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コラム 2023.02.25

『もっと!天幕のジャードゥーガル』谷川 春菜 マンガがもっと楽しくなる必携コラム!毎月25日更新!

もっと!天幕のジャードゥーガル モンゴル帝国の諸王家

モンゴル国立大学研究員・谷川春菜さんによる、大好評のモンゴル帝国コラム連載!
今回のテーマは解説希望のお便りもたくさんいただきました「モンゴル帝国の諸王家」。 ▶︎▶︎▶︎マンガ本編はこちら

このコラムでは、マンガ『天幕のジャードゥーガル』の舞台となった地の歴史や文化を連載形式で解説しています。今回はチンギスの弟たち、息子たちを始祖とする、モンゴル帝国の諸王家を紹介します。

『もっと!天幕のジャードゥーガル モンゴル帝国の諸王家』

諸王家の領民と領地

13世紀初め、チンギスは配下の遊牧民を「千戸(千人隊)」という組織に編成し、下図のように、弟たちや息子たちに分け与えました。(注1)

『もっと!天幕のジャードゥーガル モンゴル帝国の諸王家』

弟たち、息子たち、そしてチンギス自身の領民は、それぞれどのあたりで遊牧していたのでしょうか? 現在の航空写真(Google Earth)上に示してみると、下図のようになります。弟たちは東部、水と草が豊かで遊牧に適した地域。長男から三男は西部、ユーラシア大陸の東西を結ぶ交通路の途上にあって、西への進出に適した地域。チンギスと四男は中央部、東西の交通路と南北の交通路が交差する重要な地域。この配置はチンギスのヴィジョン―弟たちには豊かな遊牧地を与えて苦労をねぎらい、息子たちには西への進出を促す―を反映したものと考えられています。(注2)

『もっと!天幕のジャードゥーガル モンゴル帝国の諸王家』

その後、モンゴル帝国の拡大とともに、チンギスの弟たち、息子たちを始祖とする諸王家の領民は増え、領地も広がっていくこととなります。たとえば、チンギスの時代に始まり、マンガ最新話(第16幕、1230年)まで続いている、金国との戦いで獲得した民と土地。1230年時点ですでに、ジュチ家には平陽(現在の中国山西省南部)、チャガタイ家には太原(現在の中国山西省中部)、オゴタイ家には西京(現在の中国山西省北部)トルイ家には真定(現在の中国河北省中南部)が与えられていたと考えられています。ちなみに、諸王家に与えられた民の数と土地の配置は、上記の地図で示した遊牧地の領民数と配置におおむね対応していたようです。(注3)

(注1) 本田実信『モンゴル時代史研究』第1章「3. チンギス゠ハンの軍制と部族制」東京大学出版会、1991年(初出:1961「チンギス=ハンの軍制と部族制度」『歴史教育』9(7)、1961年、10~18ページ)、図はコラム筆者作成
※母ホエルンに分与された千戸×3は、四弟テムゲが継承しました。
(注2) 白石典之『チンギス・カン―”蒼き狼”の実像』第2章「大モンゴル国の勃興―この国のかたち」中央公論新社、2006年、図はコラム筆者作成
※庶子コルゲンは父チンギス没後、その直属の領地の一部を継承しました(村岡倫「チンギス・カン庶子コルゲンのウルスと北安王」『13-14世紀モンゴル史研究』2、21~35ページ、2017年)。
(注3) 松田孝一「モンゴルの漢地統治制度―分地分民制度を中心として」『待兼山論叢―史学篇』11、33~54ページ、1978年
※電子版 https://hdl.handle.net/11094/48000
村岡倫「モンゴル時代の右翼ウルスと山西地方」松田孝一 編『碑刻等史料の総合的分析によるモンゴル帝国・元朝の政治・経済システムの基礎的研究―平成12〜13年度科学研究費補助金基盤研究(B)(1)研究成果報告書』151~170ページ、2002年

ここからは『天幕のジャードゥーガル』のお話と深い関わりがあった5つの王家について、第16幕前後の状況を中心に、簡単に紹介していきます。

1. ジュチ家

チンギスの長男ジュチに始まる家系です。第13~14幕の総会議(クリルタイ)(1229年)時点で、ジュチはすでに亡くなっており、会議には彼の息子たち(バトゥやオルダなど)が出席していました(注4)。彼らは第16幕から始まった金国への遠征には参加しません。金国の次に計画されている、西方への遠征を待ちましょう。

ジュチの息子たち(第14幕)

『もっと!天幕のジャードゥーガル モンゴル帝国の諸王家』

(注4) 『集史』(イルハン国の君主カザンの命令により、ラシード・アッデーンが編纂し、14世紀初頭に成立した歴史書)のロシア語訳:Рашид ад-Дин. Сборник летописей. Академия наук СССР. Том.II. 1952年、19~20ページ
※電子版 https://www.vostlit.info/Texts/rus16/Rasidaddin_3/frametext1.html

2. チャガタイ家

チンギスの次男チャガタイに始まる家系です。チャガタイは第二代皇帝オゴタイからの信頼が厚く、また亡き父チンギスが遺した法令の徹底につとめ、その法令に反する行い、たとえばイスラーム教徒の沐浴習慣や家畜解体方法を厳しく取り締まっていたといわれています(注5)。彼も金国への遠征には参加せず、留守番することになっています。

チャガタイ(第14幕)

『もっと!天幕のジャードゥーガル モンゴル帝国の諸王家』

(注5) 『世界征服者の歴史』(ホラーサーン地方、現在のイラン東部の出身で、モンゴル帝国に官僚として仕えたジュヴァイニーが、13世紀半ばに執筆した歴史書)の英語訳:John Andrew Boyle. The History of the World-Conqueror 2. Manchester University Press. 1958年(1997年再版)271~272ページ
※電子版 https://archive.org/details/historyoftheworl011691mbp/page/n322/mode/2up
『チンギス・ハンからティムール・ベイに至るモンゴルの歴史』(イスタンブール出身で、スウェーデンの外交官をつとめたドーソンが、『集史』や『世界征服者の歴史』等の歴史書から情報を集めて書いたモンゴル帝国通史)の日本語訳:佐口透 訳『モンゴル帝国史2』平凡社、1968年、140ページ
※詳しくは前回のコラム「もっと!天幕のジャードゥーガル―モンゴル帝国の信仰」の「水で体を清める―イスラーム」部分をご覧ください。

3. オゴタイ家

チンギスの三男にして、モンゴル帝国第二代皇帝のオゴタイに始まる家系です。オゴタイの妻として、第16幕ではドレゲネ、モゲ、ボラクチン、また第10幕では以上の3人に加えてキルギスタニが登場しています。
ちなみにモゲはベクリン(メクリンとも呼ばれる)という遊牧民の一勢力の出身で、ベクリンがチンギスの傘下に入った際チンギスに嫁ぎ、チンギス没後はチャガタイにも望まれつつ、オゴタイに嫁いだといわれています(注6)。またキルギスタニも、チンギスと死別した後、オゴタイに嫁いだと考えられています(注7)。チンギスの妻であったモゲやキルギスタニにとって、オゴタイは義理の息子にあたります。夫の死後、義理の息子に嫁ぐというのは、当時のモンゴルで広く行われていた再婚の習慣です。

再婚の習慣(第16幕)

『もっと!天幕のジャードゥーガル モンゴル帝国の諸王家』

(注6) 『集史』の日本語訳:赤坂恒明 監訳、金山あゆみ 訳注『ラシード゠アッディーン『集史』「モンゴル史」部族篇 訳注』風間書房、2022年、213~214ページ
(注7)劉迎勝「元太宗収継元太祖后妃考―以乞里吉忽帖尼皇后与闊里桀担皇后為中心」『民族研究』2019年1期、86~96ページ

4. トルイ家

チンギスの四男トルイに始まる家系です。チンギス没後、トルイ家はモンゴル帝国内で最大のマンパワーを持っていました。当時のモンゴルには末子相続、つまり一番下の息子が親の財産を継ぐという制度があったため、チンギスとその正妻ボルテとの間に生まれた末っ子のトルイが、チンギス直属の多くの民を相続しました。この莫大な遺産をめぐるトラブルをどう避けていくのか、トルイ家の人々のかじ取りにかかっています。(注8)

トルイ家のマンパワー(第9幕)

『もっと!天幕のジャードゥーガル モンゴル帝国の諸王家』

第16幕から始まった金国への遠征で、トルイは金国の首都 開封を南から攻める、重要な役どころを担当することになります。ちなみに、トルイとその妻ソルコクタニの息子として、のちに元朝の初代皇帝となり、日本への遠征も行ったクビライがいます。また、歴史書『集史』(このコラムの注にもたびたび登場しています)の編纂を命じた、イルハン国の君主ガザンもトルイの子孫です。

(注8) 宇野伸浩「モンゴル帝国のカトン─帝国の政治を動かした女性たち」『修道法学』1、193~209ページ(とくに200ページ)、2021年
※電子版 http://doi.org/10.15097/00003053

5. テムゲ家

チンギス・カンの四弟テムゲに始まる家系です。北隣にはチンギス・カンの次弟ジョチ・カサル家、南隣には三弟カチウン家の遊牧地があり、三家あわせて「東方三王家」と呼ばれる場合もあります(注9)
第16幕時点では、チンギスはもちろん、ジョチ・カサル、カチウンも亡くなっているため、テムゲはモンゴル王族の長老ポジションです。金国への遠征では、大部隊を率いてゆっくり前進し、相手の恐怖をあおって、金国の首都 開封に追い込んでいく役を担当します。

テムゲ(第13幕)

『もっと!天幕のジャードゥーガル モンゴル帝国の諸王家』

(注9) 杉山正明「モンゴル帝国の原像―チンギス・カンの一族分封をめぐって」『東洋史研究』37(1)1~34ページ、1978年
※電子版 https://doi.org/10.14989/153689

おまけ―駙馬王家

チンギスの弟たち、息子たちの家系の他にも、モンゴル帝国にはいくつかの有力な家系が存在しました。モンゴル帝国皇帝の娘やその親族の女性を妻に迎えていた家系です。
例として、コンギラトのアルチ・ノヤン家(チンギスの妻ボルテの弟アルチ・ノヤンから始まる家系)や、オイラトのクドカ・ベキ家(13世紀初頭にチンギスに投降したクドカ・ベキから始まる家系)が挙げられます。この両家は、皇帝の娘や親族から妻を迎え、生まれた娘を妻の兄弟の息子に嫁がせるというサイクルを繰り返し、密接な婚姻関係を維持していました。このほかにも、チンギスの娘アル・アルトゥンが嫁いだウイグル王家や、13世紀半ば~14世紀半ばに元朝皇室から妻を迎えていた高麗王家が知られています。(注10)
こうした家系を、「駙(ふ)馬(ば)王家」(駙馬は婿という意味)と呼ぶ場合もあります。

(注10) 宇野伸浩「モンゴル研究のパラダイム―チンギス・カン家の通婚関係に見られる対称的婚姻縁組」『国立民族学博物館研究報告別冊』20、1~68ページ、1999年
※電子版 http://doi.org/10.15021/00003522

次回は3月25日更新です。▶︎▶︎▶︎マンガ本編はこちらから

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