最近また家族間での陰惨な事件を目にすることが増えてきたが、そういう事件内容を見れば見るほど、外部との繋がり、助けを求めたり、相談をする相手の重要性を再確認させられる。
「何だかんだで人とのつながりは大事」というのはコミュ症にとっては「終了のお知らせ」に近い悲報なのだが、繋がったり相談する相手が「ブルマーペロ太郎さん」ではダメとは一言も言っていない。
ペロ太郎さんというのは本名ではなくハンドルネームである。
つまり「ネット上の繋がり」でも良いのだ。
私がネットをやりだした頃は、ネット上の繋がりなんて薄っぺらなものだし、大体インターネットにいる人間など異常性癖者か猟奇殺人鬼しかいないんだから、そんな人間と画面越しにつるむ時間があるなら、リアルの人間関係を大事にしろと盛んに言われており、今でもその風潮は強い。
しかし、悪いのはネット上で友達を作ることではなく、ネットにのめり込むあまり、リアルの人間と切れてしまうことである。
確かにネット上には悪人もいるが、それは現実も同じであり、逆にツイッターには定期的にお金を配るおじさんもいたりする、そんな人リアルではあまりいないだろう。
つまり玉石混合なのは、リアルもネットも大差ないのだ。
そもそもリア友だろうがネッ友だろうが悩みを具体的に解決してくれる人などそうそういない。
ただ悩みというのは、他人に聞いてもらえるのともらえないのでは、重さが170キロぐらい変わる、つまり正代一人分ぐらい気持ちが軽くなるのだ。
そして聞くだけであったら、リアルだろうがネットだろうがどちらでも構わないはずである。
むしろ、会社の人間に会社の悪口を言うと、それがまた虎舞竜の原因となり、何でもないようなことが大ごとになって不幸せなことになる可能性もあるのだ。
その点、ネッ友には愚痴を言っても、それが実生活に影響を及ぼす可能性は低い。
それに、コロナウィルスの影響で、強制的にひきこもりにさせられ、外で人と会うことがあまりできないということが実際起こったのだ。
そんな時、ネットでも話し相手がいた人間と、全くいない人間とではメンのヘリ方が、ネットの誇大ダイエット広告級に違ったはずである。
つまり、今はどっちが良いとかではなく、ネットとリアル両方に繋がりを持っておく時代である。
そして、SNSというのはネット上の人間と繋がるには最適のツールである。
しかしSNSで「いろんな人と繋がりたいです!」と漠然としたことを言ってもなかなか繋がれないし、むしろ肉体という物理的繋がりを求めた人ばかり来てしまう恐れがある。
仮に、同じくいろんな人と繋がりたい人と知り合ったとしても、なかなか仲良くなれないままフェードアウトしてしまうケースが多い。
コミュ症ならわかると思うが、コミュ症がなかなか友達を作れないのは「手がかりなし」の会話が苦手だからだ。
人間というのはまずあたりさわりのない会話から徐々に深い話をして仲良くなっていくものだが、コミュ症は最初のあたりさわりのない「天気の話」みたいなものを繋げることができないのだ。
もしくは最初から当たってるし障っていることを言いがちなのである。
それはネットでも同じであり「手がかりのない人間」とは、なかなか仲良くなれない。
よって、友人を作ることが目的でSNSを始めるとしても「これを推している」「主にこのためにSNSをやっている」という方針や趣向をはっきりさせて始めた方が、同好が集まって来て友達になりやすい。
また推しのことを話している時、人は「敬語」などしゃらくさくて使っていられないし、そもそもそんな余裕も知能指数もなくなっているため、仲良くなるスピードが妙に早い。
つまり「顔も名前も知らないけれど、性癖だけは知っていて、気づけば、つきあいが10年続いている」というのは、実は理想的なネッ友の形なのである。
すでにそれは希薄な関係ではないのでぜひそのブルマーペロ太郎さん(仮)を大事にしてほしい
次回は11月17日更新です。
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