『もっと!天幕のジャードゥーガル』谷川 春菜 マンガがもっと楽しくなる必携コラム!毎月25日更新!
もっと!天幕のジャードゥーガル モンゴル帝国お仕事図鑑
新連載!モンゴル国立大学研究員・谷川春菜さんによる『天幕のジャードゥーガル』をもっと楽しく読める解説コラムです。初回の今回は一挙2話更新!第15幕とあわせて読んでくださいね。
このコラムでは、マンガ『天幕のジャードゥーガル』の舞台となった地の歴史や文化を連載形式で解説します。今回は第15幕のあらすじをふまえ、13世紀前半のモンゴル帝国に存在したさまざまなお仕事を紹介します。
第15幕のあらすじ
1230年夏。モンゴル帝国では、金国への遠征の準備が進められていました。二代皇帝オゴタイ、その弟トルイ、叔父テムゲが軍を率い、兄チャガタイは留守を預かることになっています。
チャガタイ、オゴタイ、トルイの間に不和を起こし、「モンゴル帝国に混乱をもたらす」ことを目指す、主人公ファーティマ。手始めにチャガタイと接触すべく機を窺っていたところ、皇帝の第四妃モゲと出会い、成り行きでオゴタイのもとへ。オゴタイは、ホラーサーン(イラン東部、ファーティマの故郷)からやって来た商人と面会しているところでした。そこでファーティマは、オゴタイが商人から買い取った商品の帳簿付けを手伝うことになったのですが──
第15幕では商人や帳簿を付ける書記官のほか、さまざまなお仕事の人々が登場します。ここからは、『天幕のジャードゥーガル』に登場したお仕事の中から、5つを選んで紹介します。
読者のみなさまはぜひ、13世紀のモンゴル帝国にタイムスリップした気持ちで、自分だったらどんな仕事をしたいか、想像しながら読んでみてください。(ただし13世紀ですから、生まれによってできる仕事とできない仕事があります。ご了承ください。)
商人
商人ってどんな仕事?
安く仕入れた商品を、高く買ってくれる人のところへ持っていって売る仕事です。成功の鍵は、刻一刻と変化する国際情勢に気を配っておくこと。
たとえばオゴタイ・カアンは、西方からたくさんの商人を呼びこむため、商品(高級な絹織物、真珠などの宝石、西アジア産の馬──こうした商品をカアンは自身で使うほか、下賜品としても使用します)を気前よく高値で買い上げており、また商人への資金提供も盛んに行っています(カアンから資金をもらって商売を行う者は「オルトク商人」と呼ばれます)1。
こうした情報の収集につとめ、モンゴル帝国ドリームをつかみましょう!
1宇野伸浩「オゴデイ・ハンとムスリム商人―オルドにおける交易と西アジア産の商品」『東洋学報』70(3・4)、1989年、201~234ページ
書記官
書記官ってどんな仕事?
一口に書記官といっても、その仕事内容は単なる文書の作成だけではありません。オゴタイ・カアンの宮廷では、商人の対応も書記官が行います。書記官は帝国全体に仕えるというより、皇帝やその子弟個人に仕えるもの。主君が亡くなるとその立場は揺らぎがちです。2
身の振り方には気を付けましょう。
2坂本勉「モンゴル帝国における必闍赤=bitikci―憲宗メングの時代までを中心として」『史学』42(4)、1970年、81~111ページ(とくに95~96、102~104ページ)
杉山正明『大モンゴルの世界―陸と海の巨大帝国』角川書店、1992年、79~80ページ
関連するお仕事
皇帝に仕える書記官は、「ケシク/ケシクテン」と呼ばれる組織の一員です。この組織には皇帝お抱えの鷹匠、天蓋(傘)や衣装を担当する係、
皇帝の料理を準備、給仕する人々
なども含まれていました。3
3宇野伸浩「モンゴル帝国の宮廷のケシクテンとチンギス・カンの中央の千戸」『桜文論叢』96、2018年、247~269ページ(とくに248~251ページ)
遺失物管理官
遺失物管理官ってどんな仕事?
遺失物、行方不明の奴隷や家畜を保管・保護し、持ち主が捜しに来たら引き渡す仕事です。遺失物隠匿容疑者(他人の遺失物を見つけたのに、遺失物管理官に届け出ず、隠し持っていることが疑われる者)がいれば、その捜査を行うこともあります。4
4宮紀子「ブラルグチ再考」『東方学報』86、2011年、693~740ページ(とくに732、736ページ)
万 戸 長
万戸長ってどんな仕事?
下表5は、モンゴル帝国の基本的な指揮官の称号、およびその仕事内容を示したものです。万戸長ともなれば、数千~数万の兵を率い、彼らの家族も統括する、帝国の重鎮ですね。
称号 | 仕事内容 |
十戸長(十人隊長) | 10人の兵+その家族など=十戸を統率します。 |
百戸長(百人隊長) | 十戸×10=百戸を統率します。十戸長との兼任が多いです。 |
千戸長(千人隊長) | 百戸×10=千戸を統率します。百戸長との兼任が多いです。 |
万戸長(万人隊長) |
自らが千戸長をつとめる千戸+ほかの千戸をまとめて統率します。 例:チンギス・カンのもとで、左翼万戸長ムカリは千戸×62を統率し、右翼万戸長ボオルチュは千戸×38を統率していました。 |
5以下2論文を参照し作成。
本田実信『モンゴル時代史研究』第1章「3. チンギス゠ハンの軍制と部族制」東京大学出版会、1991年(初出:1961「チンギス=ハンの軍制と部族制度」『歴史教育』9(7)、1961年、10~18ページ)
大葉昇一「モンゴル帝国=元朝の軍隊組織―とくに指揮系統と編成方式について」(『史学雑誌』 第95編、1986年)
傅育(ふいく)係
傅育係ってどんな仕事?
身分の高い人物の子どもに付いて、その養育にあたる仕事です(織田信長にとっての平手政秀のような存在)。養育した子どもが大物になれば、その側近として活躍することも。たとえば『天幕のジャードゥーガル』第13幕に登場するイルケ。彼はもともとオゴタイ・カアンの傅育係でした6。
6赤坂恒明 監訳、金山あゆみ 訳注『ラシード゠アッディーン『集史』「モンゴル史」部族篇 訳注』風間書房、2022年、101ページ(出典本文では「イルゲ」)
また、『天幕のジャードゥーガル』第9幕から登場しているカダクも、ある人の傅育係をつとめていたようです7。これについては今後、マンガ本編で語られる日がくるかもしれません。
7ラシード゠アッディーン『集史』ロシア語訳 Рашид ад-Дин. Сборник летописей. Т.II, Ч.6. Академия наук СССР. 1952年, 121ページ
モンゴル帝国お仕事図鑑、いかがでしたか?「モンゴル帝国 建国までの道のり」 もあわせてどうぞ。次回は1月25日更新。マンガ本編とあわせてお楽しみに!
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