『もっと!天幕のジャードゥーガル』谷川 春菜 マンガがもっと楽しくなる必携コラム!毎月25日更新!
もっと!天幕のジャードゥーガル ウランバートル 博物館さんぽ
モンゴル国立大学研究員・谷川春菜さんによる、大好評のモンゴル帝国コラム連載!
このコラムでは、マンガ『天幕のジャードゥーガル』の舞台となった地の歴史や文化を連載形式で解説しています。今回のテーマは博物館! モンゴル国首都ウランバートル市中心部にある国立民族博物館とチンギス・ハーン博物館について、その展示品のうち、マンガ本編に登場したファッションアイテム―衣服と帽子を中心に紹介します。
モンゴル国立博物館
「国立民族博物館」と訳されることもあります。ウランバートル市中心部に位置する博物館で、現在のモンゴル国の領域に暮らしてきた人々の歴史を解説しています。下記9つの常設展示室のほか、1階にはイベントや特別展を行うブース、ミュージアムショップも備えています。
1階 | 第一展示室:石器時代、青銅器時代、鉄器時代(80万年前~紀元前3世紀) |
第二展示室:匈奴、突厥、ウイグル、契丹の時代(紀元前3~紀元後7世紀) | |
2階 | 第三展示室:服飾 |
3階 | 第四展示室:モンゴル帝国時代 |
第五展示室:信仰、音楽、祭り、遊びの道具 | |
第六展示室:遊牧、耕作、狩猟の道具 | |
第七展示室:清朝統治時代、ボグド・ハーン政権時代(17~20世紀初頭) | |
第八展示室:社会主義時代(1920年代~1991年) | |
第九展示室:民主化後の時代(1991年~現在) |
こちらのURLから、館内バーチャルツアーに出かけることもできます。
2階に上がってすぐ、第四展示室の入り口付近に、モンゴル帝国時代、13~14世紀の衣服が展示されています(下写真)。これはモンゴル国東部、ヘンティー県デルゲルハーン・ソムのボヒン・ホショー墓で発見されたものです。白い絹織物の生地に、金糸で刺繍が施されています。このような刺繍の織物は「ナシジ織(織金錦)」とよばれていました。胸元と腰の紐を結んで留める作りになっており、細くすぼまった胴回りには縦に「細摺」、横に「腰線」という撚糸が細かく縫い付けられています。(注1)
当時のモンゴルの人々は上写真のような、長方形の襟(方領)が付いた、足もとまで丈のある服を、たいていは右前(右手側を下、左手側を上にして重ねる形)で着用していました。生地の色は白、紅、紫、紺、緑、素材は絹、苧麻、麻、綿、毛など。上写真の服のように、金糸で刺繍を施す場合もありました。
モンゴル帝国時代の金糸は、紙や動物の皮革、腸膜に金箔を貼ってから細断して糸状にしたもの、糸に金箔を巻き付けて撚ったもの、絹糸に金箔や銀泥を直に貼り付けたもの、それに撚りをかけたものなど、多様な種類がありました。こうした金糸の成分について、たとえばモンゴル国東部、ヘンティー県デルゲルハーン・ソムのタワンハイラースト第5地点5号墓で見つかった糸では、いわゆる18金の純度(金77.9%、銀19.1%)だったということです。
また金糸の織物についても、平織、綾織、ランパ織(中央アジアのヘラートやサマルカンドなどにみられた紋織物で、その地域から連れてこられた織物職人たちが関わった可能性あり)など、さまざまな技法のものが発見されています。(注3)
(注1) 白石典之『モンゴル考古学概説』同成社、2022年、208~209ページ
Ildikó Oka “Three Mongolian Coats from the 13th-14th Century Grave at Burkhiin Khoshuu” Current Archaeological Research in Mongolia: Bonn Contributions to Asian Archaeology 4、487-504ページ、2009年
(注2) 左写真:コラム筆者撮影
右写真:Ж.Саруулбаян Монголын үндэсний музей. Улаанбаатар: Монголын үндэсний музей. 2009(J・サロールボヤンほか編『モンゴル国立博物館』ウランバートル:モンゴル国立博物館、2009年)73ページ、モンゴル国立博物館の図録
(注3) 白石典之『モンゴル考古学概説』同成社、2022年、208~209ページ
村上智見ほか「モンゴル帝国期の織物技術(発表要旨)」『日本モンゴル学会紀要』46、135ページ、2016年
モンゴル国立博物館(国立民族博物館)
Монголын Үндэсний Музей/National Museum of Mongolia
場所:https://goo.gl/maps/MH3enE2gcGAySL3H6
営業時間:9:00~18:00
夏季(5月16日~9月14日)休館日なし、チケット販売17:00まで
冬季(9月16日~5月15日)月曜休館、チケット販売16:30まで
チケット料金: おとな20000₮、ファミリー15000₮、大学生10000₮(₮はモンゴル国の通貨トゥグルグの単位記号、2023年5月10日時点で25₮=¥1ほど)
写真撮影:1階入り口付近のチケットカウンターで撮影料20000₮を支払えば可能
HPモンゴル語版:http://nationalmuseum.mn/
英語版:http://en.nationalmuseum.mn/
チンギス・ハーン国立博物館
モンゴル国立博物館のすぐ北、歩いて5分もかからないところに、昨年2022年秋にオープンしたばかりのチンギス・ハーン博物館があります。モンゴル帝国を中心に、それ以前の遊牧国家や、その後チンギスの子孫たちが治めた地域の歴史を扱う、9階建ての大きな博物館です。展示の構成は下記のようになっています(注4)。どの階にも、都市や天幕の再現模型があり、それぞれの時代の生活を想像しやすくなっています。
3階 匈奴、鮮卑、柔然(紀元前3~紀元後6世紀)
4階 突厥、ウイグル、帝国になる前のモンゴル(6~12世紀)
5階 モンゴル帝国
6階 ジュチ・ウルス/キプチャク・ハン国、チャガタイ・ウルス/チャガタイ・ハン国、フレグ・ウルス/イル・ハン国、大元ウルス/元朝
7階 元朝滅亡~20世紀初頭のモンゴル高原
8階 モンゴル帝国の軍事戦術や外交文書、世界遺産、文字、仏像など
5階の中ほどに、考古学の発掘によって見つかった品々を展示し、モンゴル帝国のファッションを紹介するコーナーがあります。それらの展示品のうち、ここでは女性と男性の帽子を1点ずつ取り上げて解説します。
上写真はモンゴル国東部、ヘンティー県デルゲルハーン・ソムのボルハン・トルゴイ遺跡4号墓で、女性の遺体と共に発見された「ボグタグ帽」です。ボグタグ帽はモンゴル帝国の貴婦人がかぶるもので、最新話の第19幕でもドレゲネ、ボラクチン、ソルコクタニが着用しています。ただでさえ背の高い帽子ですが、上部に孔雀など鳥の羽根を刺して、さらに高さを増したり、またタカラガイ、真珠、ビーズなどを縫い付けて飾ることも多かったようです。(さらに、高位の貴婦人の場合、帽子の額の上のところに「ツォグ」という宝飾品を付けていました。マンガ本編ではボラクチンが付けています。)上写真のボグタグ帽は、白樺の樹皮を高さ32.8cm、幅23.5cmの筒状に縫い合わせ、その表面に、金糸で「福壽」と刺繍された赤い絹織物を貼って作られたもので、筒の上端は糸に通したビーズで飾られていたということです。(注6)
一方こちらの写真は男性用の帽子です。モンゴル国南部、ウムヌゴビ県ノヨン・ソムのツァガーン・ハナ岩陰墓で見つかったもので、白い絹織物の生地に、金糸で雲の形が刺繍されています。頭にかぶる部分をてっぺんから六等分する線や全体の縁取りには黒いなめし革が使われていました。前に丸いつば(芯は紙)を付け、後ろに日よけ布を垂らした作りです。帝国のエリート層は、このような形の帽子のてっぺんに、「ジンス」という宝飾品(金の台座に縦長の宝石類をはめ込んだもの)を付けてかぶっていたようです。(注8)
(注4) 詳細は博物館HP(モンゴル語版 英語版)
(注5) С.Чулуун Талын язгууртны өв соёл. Улаанбаатар: Чингис хаан музей. 2022(S・チョローン『草原貴族の文化遺産』ウランバートル、チンギス・ハーン博物館、2022年)88ぺージ、チンギス・ハーン博物館の図録
※同図録の86ページに、モンゴル国東部、スフバータル県オンゴン・ソムのタワン・トルゴイ5号墓で発見され、現在はチンギス・ハーン国立博物館に所蔵されているツォグの写真が載っています↓
(注6) 白石典之『モンゴル考古学概説』同成社、2022年、209~210ページ
(注7) С.Чулуун Талын язгууртны өв соёл. Улаанбаатар: Чингис хаан музей. 2022(S・チョローン『草原貴族の文化遺産』ウランバートル、チンギス・ハーン博物館、2022年)92ぺージ、チンギス・ハーン博物館の図録
※同図録の93ページに、モンゴル国東部、スフバータル県オンゴン・ソムのタワン・トルゴイ2号墓で発見され、現在はチンギス・ハーン博物館に所蔵されているジンスの写真が載っています↓
(注8) 白石典之『モンゴル考古学概説』同成社、2022年、210~211ページ
チンギス・ハーン国立博物館
Чингис хаан музей/Chinggis Khaan National Museum
場所:https://goo.gl/maps/j85aedo1Ui7y1JEE7
営業時間:9:00~17:00(火曜休館)
チケット料金:こども16歳以下無料、17~18歳15000₮、大学生15000₮、おとな30000₮、シニア15000₮、外国人おとな30000₮、外国人こども15000₮ ※各チケットに5000₮課金すれば、モンゴル帝国の通行証を模した特装版チケット(下写真)に変更可能
写真撮影:ロビーや一部の展示物以外、基本的に不可
HPモンゴル語版:https://chinggismuseum.com/
英語版:https://chinggismuseum.com/en
おまけ―まちかどのモンゴル帝国
ウランバートル市内では、いたるところでモンゴル帝国をモチーフにしたものたちに出会うことができます。たとえば上記2つの博物館近く、政府宮殿の前には(注9)、チンギス、オゴタイ、フビライ、ボオルチュ、ムカリの像が座っています。
書店にはソルコクタニや、チンギスの母ホエルン、妻ボルテ、イェスゲンが主人公の絵本も並んでいます。
また、ウランバートル・東京間の渡航で利用されることも多いMIATモンゴル航空は、自社で使っている飛行機の名前を、モンゴル帝国皇帝やその親族からとっていたりします。それぞれの名前は、コックピット窓下の側面にペイントされています。
そして、日々手に取る紙幣の顔。20000₮、10000₮、5000₮、1000₮、500₮札の顔はすべてチンギスがつとめています。
(注9) 政府宮殿前像の場所
(注10) 写真は書店(Internom本店、場所)にてコラム筆者撮影、下記4冊の絵本はすべてウランバートル:Alpha Publishing出版
Эрдэмт охин Сорхугтани『物知りな女の子ソルコクタニ』2018年
Тусч охин Бөртэ『人助けが好きな女の子ボルテ』2019年
Өгөөмөр охин Өэлүн『物惜しみしない女の子ホエルン』2018年
Сониуч охин Есүгэн『好奇心旺盛な女の子イェスゲン』2019年
(注11) 飛行機写真はMIATモンゴル航空HPより引用
ボーイング767-300
ボーイング737MAX
ボーイング737-800
※現在のモンゴルの人々にとってチンギスがどのような存在か論じた研究として、下記の論文があります。
島村一平「文化資源として利用されるチンギス・ハーン―モンゴル、日本、中国、ロシアの比較から」『滋賀県立大学人間文化学部研究報告―人間文化』24、7~34ページ、2008年
小長谷有紀「チンギス・ハーン崇拝の近代的起源―日本とモンゴルの応答関係から」『国立民族学博物館研究報告』37(4)、425~447ページ、2013年
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次回は6月25日更新です。
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