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コラム 2024.10.04

『もっと!天幕のジャードゥーガル』谷川 春菜 マンガがもっと楽しくなる必携コラム!毎月25日更新!

モンゴル帝国史研究者に聞く―四日市康博氏

モンゴル国立大学研究員・谷川春菜さんによる、大好評のモンゴル帝国コラム連載!

このコラムでは、マンガ『天幕のジャードゥーガル』の舞台となった地の歴史や文化を毎月連載で解説してきました。

今年6月からは趣向を変えて、『天幕のジャードゥーガル』読者のモンゴル帝国史研究者の方々に、マンガで描かれた歴史上の出来事や人物像に対する感想、また元ネタや結末を知ったうえでの楽しみ方についてインタビューしています。

今回は四日市康博(よっかいち やすひろ)氏にお願いしました。お引き受けくださり、誠にありがとうございます。

――ご所属と研究テーマを教えてください。

四日市康博です。立教大学文学部の史学科世界史学専修に所属しています(詳細はこちら)。モンゴル帝国時代の東西ユーラシア交流について、政治的、経済的な側面から文化的な側面まで、いろいろなテーマで研究しています。

――『天幕のジャードゥーガル』を知ったきっかけは、どのようなものだったのでしょうか?

書名だけは、モンゴルやトルコ、マンジュ(満洲)、中国について研究している方々から聞いていて、いつか読んでみたいと思っていました。

最近、同じ大学(立教大学)の石井正子先生(注1)とお話ししていたとき、マイノリティを扱ったマンガの話題になって、トマトスープ先生の作品がおもしろいと、いくつか勧めていただきました。石井先生から、トマトスープ先生の作品のなかでも、特に『天幕のジャードゥーガル』は四日市さんの研究テーマと重なるところが多いんじゃないですかと言われて、さっそく翌日に購入して読んだという次第です。

(注1) 詳細はこちら

――ところで、普段からマンガはよく読まれているのでしょうか?

忙しい時期はあまり読めないのですが、時間を見つけては読んでいます。

以前から安彦良和先生のマンガをよく読んでいます。モンゴル関係だと、『乾と巽―ザバイカル戦記』(講談社)や『虹色のトロツキー』(潮出版社)を描いている方ですね。この先生の『麗島夢譚』(講談社)という作品、これは松浦党と共に麗島(台湾)に脱出した天草四郎が海域史上のさる重要人物になるというお話なので、史実としては荒唐無稽とも取れるのですが、マンガとしておもしろく読んでいます。

あと、綿貫芳子先生の『となりの百怪見聞録』(集英社)も読んでいます。私は最近、東西ユーラシア交流のなかでも特に文化と宗教、具体的には動物やそのデザインと信仰との関係を研究していて、「宇賀神」(弁才天の頭に乗ってる人頭蛇身の神様)と水神信仰を扱っているのですが、これが『となりの百怪見聞録』にも登場するんです。やっぱり自分が研究している対象がマンガに登場すると「おおっ!」となりますね。

――学生さんと、あるいは研究者間で、歴史マンガの話をすることはありますか?

学生には授業の際、内容に興味を持ってもらうための入り口として紹介することがあります。マンガを通して紹介すると入り込んでもらいやすいところがありますね。

研究者同士でも話題に上がります。たとえば、大学で研究室が隣の小澤実先生(注2)は、ヴァイキングを扱った歴史マンガ『ヴィンランド・サガ』(幸村誠 作、講談社)の考証に協力していますが、会話をしていると、歴史学のサブカルチャーとしてマンガもよく話題にのぼります。

(注2)詳細はこちら

――『天幕のジャードゥーガル』における歴史上の出来事や人物の描き方について、どのようなご感想をお持ちでしょうか?

史料にかなり忠実に描かれているという印象です。

たとえば、『天幕のジャードゥーガル』第15幕で描かれたエピソード――オゴタイ・カアンが貧しい人にあげた真珠が、巡り巡ってイラン東部までたどり着き、最終的に献上品としてオゴタイとモゲ妃のもとに戻ってきた――は、歴史書『世界征服者の歴史』(ジュヴァイニー 著)に出てくるお話です。私は学生時代に『世界征服者の歴史』のこの部分を読んだことがあって、今回マンガで何十年ぶりかに再会する形となり、懐かしかったと同時に、とても興味を惹かれました。

第15幕のエピソード

『もっと!天幕のジャードゥーガル』
『もっと!天幕のジャードゥーガル』
『もっと!天幕のジャードゥーガル』
『もっと!天幕のジャードゥーガル』

主人公のファーティマも『世界征服者の歴史』に登場する人物ですね。これも学生時代に読んだことがあったのですが、すっかり忘れていて、今回マンガを読んでいて、ハッと思い出しました。『世界征服者の歴史』に書かれている内容は、マンガの今後の展開に関わると思うので、ここで詳しく述べることはしません。ですが、かなり衝撃的な内容なので、今後の展開がどうなっていくのか、非常に気になっています。

トマトスープ先生の作品は、『天幕のジャードゥーガル』だけでなく『ダンピアのおいしい冒険』(イースト・プレス)も読んでいるのですが、どちらの作品も親しみやすい絵柄のわりに、かなり凄惨な内容を含んでいますよね。『ダンピアのおいしい冒険』は、17世紀の世界を舞台に、主人公ダンピアが知識を求めて冒険するお話ですが、なんといっても、彼が乗っていたのはイギリスの私掠船(イギリス国王から許可を得て、敵国船の略奪を行った船)で、原住民に対する略奪なども普通におこなっていましたからね。ただ、そういった内容も暗い気持ちにならずに読み進められるのは、やはりトマトスープ先生の優れた手腕によるものなのだろうと思います。

ところで、タイトルの「ジャードゥーガル」について、この単語はペルシャ語で魔術師という意味ですが、語感の似ている単語として、モンゴル語の「ジャダ」があります。「ジャダ石」という特別な石を使った雨乞いの術のことを「ジャダ術(ミシ)(注3)」と呼び、この術はチンギス・カンのモンゴル高原統一や、その後のモンゴル帝国の歴史のなかで、しばしば重要な役割を果たしたとされています。

ジャダ術(第18幕)

『もっと!天幕のジャードゥーガル』

「ジャードゥーガル」の語源は、調べてみるとアヴェスター語にあるらしく、「ジャダ」との言語学的な関連性は、現時点では検証されていません。ですが、「ジャードゥーガル」という単語が魔術師の意味を持つようになった背景に、なんらかの形でモンゴル帝国時代の「ジャダ」が関わっていた可能性もあるのではと思っています。

(注3) 詳しくは、本コラム「モンゴル帝国の信仰」

――トマトスープ先生にお聞きしたいことはありますか?

マンガを描くにあたって、どうやって史料や研究にアクセスしているのか、特にカトン(皇帝や王族の妻たち)の描き方がとてもリアルに感じられるので、どのように情報収集しているのか、その方法についてお聞きしたいです(注4)

モンゴル帝国ってどうしてもチンギスとその息子4人とか、皇帝や男性の王族中心に捉えられがちなのですが、彼らには何人ものカトン(妻)がいて、それぞれのカトンごとに宮廷(オルド)があったので、彼女たちが果たした役割も大きかったんです。

カトン同士で仲の良い場合もあれば、互いに反目する場合もあって、自分たちの息子をいかに権力につけるかといった駆け引きも、宮廷や国家を巻き込んだ形で行われていました。また、モンゴルに滅ぼされた勢力出身の女性が、腹に一物を抱えながらカトンになっていたこともあったはずです。『天幕のジャードゥーガル』では、そうした女性たちの姿が巧みに描かれていると思います。

(注4) 資料は主に書店や図書館、国会図書館で利用できる本や論文を利用しています。ですがカトンたちについては断片的にしか分かりませんでしたので、かなりの範囲をフィクションで埋めています。
例えばクランやソルコクタニは、モンゴルへ嫁ぐ前に属していた部族や父親などの親族を調べて、どういうものごとを見て生きてきたのかを想像してキャラクターを作りました。

――『天幕のジャードゥーガル』ストーリーの元ネタや結末のかなりの部分をご存じと思いますが、知ったうえでどのようにマンガを楽しんでいらっしゃるのか、教えていただけますでしょうか。

歴史の知識があるとそのぶん、今後の物語の転換点になるであろういくつかの出来事が予想できるので、その出来事をトマトスープ先生はどういうふうに描かれるんだろうというところを楽しみに読んでいます。

マンガ4巻までの物語のなかで大きな転換点になったのは、トルイの死だと思うのですが、彼の死には暗殺とか、自分からあえて毒を飲んで死んだとか、さまざまな説があるんです。なので、『天幕のジャードゥーガル』ではどう描かれるか注目していたのですが、非常にうまくまとめられていました。

これから先も、新キャラクターの登場など、物語の転換点はいくつかあると思うので、その場面がどのように描かれるのか、楽しみにしています。

もう一つは、知っている人物がどう描かれるかというところですね。

チンギスの息子たち(ジュチ、チャガタイ、オゴタイ、トルイ)って、一見みんな能天気な感じの人物に描かれているんですけど、でも読み返してみると、やはり裏ではそれぞれいろいろ考えてるのかと思わされたりして。歴史上の人物の心情がどのようなものであったのかというのは、研究では扱うのが難しい部分なので、マンガならではの醍醐味として楽しんで読んでいます。
また、彼らの臣下、廷臣については、私自身研究していたこともあって、その描かれ方には特に注目しています。いま出てきている人物だと、チンカイやアルグン、コルグズなどですね。

チンカイとアルグン(第32幕)

『もっと!天幕のジャードゥーガル』

チンカイとコルグズ(第32幕)

『もっと!天幕のジャードゥーガル』

コルグスは史料から口達者な人物だったことがうかがえますが、マンガではその人物像が、片仮名ビジネス用語の多用という形で、今風に表現されている点がおもしろかったです。

モンゴル帝国の廷臣たちは、誰の庇護を受けるか、誰にパトロンになってもらうかというのが非常に重要で、それによって一夜にして絶大な権力を手に入れる場合もあれば、パトロンとの関係が崩れたために、あっという間に破滅してしまうということもよくありました。そういうところにも注目して読んでいます。

あとはカトンの装身具にも注目しています。というのも、ちょうどいま私のゼミに、仏教の装飾、特に「瓔珞(ようらく)」という、冠や首飾り・胸飾りから垂れる装飾を研究している院生がいるのですが、その飾りに類するものを、『天幕のジャードゥーガル』のカトンたちも身に着けているんです。カトンのファッションやイスラームの女性とモンゴルの女性のデザインの描き分けにも注意して読んでいます。

――インタビューにご協力くださり、ありがとうございました。最後にコメントなどございましたら、お願いいたします。

この先の『天幕のジャードゥーガル』の展開、楽しみにしてます!

次回は10月25日更新です。▶︎▶︎▶︎マンガ本編はこちらから

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