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コラム 2023.09.25

『もっと!天幕のジャードゥーガル』谷川 春菜 マンガがもっと楽しくなる必携コラム!毎月25日更新!

もっと!天幕のジャードゥーガル モンゴル帝国の再婚

モンゴル国立大学研究員・谷川春菜さんによる、大好評のモンゴル帝国コラム連載!

このコラムでは、マンガ『天幕のジャードゥーガル』の舞台となった地の歴史や文化を連載形式で解説しています。最新話第23幕ではソルコクタニとグユクの縁談が大きく扱われていました。ソルコクタニにとってグユクは甥(亡夫トルイの兄オゴタイの息子)にあたります。夫を亡くしたばかりの女性が甥と再婚!?と衝撃を受けた方もいらっしゃるのではないでしょうか。

『もっと!天幕のジャードゥーガル モンゴル帝国の再婚』

今回のコラムでは、モンゴル帝国においてはよくみられるけれども、現在の日本ではあまり馴染みのない再婚の形、レヴィレート婚とソロレート婚について、実例を挙げながら紹介します。

レヴィレート婚

ソルコクタニとグユクの縁談は、人類学でいう「レヴィレート婚」という習慣によるものです。レヴィレート婚とは、夫を亡くした女性が、亡夫の弟や甥、あるいは実の子ではない亡夫の息子といった、亡夫の親族の男性と再婚すること。世界各地で行われてきた(現在もケニアのルオ人社会などで行われている)習慣ですが、当時のモンゴルの人々の間でも広く行われていました。

『もっと!天幕のジャードゥーガル モンゴル帝国の再婚』

例として、最初の夫チンギス・カン亡き後、その息子オゴタイに嫁いだモゲやキルギスタニ(注1)、婚約者トルイ亡き後、その長男モンケに嫁いだオグル・トゥトミシュ、4人の男性に嫁いだアラカイ・ベキなどが挙げられます。モゲとキルギスタニは、以前のコラム「モンゴル帝国の諸王家」で扱ったので、ここではオグル・トゥトミシュとアラカイ・ベキを紹介します。

オグル・トゥトミシュはオイラト族の有力者クドカ・ベキの娘です。クドカ・ベキは1208年にチンギスに服属し、そのときチンギスの軍を先導して功績を立てました。その功績により、チンギスの四男トルイとクドカ・ベキの娘オグル・トゥトミシュ、チンギスの娘チチェゲンとクドカ・ベキの息子トレルチという二組の縁談が成立しました。ただ、婚約段階でトルイが死去したため、オグル・トゥトミシュはトルイの息子モンケと結婚することになったのです。
オグル・トゥトミシュのエピソードとして、彼女はもともとトルイの婚約者だったことから、モンケの弟フビライやフレグを「息子」と呼び、彼らに恐れられていた、というものがあります。

『もっと!天幕のジャードゥーガル モンゴル帝国の再婚』

ちなみにチチェゲンとトレルチの縁談はそのまま実現し、二人の間に生まれた娘たちは母方のいとこ(チンギスの孫たち)に嫁いでいきました。クドカ・ベキ家とチンギス家の密接な婚姻関係は、以後数世代にわたって続いていくこととなります。(注2)

アラカイ・ベキ(阿刺海別吉)はチンギスの娘です。彼女はまず、チンギスに服属したオングト族の有力者アラクシ・ディギト・クリ(阿刺兀思剔吉忽里)に嫁ぎ、彼の死後、その息子ブヤン・シバン(不顔昔班)に、その死後、ブヤン・シバンのいとこセングン(鎮国)に、そしてセングン死後は、ブヤン・シバンの息子ボヨカ(孛要合)に嫁いだとみられています。(注3)

『もっと!天幕のジャードゥーガル モンゴル帝国の再婚』

ただ、夫を亡くした女性がみなレヴィレート婚をしたわけではありませんでした。たとえばチンギスの母ホエルンは、亡夫イェスゲイの親族の男性ではなく、コンゴタン族のモンリクという人物と再婚しました。1203年頃、チンギス(当時はテムジン)は当時敵対していたトオリル(称号はオン・カン)の策略によって捕らえられそうになった際、モンリクに救われたことがありました。1206年、チンギスはカンに即位すると、モンリクの功績に報いるため、彼に千戸長の位を授け、母ホエルンの再婚相手としたのです。(注4)

『もっと!天幕のジャードゥーガル モンゴル帝国の再婚』

(注1) なお、マンガ本編に登場するキルギスタニは、レヴィレート婚(最初はチンギスに嫁ぎ、その死後、オゴタイと再婚)ではなく、最初からオゴタイに嫁いでいたという設定です。レヴィレート婚したとされる史実のキルギスタニとは別人ですが、その名前を借りたキャラクター(オゴタイの妻の一人で、コデンの生母)として登場しています。
(注2) 宇野伸浩「チンギス・カン家の通婚関係の変遷」『東洋史研究』52(3)、399-434ページ(とくに409、414〜415、418ページ)、1993年
 
(注3) 森平雅彦「高麗王家とモンゴル皇族の通婚関係に関する覚書」『東洋史研究』67(3)、1〜39ページ(とくに5〜8ページ)、2008年
電子版 https://doi.org/10.14989/152117
(注4) 宇野伸浩「チンギス・カン前半生研究のための『元朝秘史』と『集史』の比較考察」『人間環境学研究』7、57〜74ページ(とくに64ページ)、2009年
宇野伸浩「補論 チンギス・カンの母ホエルンと妻ボルテの謎」
電子版 https://ch-gender.jp/wp/?page_id=17221

ソロレート婚

一方で、妻を亡くした男性が、亡妻の姉妹や姪と再婚するという場合もありました。文化人類学で「ソロレート婚」と呼ばれる習慣です。
たとえばチンギスの次男チャガタイと、コンギラト族のイェスルン、トゲン姉妹。コンギラト族はチンギスの一族と代々婚姻関係を持っていて、チンギスの母ホエルンや妻ボルテもこの一族の出身です。イェスルンはチャガタイの第一カトゥン(后妃)で、チャガタイにはたくさんの妻がいたのですが、その中でも最も信頼されていた一人といわれています。イェスルンに先立たれた後、チャガタイは彼女の姉妹トゲンを妻に迎えました。(注5)

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他の例として、高麗の忠粛王と、元の皇帝テムル(チンギスの玄孫)を大叔父にもつ、キムトン(金童)、バヤンクトゥグ(伯顔忽都)姉妹が挙げられます。13世紀後半から14世紀半ば、高麗は元に臣属し、歴代国王の多くが、モンゴル帝室の女性と結婚しました。忠粛王はまずキムトンを娶りましたが、彼女が若くして亡くなった後、その姉妹であるバヤンクトゥグを娶ったとみられています。(注6)

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また、チンギスの玄孫でイル・ハン国君主のアルグン・カンは、第一カトゥンのクトルグが亡くなった後、彼女の姪オルジタイを娶り、その地位を継がせました。モンゴル帝国のカトゥンは、自分自身の宮廷と遊牧地を持つとともに、多くの財産を所有しており、その地位を誰が継ぐかは大きな問題でした。(注7)

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(注5) 宇野伸浩「チンギス・カン家の通婚関係の変遷」東洋史研究 52 (3)、399〜434ページ(とくに402ページ)、1993年
(注6) 森平雅彦「高麗王家とモンゴル皇族の通婚関係に関する覚書」『東洋史研究』67(3)、1〜39ページ(とくに14〜15ページ)、2008年
電子版 https://doi.org/10.14989/152117
(注7) 宇野伸浩「フレグ家の通婚関係にみられる交換婚」『北東アジア研究』別冊 1、27〜45ページ(とくに31〜32ページ)、2008年
電子版 https://ushimane.repo.nii.ac.jp/records/1302
宇野伸浩「マルコ・ポーロがイランまでお供した女性コケジン・カトン」
電子版 https://ch-gender.jp/wp/?page_id=12247

おまけ―モンゴル帝室の結婚相手

ここまで紹介してきたレヴィレート婚、ソロレート婚の事例からは、オイラト族、オングト族、コンギラト族、高麗王家が、モンゴル帝室と密接な婚姻関係を結んでいたことがみてとれます。
このうち、コンギラト族(アルチ・ノヤン家)とオイラト族(クドカ・ベキ家)は、モンゴル帝室と代々お互いに女性を嫁がせあう関係を結んでいました。一方で、オングト族(アラクシ・ディキト・クリ家)と高麗王家は、帝室の女性を代々妻に迎えていましたが、一族の娘を帝室に嫁がせることは少ないか全くありませんでした。今回のコラムでは触れることができませんでしたが、ウイグル王家もオングト族や高麗王家と同じ状況だったようです。帝室の女性が嫁いだ一族は、皇族に次ぐ地位を得て、モンゴル帝国の最上部層を構成しました。(注8)

(注8) 宇野伸浩「チンギス・カン家の通婚関係の変遷」東洋史研究 52 (3)、399〜434ページ、1993年
森平雅彦「高麗王家とモンゴル皇族の通婚関係に関する覚書」『東洋史研究』67(3)、1〜39ページ、2008年
電子版 https://doi.org/10.14989/152117

次回は10月25日更新です。▶︎▶︎▶︎マンガ本編はこちらから

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