人は自分が持ってないものに対し憧れを抱くし、時に過剰な夢を見てしまうことがある。
一人っ子にとっては、姉や妹などの存在も憧れの一つだろう。
実際姉や妹がいる人間からすれば、普通に指毛とか生えてるし、屁の音が家族で一番でかいなど「そんなにいいものじゃない」場合がほとんどである。
だが、妹や弟はこれからの両親の頑張り次第で発生する可能性はあるが、突然の血のつながった兄や姉の出現は、逆に一家離散を招きかねない事件なので、今後手に入る可能性はかなり低い。
一生手に入らないということは、一生夢を見ていられる、ということでもある。
しかし、憧れるだけなら良いが、童話のすっぱいブドウのように、自分の手に入らないものを「どうせろくなもんじゃねえ」と腐してしまうパターンもある。
私にとってそれはかつて「さぎょいぷ」といわれた「作業通話」だったのかもしれない。
まだBBQやクラブなど、陽キャがやってそうなことを、羨み蔑むならわかるが、同じオタクがやっていることまで蔑みだしたらもうおしまいだろう、と思われるかもしれないが、私は想像以上に終わっているのである。
作業通話とは、文字通り作業しながら通話することだが、創作をするオタク同士がおしゃべりをしながら原稿を行うことを指す場合も多い。
昔はこれにスカイプを使っていたため、XをTwitterと呼び続ける者がいるように、何のツールを使おうがいまだに「さぎょいぷ」と呼び続ける過激派もいる。
私も創作をやるオタクとして、さぎょいぷには憧れがあった。しかし、当然さぎょいぷには相手が必要なのだ。
友達がそもそも少ないのに、さらに創作活動をしている友となれば、性格の良いHカップを恋人に求めるぐらい高望みになってくる。
そして、そうこうしている間に作業通話ツール「mocri」がサービス終了になってしまったらしい。
何せ使ったことがないためすべての情報があやふやだが、mocriは長年創作オタの作業通話ツールとして親しまれていたらしい。
それを一度も使うことなくサ終されたのは遺憾だが、私にとって作業通話は妬みによる愚弄の対象だったため作業通話の効果自体に懐疑的であった。
宿題や勉強をするために、友達の家に集まったとしても、結局桃鉄が始まるように、作業通話も結局は雑談に集中し、原稿は全く進まないに決まっていると思っていた。
勉強のために友達の家に集まった経験はあるのか、と聞かれたら、もちろんないが、とにかくやる気のない連中の集まりがさぎょいぷのはずだったのだ。
しかし、私もXのスペースをやりながら原稿を描くようになったことにより、通話と作画は極めて相性が良い、ということがわかった。
結局使うことはなかったが、「よくわかってないものをディスるのはダサい」ということをmocriは教えてくれた。
次回は4月30日更新です。
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