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コラム 2023.03.25

『もっと!天幕のジャードゥーガル』谷川 春菜 マンガがもっと楽しくなる必携コラム!毎月25日更新!

もっと!天幕のジャードゥーガル モンゴル帝国グルメ

モンゴル国立大学研究員・谷川春菜さんによる、大好評のモンゴル帝国コラム連載!
今回のテーマは「モンゴル帝国グルメ」。 ▶︎▶︎▶︎マンガ本編はこちら

このコラムでは、マンガ『天幕のジャードゥーガル』の舞台となった地の歴史や文化を連載形式で解説しています。今回のテーマは食べ物です! 最新話(第17幕)で主人公ファーティマが作り、ドレゲネが食べ、ボラクチンがふるまわんとした乳製品を中心に、これまで登場した肉料理やフルーツなどを取り上げ、当時の食生活を紹介します。

乳製品

遊牧民が飼育する家畜のミルクは、そのまま飲まれるだけでなく、さまざまな乳製品の材料としても使われます。第17幕(1230年)から約30年後、13世紀半ばにモンゴル帝国を訪れたキリスト教宣教師ルブルクの旅行記には、牛のミルクを使ってバターや「クルト」という乳製品を作る方法、また馬のミルクを使って馬乳酒を作る方法が記録されています。このうちバターについてはごく簡単な記載だけなので、14世紀半ばの元朝で作られた、料理や農業、冠婚葬祭などのハウツー本『居家必用事類全集』から情報を補い、おおまかにまとめると下図のようになります。(注1)

『もっと!天幕のジャードゥーガル モンゴル帝国グルメ』

(注1) ルブルクが記録したバター、クルトの作り方は以下の通りです。(引用中の〔〕はコラム筆者が補って書いた部分です。)
「牛乳からバターを抽き、これを完全に煮つめてから、これ専用にとってある羊の胃袋に入れてたくわえます。バターには塩を入れません。しかし、長く煮つめてあるので悪くなりません。これは、冬にそなえてとっておきます。バターを抽いたあとの牛乳は、できるだけ酸っぱくなるまでほうっておいてから煮ます。煮ているうちに凝結しますから、その凝乳を太陽にあてて乾かしますと、まるで鉄滓みたいに固くなります。それを袋に入れ、冬用に保存しておくのです。冬のあいだには乳が不足してきますが、そうすると、クルトと呼ばれるこの酸っぱい凝乳を皮袋に入れて上から熱湯を注ぎはげしくたたきますと、そのうちに凝乳が湯に溶けるので、その結果、とっても酸っぱい水になります。この水を乳の代わりに飲むのです。」(カルピニ、ルブルク著、護雅夫訳『中央アジア・蒙古旅行記』第2部4章、講談社、2016年)
※牛乳からバターを抽き:『居家必用事類全集』「飲食類>素食>煎酥乳酪品>造酪法」の「牛乳を、多少にかかわらず鍋または釜に取り、緩火で煎じる。〔中略〕たえず杓でかきあげる。〔中略〕表面に張る皮膜は掠め去って、別の皿に取っておく。これは真の酥〔=バター〕である。」(日本語訳:中村喬編訳『中国の食譜』東洋文庫594、平凡社、1995年、333ページ)にあたると考えられます。
※クルト:護雅夫訳では「グルト」。下記の研究によると、原写本(ラテン語)では「grut」と表記されているが、これは「クルト」(テュルク語qurut)を示すとのことなので、表記を変更しました。
Jackson, P. & D. Morgan (eds.) 1990. The Mission of Friar William of Rubruck His Journey to the Court of the Great Khan Möngke, 1253-1255. London. p. 83

ミルクを熱して皮膜をすくい取る(第17幕)

『もっと!天幕のジャードゥーガル モンゴル帝国グルメ』

また、ルブルクが記録した馬乳酒の作り方は以下の通りです。
「夏には、クミスつまり馬乳〔酒〕がすこしでもある限り、それ以外の食物のことは気にしません。〔中略〕馬乳を多量に集めると、大きい皮つまり袋に注ぎこみ、それを、下端が人頭大で、くりぬかれてへこんだそれ専用の杵でたたいて攪拌しはじめます。速くたたきますと、醸したての葡萄酒のように泡だって、酸っぱくなり、発酵しだします。〔中略〕飲んでいるあいだは丁度酢のように舌を刺し、飲んだあとには扁桃(アーモンド)の汁のような味が舌に残って、人の心を楽しませます。」(カルピニ、ルブルク著、護雅夫訳『中央アジア・蒙古旅行記』第2部3~4章、講談社、2016年)
※クミス:護雅夫訳では「コスモス酒」ですが、下記の研究によると、原写本(ラテン語)には「comos」と書かれており、「クミス」(テュルク語で馬乳酒という意味)と訳すのが適切なので、表記を変更しました。
Jackson, P. & D. Morgan (eds.) 1990. The Mission of Friar William of Rubruck His Journey to the Court of the Great Khan Möngke, 1253-1255. London. pp. 76-77

馬乳酒を作る(第9幕、左上の女性が皮袋の中身を攪拌している)

『もっと!天幕のジャードゥーガル モンゴル帝国グルメ』

以上のように、さまざまな記録が残っている乳製品。2019年、その実物がモンゴル国北部、フブスグル県オラーン・オールで発掘されました。永久凍土の環境が幸いし、700年以上前のバターが、陶器の壺に入った状態で、腐ることなく残っていたのです。ただし壺の口に、灯芯の燃えかすが付着していたことから、このバターは食用ではなく、明かりの燃料と考えられています。(注2)

(注2) 白石典之『モンゴル考古学概説』同成社、2022年、208ページ
発掘時の写真:モンゴル国営通信社Montsameの記事「800-year-old vases containing frozen clotted cream and yellow butter found from glacial」2019年8月16日
https://www.montsame.mn/en/read/197987

肉料理

チンギス・カン時代の都跡であるアウラガ遺跡(現在のモンゴル国ヘンティー県)や、オゴタイ・カアン時代以降の都跡であるカラコルム遺跡(現在のモンゴル国ウブルハンガイ県)で見つかった動物骨から、当時の人々が羊、ヤギ、牛、馬、ラクダ、イヌなどの家畜、またタルバガ(シベリアマーモット)、シカ、ウサギなどの野生動物を食べていたことが分かっています。(注3)
こうした動物はどのように捌かれ、調理され、ふるまわれたのでしょうか? まず、捌き方については、腹部を少し切って、そこから手を入れ、心臓近くの血管を切るというものでした。 (注4)

羊を捌く(第8幕)

『もっと!天幕のジャードゥーガル モンゴル帝国グルメ』

調理方法について、『黒韃事略』(1230年代に南宋の皇帝 理宗の命令でモンゴル帝国を訪れた彭大雅と徐霆が著した見聞録)には「火燎者十九、鼎烹者十二三〔=焼いて食べるのが九割、煮て食べるのは二、三割〕」と書かれています(注5)。またルブルクの旅行記には、宴で羊肉をふるまう方法や、牛・馬の干し肉、馬肉ソーセージといった加工食品についても記載があります(注6)

1228年 総会議(クリルタイ)の宴でふるまわれた羊肉(第8幕)

『もっと!天幕のジャードゥーガル モンゴル帝国グルメ』

(注3) 白石典之編『チンギス・カンとその時代』白石典之「第8章 モンゴル帝国の食生活―1. 動物遺存体に見る食生活」勉誠出版、2015年、190~194ページ
白石典之『モンゴル考古学概説』同成社、2022年、206~207ページ
そのほかに、シジミ科の二枚貝や魚類(コイ科、チョウザメ、イトウ、ヒメマス、カワカマス、バーチ)、鳥類(カモ科、ニワトリ、ハト、ウズラ)も食べられていたようです。
(注4) 前々回のコラム「もっと!天幕のジャードゥーガル―モンゴル帝国の信仰」の「水で体を清める―イスラーム」参照。
ラシード・アッデーン『集史』オゴタイ・カアン紀、ロシア語訳 Рашид ад-Дин. 1952.Сборник летописей. Академия наук СССР. Том.II. p. 49
※電子版<https://www.vostlit.info/Texts/rus16/Rasidaddin_3/frametext2.html
シンジルト『オイラトの民族誌―内陸アジア牧畜社会におけるエコロジーとエスニシティ』明石書店、2021年、34~39ページ
(注5) 白石典之編『チンギス・カンとその時代』白石典之「第8章 モンゴル帝国の食生活―1. 動物遺存体に見る食生活」勉誠出版、2015年、187ページ
(注6) カルピニ、ルブルク著、護雅夫訳『中央アジア・蒙古旅行記』第2部3章、講談社、2016年
「〔夏に〕牛か馬が死ぬようなことがあると、その肉を薄く細く切って吊るし、太陽・風にさらして乾かします。すると、塩気なしですぐさま乾燥して、悪い匂いはすこしもいたしません。馬の腸から、豚のよりも上等の腸詰めをつくり、つくりたてを食べます。残りの肉は冬用に保存しておきます。〔中略〕1頭の羊の肉で、50人ないし100人分の食事をまかないます。つまり、塩水──このほかのソースはありません──を入れた深皿のなかで羊肉を細かく切り、小刀か、このためにとくにつくられたフォーク──わたしどもが普通、葡萄酒で煮た梨・林檎を食べるのに使うような──の先端に突きさし、まわりに立っている人々に、客の人数に応じて一口か二口ずつ供するのです。」

【参考】現在、モンゴル国首都ウランバートル市内のスーパーマーケットで売られている
乳製品、食肉加工品の例(「」はルブルクの旅行記や『居家必用事類全集』での表記)

『もっと!天幕のジャードゥーガル モンゴル帝国グルメ』

その他―穀物、フルーツ

アウラガ遺跡やカラコルム遺跡の調査から、穀物としては大麦、小麦、カラスムギ、キビなど、フルーツとしてはメロン、ナツメ、イチジク、ぶどう、クコ、イチゴなどが食べられていたことが分かっています。このうち穀物は遺跡内やその近辺でも栽培されていたのに対し、フルーツの多くは遺跡近辺では生産できない、遠方から交易によってもたらされる品物でした。(注7)

メロン(第15幕)

『もっと!天幕のジャードゥーガル モンゴル帝国グルメ』

(注7) 白石典之編『チンギス・カンとその時代』小畑弘己「第8章 モンゴル帝国の食生活―2. 植物遺存体に見る食生活」勉誠出版、2015年、195~205ページ
 
※おもに現代のモンゴルの食文化についてまとめた書籍として、小長谷有紀『世界の食文化3―モンゴル』(農山漁村文化協会、2005年)があります。

次回は4月25日更新です。▶︎▶︎▶︎ウルムも食べてるマンガ本編はこちらから

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