『おはよう、おやすみ、また明日。がんのお金相談室』清水公一 「がん」でかかるお金のリアルがわかる!
#16 がん治療による経済毒性(financial toxicity)Part1

肺がんサバイバーの社会保険労務士・清水公一さんによる、「がん」についてのお金のコラム。
今回のテーマは「がん治療による経済毒性」です。この経済毒性(financial toxicity)という言葉、聞いたことありますか?
「がんに伴う経済的不安が、患者さんやその家族に与える様々な精神的・身体的悪影響や苦痛」と定義されています。海外では2010年頃には使われ始めていたようですが、日本でも2018年に愛知県がんセンターの本多和典先生が論文を発表した頃から使われるようになり、いまでは学会などでもがん治療による経済毒性をテーマにしたセッションが開かれるようになっております。2025年11月の肺癌学術集会の患者プログラムにおいて、僕もこのテーマで講演をさせていただきました。
がん治療による経済毒性とは
医療現場において毒性というと、治療関連の身体的副作用という意味でよく使われます。たとえば心不全などの心毒性、肺炎・呼吸困難などの肺毒性がそれにあたります。一方でがん治療による医療費や通院費、収入減少、資産減少などの経済的負担が直接身体に影響を与える毒性として捉えられることは、手厚い医療保険制度がある日本ではほとんどありませんでした。ところが、最近の研究において、経済的負担が治療の継続や生活の維持への不安となり、QOL(生活の質)や生存期間の低下に繋がることがわかってきました。身体的毒性は患者さん本人のみへの影響でしたが、経済毒性は本人だけでなく家族にも影響が及ぶため、生活への影響がより大きくなります。

僕自身も肺がんステージ4で治療を長い期間やっていましたが、いつまで治療をしなければならないのかわからない、いつまで働けるかわからない、今後病状が悪化する可能性が高いという状況の中だと、本当に不安です。そこに経済的不安が大きくなると、QOLが低下するのは当たり前だと思います。実際にがん患者さんがうつ病などの精神疾患を併発する割合は20%〜25%ぐらいという研究結果があります(参考資料1)。また、病気でない人と比べ、5倍精神疾患を併発するリスクがあるという研究結果もあります(参考資料2)。
経済毒性の具体例
経済毒性の具体例として、国立がん研究センターがん対策研究所がおこなった「令和5年度患者体験調査」の質問での経済的な質問項目をピックアップします。
(令和5年度患者体験調査における各区分の属性、比率の詳細は巻末資料を参照してください。)

『病院で医療を受けるために必要な金銭的負担が原因で、治療を変更、断念したことはありますか(◯は1つ)』という質問には、全体で1.8%となっており、約9000人のうち161人が「ある」と答えています。次に『「ある」と回答した人のうち、金銭的負担が原因で、変更、断念したがん治療は以下のうちどれでしたか(当てはまるものすべてに◯)』という質問には、保険診療範囲内の治療が51.1%となっております。高額な自由診療を含む保険診療範囲外の治療であれば、しょうがないと諦めもつきますが、保険診療範囲内ということは、多くの場合、標準治療を諦めたということになるかと推察できます。標準治療とは、エビデンスに基づき最も効果が期待される治療のことです。標準治療を諦めるということは、確実に生存期間の低下に繋がります。この影響を受けた人数・割合をどう考えるかは難しいところですが、「がん対策推進基本計画」の全体目標「誰一人取り残さないがん対策を推進し、全ての国民とがんの克服を目指す」から考えると、経済毒性が問題であることは間違いないと言えます。
さらに経済毒性の具体例として『病院で医療を受けるために必要な金銭的負担が原因で、次にあげたようなことがありましたか』という質問の結果が下図になります。

実際に治療を経験した方であれば、「わかる、わかる」という項目がいくつかあるのではないでしょうか。僕にあったことを挙げると、『貯金を削った』、『働きたくないけど、働いた』、『親から援助を受けた』、『受診の間隔を計画的にした』、『推し活をセーブ』などが実際にありました。経済的負担が僕の人生にも大きく影響を与えていたと思います。とくに医師からは延命治療ですと言われている中、体調が悪くても、働かないといけないというのは、辛かったです。当時は仕事がめちゃくちゃ好きというわけではなく、生活のためにサラリーマンをやっていたので。そこで、いかに働かないで、会社の制度や社会保障制度を使い倒して、自分や家族との時間を作るかを調べ始めたのが、僕の社会保険労務士としての原点だったと思います。
経済毒性が強い患者群
患者体験調査の回答は「がん患者全体」、「一般がん患者」、「若年がん患者」(診断時年齢が18歳以上40歳未満のがん患者)、「希少がん患者」にわかれています。経済毒性の具体例で挙げた表を見ていただければわかると思いますが、「若年がん患者」の数値がほかの患者群より高い結果となっているものがほとんどです。これは他の研究でも明らかになっていて、就労世代や子育て世代で一家の大黒柱が、がんになると経済毒性が強くなる傾向があります。そりゃ、働いていた人が働けなくなったら大変ですよね。さらに、子供がいて、家のローンがあったりすると、影響大です。でも、上記質問の『家族の進学先を変更した(進学をやめた/転校した)』では、数は少ないですが、「若年がん患者」と他の患者群でほとんど差がないことがわかります。子を持つ親として、子供の将来を諦めさせるなら、自分の治療(命)を諦めるって決断になるのはわかるなーっと納得します。
今回のコラムでは、がん治療の経済毒性とは何か、具体例を交えて紹介いたしました。次回のコラムでは、「がん治療による経済毒性」Part2として、経済毒性を解決するには、をテーマに後編を書きたいと思います。
参考資料1:がん生存者におけるメンタルヘルス問題の世界的な有病率:31カ国を対象としたメタ分析(最終アクセス日:2025年12月10日)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39780039/
参考資料2:がん患者は一般人口に比べてうつ病になるリスクが有意に高い:主要ながん種におけるうつ病症状の有病率と重症度(最終アクセス日:2025年12月10日)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28024266/
参考資料3:患者体験調査報告書:令和5年度調査(最終版)国立がん研究センター 令和7年5月報告(最終アクセス日:2025年12月10日)
https://www.ncc.go.jp/jp/icc/policy-evaluation/project/010/2023/R5_all.pdf
「令和5年度 患者体験調査」における各区分の属性・比率
・若年がん患者:希少がん患者を除いた上で、Aグループ(18~40歳未満)に属する患者
・一般がん患者:希少がん患者を除いた上で、Bグループ(40歳以上)に属する患者
・希少がん患者:A・B グループから、さらに「希少がんの定義」を用いて抽出された患者
・Aグループ:診断時年齢が 18 歳以上 40 歳未満 のがん患者
・Bグループ:診断時年齢が 40 歳以上 のがん患者

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