12月を師走とも言うことはよく知られていますが、新しい年を迎えるために旧い年を除く月という意味で「除月」という異名があるんです。大晦日である除月の最終日が「除日」、その夜が「除夜」。その除夜に寺院の梵鐘を撞く風習が、お馴染み「除夜の鐘」です。
梵鐘を撞く回数やそのゆえんには諸説あるものの、一般的には108回撞くことで煩悩を払うという意味で伝わっています。人の苦しみの源である煩悩。108というのは煩悩の数だと言われていますが、その根拠をご存知ですか?
私たちの身体を構成する、眼・耳・鼻・舌・身(手足などの体)・意(心のはたらき)の6つの感覚器官(六根)がものごとを受けとめ、三不同と呼ばれる好(好き)・平(好きでも嫌いでもない)・悪(嫌い)という3つの感情が生じ、それによって染(けがれる)と浄(清められる)の2種類の作用(二法)に至ります。そして、それは過去、現在、未来の三世にわたって抱えていくものだと考えられています。
つまり、
六根(6)×三不同(3)×二法(2)×三世(3)=108
という計算になります。
これが示しているのは、私たちを苦しめるのは、外にあるものごとそのものではなく、それに対する自分の感じ方、受けとめ方なのだということです。厄介なクライアントの要望や、気難しい上司の圧力や、無邪気なパートナーからの期待など、起きている事実やものごとそれ自体ではなく、例えば期待に応えたいとか、小言への対応に時間を割きたくないなどといった、自分のフィルターをとおした結果生じる心の有り様、すなわち煩悩が、自分自身をしばっているのかもしれません。
この煩悩を払うべく、寺院ではお経をとなえ、梵鐘を撞きます。その音は、寺院に集う人にだけ聞こえる言葉ではなく、離れた場所にいる人にも届くのです。大晦日の風習として除夜の鐘を撞くことを楽しみにしている人はもちろんのこと、寺院に足を運ぶことのできない人も、その音を聞くだけでも功徳を受けることが適います。
今年あなたは、その眼で耳で鼻で舌で身で意で、何を受けとめ、どのように感じ、それによってどう変化したでしょう。心身に梵鐘の音の響きをしみわたらせて、心静かに新年をお迎えください。
次回は1月13日更新です。
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