『もっと!天幕のジャードゥーガル』谷川 春菜 マンガがもっと楽しくなる必携コラム!毎月25日更新!
もっと!天幕のジャードゥーガル 遺跡・博物館巡り【2024年5月最新】
モンゴル国立大学研究員・谷川春菜さんによる、大好評のモンゴル帝国コラム連載!
このコラムでは、マンガ『天幕のジャードゥーガル』の舞台となった地の歴史や文化を連載形式で解説しています。今月(2024年5月)初旬、マンガ本編の作者・トマトスープ先生が編集者・津田小百合さんとともにモンゴル国に取材にいらっしゃいました! これにちなんで今回のコラムでは、お二人が取材で巡られた遺跡、博物館とその行き方をご紹介します。この夏、モンゴル国への旅行を検討されている方にも、最新の観光案内として役立てていただけるのではないかと思います。
飛行機の窓から―コデエ・アラル
日本からモンゴル国へ向かう飛行機は、だいたい黄海の上空で進路を北西に変え、その後モンゴル国領空に入って、首都ウランバートルへ向かいます。天候に恵まれれば、モンゴル国領空に入ってからウランバートルまでの途中、進行方向右手の窓から、『元朝秘史』や『元史』といった歴史書によく登場する「コデエ・アラル」の地を見ることができるでしょう。トマトスープ先生もご覧になったとのことです。
コデエ・アラルは、現在のモンゴル国ヘンティ県東南部に位置する平原の名で、地元ではフドゥー・アラルと呼ばれており、その広さは東京の山手線内側の面積の約6倍におよびます。モンゴル高原でも有数の大河の一つであるヘルレン川がその進路を大きく変える曲がり角にあたり、その川中島と周辺の氾濫原がこの平原を形づくってきました。ヘルレン川の豊かな水に加え、この平原のさまざまな種類の草、ミネラル分の豊富な土壌は馬の育成に最適です。コデエ・アラルは、モンゴル帝国第2代皇帝オゴタイ・カアンの即位式が行われた場所でもあり、また『元朝秘史』はここで書き終えられたとされていて、10kmほど北には初代皇帝チンギス・カンの宿営地とされるアウラガ遺跡があります。(注1)
なお今年2024年夏、日本からモンゴルへの直行便は、MIATモンゴル航空の東京(成田空港)発便が毎日、大阪(関西国際空港)発便が水・土曜日、Aero Mongolia航空の東京(成田空港)発便が火・金・日曜日に運航予定です。東京、大阪以外の空港からモンゴルに向かう場合は、韓国や中国など第三国を経由することになります。
飛行機が到着するのは、ウランバートル郊外のチンギス・ハーン国際空港です。この空港に到着する国際便の運航予定曜日はこちらの上から二つ目の表「INTERNATIONAL ARRIVAL」(国際線到着)にまとめられています。なお表中の「ETA」はチンギス・ハーン国際空港に到着する時間で、「DAYS OF WEEK」(曜日)の1~7はそれぞれ月~日曜日に対応しています。
ちなみに、トマトスープ先生が搭乗された飛行機には「モンケ」(モンゴル帝国第4代皇帝)の名が冠されていたとのことです。MIATモンゴル航空の飛行機には、モンゴル帝国の皇帝やその親族の名を持つものが多くあります。こうした人名はコックピット窓下の側面にペイントされているので、読者の皆様のうち、ご搭乗の機会がある方はぜひご確認ください。人名と機材名の対応は、本コラム「ウランバートル 博物館さんぽ」の「おまけ―まちかどのモンゴル帝国」にまとめています。
(注1) 白石典之『モンゴル帝国誕生―チンギス・カンの都を掘る』第4章「馬を育む―圧倒的な機動力」講談社、2017年
アウラガは春の宿営地で、夏から秋には「サアリケエル」、秋から冬には「カラトン」という場所に集中的に滞在し、これらの拠点が政治的中心地、首都圏を形成していました。
詳細は本コラム「モンゴル帝国の遺跡巡り―アウラガとカラコルム」
ウランバートルからカラコルムへの道中―トーラ川
ウランバートルに到着されたトマトスープ先生ご一行は、そこから自動車でカラコルムという町に向かわれました。カラコルムは、第2代皇帝オゴタイによって宮殿や城壁の建設が開始され、その後、モンゴル帝国の首都となった地です。
ウランバートルからほぼ真西に130kmほどの道のりを車で進んでいくと、トゥブ県ルン郡という場所で、モンゴル高原でも有数の大河であるトーラ川に突き当たります。その川を越えて南西に道をとり220kmほど進めばカラコルムに到着です。
トーラ川は、ウランバートル近郊の観光名所であるテレルジ国立公園を水源に、そこから西へ流れ、トマトスープ先生が渡河されたあたりで大きく北に進路を変えて、その先でオルホン川、セレンゲ川といった大河に合流し、遠くバイカル湖に注いでいます。
モンゴル帝国成立前夜、バイカル湖東南のセレンゲ川流域にはメルキト(マンガ本編登場人物ではダイル・ウスン、クラン、クルトガンなど)、湖西にはオイラト(登場人物ではアルグンなど)と呼ばれるグループが住んでいました。
なおウランバートルからカラコルムまでの移動は、トマトスープ先生が利用された自動車チャーターのほか、長距離バスに乗って行くという方法もあります。ウランバートルの新ドラゴンバスターミナルから毎日午前11時に発車していて、片道約6時間、大人料金37400トゥグルグ(約1700円)、チケットはターミナルの売り場かWebサイト(2024年5月25日現在、日本国内からのアクセスが難しい状況です。購入希望の方はモンゴル国到着後アクセスください)で購入できます。(注2)
(注2) 下記書籍に長距離バスの利用方法が詳しくまとめられています。
地球の歩き方編集室『地球の歩き方 モンゴル 2024~2025』Gakken、長距離バスの利用方法:226~229ページ、カラコルム観光案内:69~72ページ、2024年
※ちなみに今年2024年4月、コラム筆者がウランバートルからホブドという町までバスで行った際、友人に上記Webサイトでチケットを事前購入してもらっていたのですが、旅行当日にサイトにログインして確認してみると、なぜか購入時と異なる発車時間のチケットが表示され、料金を払い直すことになりました。ご利用の際はお気をつけください。
カラコルムとその周辺
カラコルム到着後、トマトスープ先生ご一行は町中のカラコルム博物館とエルデニ・ゾーという寺院、郊外のメルヒーン・トルゴイ、周辺のゲゲン・チャガン、オルメクトといった遺跡を訪問されました。
カラコルム博物館
場所:https://maps.app.goo.gl/61upbGkGUnWVahDo7
モンゴル帝国時代の都跡のすぐ南に位置する博物館です。常設展示室の中央には都跡の再現模型があり、その周囲を囲む形で出土品が配置されています。日本のODA(政府開発援助)で建てられた博物館ということもあり、展示品の説明文には日本語が併記されています。
エルデニ・ゾー
場所:https://maps.app.goo.gl/PtoiUbr64sPfhqgr8
カラコルム博物館から出てすぐ正面に見える仏教寺院で、モンゴル帝国滅亡後の1586年に建設されたものです。近年、この寺院の真下から、13世紀前半に築かれたレンガ積みの大規模な壁(410m×480m)が発見されました。この壁は、1235年にオゴタイの命令で着工された宮殿「万安宮」の一部と見られています。ちなみに、エルデニ・ゾーは建設時、カラコルムに残されていた帝国時代の石碑を建材などに再利用したようで、寺院の敷地内からは石碑やその断片が見つかっています。(注3)
メルヒーン・トルゴイ、オルメクト、ゲゲン・チャガン
メルヒーン・トルゴイ 場所:https://maps.app.goo.gl/6xbsEdRuEecKvbTj7
オルメクト候補地 場所:https://maps.app.goo.gl/TWtNJ1YrFgBaAeT8A
ゲゲン・チャガン 場所:https://maps.app.goo.gl/zeSetw1gGEq3ehxv5
メルヒーン・トルゴイ、オルメクト、ゲゲン・チャガンは、カラコルムを都とした皇帝たちが季節移動の際に巡った拠点たちです。
皇帝たちは春になるとカラコルムから「ゲゲン・チャガン」(ドイティン・バルガス遺跡)という地に向かいます。水鳥の狩りを楽しむことができる沼沢地です。夏になると、まずカラコルムに戻ります。夏が深まってくると、カラコルム近くの丘の上の小宮殿(メルヒーン・トルゴイ遺跡)に立ち寄りつつ、「オルメクト」(ウブルハンガイ県バトウルジー郡オーラクト)という地に向かいます。水の豊かな涼しい高地で、2000人収容可能な黄金に輝く天幕「シラオルド」が建っていました。秋には「クケ(クシ)・ノール」という湖に向かい、そこで馬乳酒を天に捧げる祭りを行いました。冬になるとオンギ川のほとり(シャーザン・ホト遺跡、ウブルハンガイ県バヤンゴル郡)に向かいます。野生動物が多く、狩りをして過ごすことができます。そして春になるとメルヒーン・トルゴイに立ち寄りつつカラコルムに戻り、そこからゲゲン・チャガンに向かう…という1年を過ごしていたようです。(注4)
ゲゲン・チャガンの跡地と考えられているドイティン・バルガス遺跡は、ドイティン・トルゴイという丘の頂上(海抜1417m、付近のツァガーン湖の湖面より50m高い)にあります。一辺50×50m、高さ1.5mの土盛りに、20×10mほどの張り出しが付いた基壇が、丘のもっとも高いところにあり、その周囲を20×10mの小型建物15棟がコの字形に取り囲むという構造です。(この構造はGoogle Mapの衛星写真ではっきりと見ることができます。)中央の基壇からは、カコウ岩製の礎石や、スカイブルーの釉薬がかけられた正方形のタイルが見つかっています。この遺跡からはほかにも陶磁器が見つかっており、その器形や、また礎石から割り出せる尺度から、この遺跡がモンゴル帝国時代のものであるということが判明しています。ゲゲン・チャガンについて、歴史書『元史』の「地理志」にはカラコルムの北およそ70里(約40km)に位置していたとあり、また『世界征服者の歴史』には、春の宮殿(=ゲゲン・チャガン)を作ったのはイスラームの人々だとあります。実際にドイティン・バルガス遺跡からカラコルムまでの距離は約40kmで、遺跡から見つかったスカイブルーのタイルは、当時カラコルムにいたイスラームの職人たちの故郷である中央アジアで多く見られるものです。こうした理由から、ドイティン・バルガス遺跡=ゲゲン・チャガンと見なされています。(注5)
トマトスープ先生からはドイティン・バルガス遺跡を訪問した感想として、北、東、南を見渡すと、湖との高低差が実感でき、また衛星写真と合わせて考えると、カラコルムからの渓谷がこの遺跡まで続いていることも実感できたとうかがいました。
メルヒーン・トルゴイ、オルメクト、ゲゲン・チャガンのうち、メルヒーン・トルゴイはカラコルム博物館やエルデニ・ゾーから歩いて1時間くらいのところですが、オルメクトは直線で約50km、ゲゲン・チャガンも直線で約40km離れています。訪問の際は、宿泊先ホテルやツアー会社などを通して自動車をチャーターするのがおすすめです。
(注3) 白石典之『モンゴル考古学概説』同成社、194ページ、2022年
(注4) 『モンゴル考古学概説』197〜199ページ
白石典之『モンゴル帝国史の考古学的研究』同成社、236ページ、2002年
メルヒーン・トルゴイやオルメクトについて詳細は、本コラム「モンゴル帝国の遺跡巡り―アウラガとカラコルム」
(注5) 『モンゴル帝国史の考古学的研究』230~235ページ
ウランバートルとその周辺
カラコルムを後にしたトマトスープ先生ご一行は、ウランバートルに戻られ、町中のチンギスハーン博物館、スフバートル広場、郊外の13世紀村、チンギス・ハーン巨大像を訪問されました。
チンギス・ハーン博物館
場所:https://goo.gl/maps/j85aedo1Ui7y1JEE7
2022年にオープンした博物館で、ウランバートル市街の中心部に位置しています。モンゴル帝国を中心に、それ以前の遊牧国家や、その後チンギスの子孫たちが治めた地域の歴史を扱う、9階建ての大きな博物館です。どの階にも再現模型があり、それぞれの時代の生活を想像して楽しめるような工夫がみられます。展示の構成は下記の通りです。
1階 チケット売り場、イベントや特別展を行うブース、ミュージアムショップ
3階 匈奴、鮮卑、柔然(紀元前3~紀元後6世紀)
4階 突厥、ウイグル、帝国になる前のモンゴル(6~12世紀)
5階 モンゴル帝国
6階 ジュチ・ウルス/キプチャク・ハン国、チャガタイ・ウルス/チャガタイ・ハン国、フレグ・ウルス/イル・ハン国、大元ウルス/元朝
7階 元朝滅亡~20世紀初頭のモンゴル高原
8階 モンゴル帝国の軍事技術や外交文書、世界遺産、文字、仏像など
数ある展示品の中でも、トマトスープ先生が特に注目されていたのが、5階のモンゴル帝国時代ファッションに関する展示と、6階のジュチ・ウルスのコインに関する展示です。読者の皆様のうち、チンギス・ハーン博物館訪問の機会がある方は、ぜひご覧になってください!
スフバートル広場
モンゴル国立博物館を出て、すぐ南に見える広場です。広場の北側には政府宮殿(日本でいう国会議事堂)があり、その前にはチンギスやオゴタイ、フビライの座像、またチンギスに古くから仕えた家臣ボオルチュ、ムカリの騎馬像があります。(注6)
この広場はよくイベント会場として使われていて、トマトスープ先生が訪れた時期には、モンゴル国内の各県が天幕のブースを出し、それぞれの魅力をアピールするイベントが行われていました。
(注6) 各像の場所について、詳細は本コラム「ウランバートル 博物館さんぽ」の「おまけ―まちかどのモンゴル帝国」
チンギス・ハーン巨大像、13世紀村
巨大像
場所:https://maps.app.goo.gl/qCFQzoE15ZW1F1wZ6
13世紀村
場所:https://maps.app.goo.gl/KMxRibogUdj7xPdP8
ウランバートル市街中心部から東、ヘンティ県の方面に向かって車で50kmほど進んでいくと、道の左手に巨大な騎馬像が出現します。高さは40mで、モンゴル国前大統領のバトトルガ氏が寄贈したものということです。トマトスープ先生からは、併設の博物館がおもしろかったとご感想をいただきました。モンゴル帝国君主たちのタムガ(印章)に関する展示など興味深くご覧になったとのことでした。
巨大像から車で40kmほど走ったところに、13世紀村というテーマパークがあります。ここには13世紀、すなわち帝国時代のモンゴルをイメージしたさまざまな天幕や建物が立ち並んでいます。巨大像も13世紀村も、訪問の際は自動車をチャーターするのがおすすめです。
次回は6月25日更新です。 ※マンガ本編は今回お休み。次回更新は同じく6月25日です。
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