さん。依存症当事者の“家族”側の「生きづらさ」について、精神科医・成瀬暢也先生に聞きました。

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人に癒されない人にとって、依存は自己治療の過程

菊池 成瀬先生が前に、NPO法人ぷるすあるはさんの作った「依存症の人の6つの特徴」というイラストを紹介してくださったことがありますよね。私、あれ実は全部あてはまるんです。自分も依存症の人たちと似たタイプなのか、と思ったんですけれど。

成瀬 あれ、みんなにあてはまるのよ、実は。

菊池 みんなそうなんですか。

成瀬 多くの人は、依存症の人のことを「うそつきで、優柔不断で、自己中心的」って思っちゃってるでしょ。「だから依存するんだ」って。上っ面だけ見ているとそうかもしれない。でもこれらは依存症の結果であることが多いんです。そして、一歩内面を見ると、実は自信がなかったり、人を信じられなかったり、本音を言えなかったり……そういう、誰だってあてはまる要素を持っているにすぎないんです。僕だってそういうところはあるしね。それをわかった上で支援をすることが大切だと思う。

菊池 同じ特徴を持っているのに、依存症になる人とならない人がいるのはどうしてですか?

成瀬 生きにくさを抱えた上で、人に癒されない孤独な状態が長く続くと、その痛みをやわらげるために、何かに依存する可能性が高まるんです。依存は孤独な自己治療の過程なんですね。これは、エドワード・J・カンツィアンが『人はなぜ依存症になるのか 自己治療としてのアディクション』という著書でまとめた考え方です。このことを念頭に置くと、依存症という病気の捉え方、支援の仕方も変わってくるんじゃないかな。だからこそ、僕は患者さんが「安心できる居場所と、信頼できる仲間」を持てるように支援することを意識している。

菊池 そういう見方を、私はまだ完全にはできていないですね……。私、依存症だった父に対して、自分がひどいことをしてきたという意識が強くあるんです。そのせいなのか、依存症治療をしている人のことをすごく好きになってしまうところがあって。だけど一方で、泥酔状態の人が電車に乗ってきたりすると反射的にわっと怒りが湧く。そして、そういう風に怒る自分に対してもまた罪悪感を抱いてしまうんです。これってどうしたらいいんでしょう?

成瀬 まだ本当には、それを病気だと思えていないってことだよね。でもそれは仕方がない、当然のことだと思うよ。相手がお父さんだったんだから。僕だってこの仕事を始めて10年くらいは、全然彼らの気持ちがわからなかった。わからないまま取り組んできて、最近ようやく少し見えてきたところだもの。

菊池 10年でようやく。

成瀬 うん。そこでわかったのは、刑務所みたいに依存症患者をしめあげて、こらしめたって無駄だってこと。たとえ心から反省したところで病気が治るわけじゃない。だから覚せい剤事犯者は、一回刑務所に入ってもまた繰り返しちゃうでしょ。彼ら、ほとんどは依存症の要件を満たすはずなんです。病気の彼らに治療もしないで、反省と我慢でなんとかさせようという時代は、もう終わりにしなきゃいけないと思ってます。

「苦しい」からこそやめられない

菊池 以前に成瀬先生、依存症の患者さんは、かなり深刻な状態にならないと医療機関や支援団体のもとにやってこないって仰っていましたよね。がんでいったらステージ4状態の方が来るって。依存症という病気も前よりは認知されるようになりましたけど、「早めの相談」はまだ難しいんですね。

成瀬 もっと気軽に相談に行ってほしいけど、病気とは思えない上に、そもそも支援側からの働きかけが足りていないからね。特に相談機関や医療機関などは、だれでもいつでも相談や治療に来てくださいね、って宣伝を十分してこなかった。それは今後の課題です。

菊池 なんでなんでしょう? あった方が、助かる人はたくさんいると思うんですが。

成瀬 あんまり大勢の患者さんが来ても、対応できるリソースがないかもしれないという状況ではあるんです。一応厚生省が支援機関のリストを公開しているけど、まだ数は少ないし、それぞれの持っているノウハウにも差がある。そもそも依存症って、医療の世界でも専門家がまだまだ少ない、やりたがらないジャンルだからね。

菊池 なんでですか?

成瀬 うつ病や統合失調症のように、薬の処方で明確な改善が見込める病気じゃないんだよね。人がかかわっていくしかないので、時間と手間がかかる。一般の精神科では診てもらえないことが多い。

菊池 うーん、自分や家族が依存症で苦しんでいる人は大勢いるから、もっと増えてほしいですね。

成瀬 だから今は、どうしようもなくなってはじめて当事者が、自助グループ※とか回復施設にたどり着くことが多いんだよね。もうどうにもならなくて、家族からも見捨てられちゃったような人が、仕方なしに入ってくる。

※さまざまな困難を抱えた人たちが、当事者同士でつくる団体。意見交換や、相互援助を目的とする。

菊池 それはたぶん、すごく辛い状態ですよね。

成瀬 そうです。家から追い出され、もうどこにも行けない。どうにもならない。そして、仕方なくたどりついた施設や自助グループで自分と同じ状態の人たちに迎え入れられて、「よく来たね」ってねぎらってもらえて、そこから初めて回復は始まる。なんでかというと、そこでようやく「人間扱い」されるからですよ。

菊池 それまでは、人間扱いされてない。

成瀬 また呑んだのか、またやったのか、って責められるばっかりだからね。酒飲んでDVなんてことになると、褒められるところが一切ないし。だけど忘れちゃいけないのは、それは病気の症状だってこと。やめようと思ってもやめられない。それが依存症だから。口でどう言っていようと、楽しくなるから酒を飲んだり薬を打ったりしているわけじゃない。むしろ苦しいから飲むし、苦しいから薬を打つわけです。

菊池 自制心の問題じゃないと。

成瀬 僕の本にも載せたけど、依存症当事者に、「酒を飲んだときにどう感じますか」というアンケートをしたことがあるの。結果は、「やめなきゃいけないと思う」と答えた人が77%。だけど同時に、「周りからやめろと言われると飲みたくなる」「飲んだことを責められるともっと飲みたくなる」とも回答している。酒や薬物を使う理由を聞くと、「苦しさが紛れるから」が59%で、「楽しさや快感を得るため」は29%くらい。

菊池 うーん、ほぼ二倍ですね。

成瀬 昔は、「酒や薬におぼれる人間は、それが快感だからやってしまうんだ」という考え方が根強かった。でも僕は彼らを見ていて、「苦しんでいるからこそ止められないんじゃないか」と思わずにいられなかったんですよ。そんな時にカンツィアンの本を読んで、やっぱりそうかと。患者さんの話をじっくり聴いていると、特に薬物依存の場合なんかは、「この人、薬物がなかったらとっくに死んじゃっていただろうな」という人も多いんです。そのくらい傷ついて、それでも生き延びてきた人たちなんですよ。

結局、人でしか癒せない

菊池 先生の「ようこそ外来」は、そういう認識を前提に開かれている。だから患者さんをぜったい否定しないし、あたたかいつながりを大切にしていますよね。きっと通われている患者さんたちも、先生みたいな人にはすごく癒されるんだろうなと思います。

成瀬 僕が一方的に癒しているんじゃなくて、お互いが癒されてるの。

菊池 先生も癒されてるんだ!

成瀬 気持ちが通じたな、と感じるのって癒しでしょ。軽口を叩いて帰っていくだけでもいんだよ。さっきも言ったけど、薬出せば治るって病気じゃないんだもん。それよりも、人に何かを話して少し楽になるとか、また行きたいなと思える場所があるとか、そういうことの方が大事な第一歩だったりする。そこで大事なのは、僕が医者で向こうが患者で、という役割は違うけど、同じ対等な人間同士の関係であること、それだけ。

菊池 うーん、感動しちゃいます。普通の病院だと、やっぱり「先生が上で患者が下」っていう関係性になると思うんです。相手が深刻な問題を抱えて、弱っている方だとなおさら。でもその状態だと、患者側は本音を言えなかったりしますよね。

成瀬 今日来た人なんかも、薬物で何回も刑務所に入っていて、人生の半分くらいの年数を刑務所で過ごしてきたって。でも、やっぱりそのつらさを誰にも話せなかったんだね。僕のところに来て、話し出したらもう涙が止まらない状態になっていた。そのくらい、安心して話のできるところってないんだよ。

──本音で話せる場、人とつながれる場がないというのは、依存症の方のみならず、現代人の多くが感じている不安のように思います。

成瀬 だから新興宗教などが人気だったりするんだよね。よりどころがほしくて。

菊池 そういえば、オウム真理教のことがマスコミを賑わせていた頃、私がまず思ったのは「サティアン(オウム真理教が作った宗教施設)にいた信者たちは、きっと楽しかっただろうな」ってことだったんです。だっていつでも周りに人がいて、つながれていたんでしょう。その上みんなが同じ目標を持っていて、自分たちは正義だと信じて過ごせる。そんなに楽しい、安心できることってないですよね。

成瀬 だからこそ、その目的が間違った方向に向くと危険だね。ここは注意しなければならない。事件以降、ちょっとでも怪しい組織のことはすぐカルトだなんだってバッシングする風潮があるけど、そこに集まっている人たちが何を求めているのか、そこは理解しないといけないと思う。

菊池 こんなにも人を否定しないでくれる精神科医の先生って、珍しいんじゃないですか。ちょっと異端な存在なんじゃないですか、先生は。

成瀬 正統だと思ってるのになあ。

菊池 それは失礼しました(笑)。

文責:小池みき

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