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コラム 2024.06.25

『もっと!天幕のジャードゥーガル』谷川 春菜 マンガがもっと楽しくなる必携コラム!毎月25日更新!

モンゴル帝国史研究者に聞く──舩田善之氏

モンゴル国立大学研究員・谷川春菜さんによる、大好評のモンゴル帝国コラム連載!

このコラムでは、マンガ『天幕のジャードゥーガル』の舞台となった地の歴史や文化を毎月連載で解説してきました。

今回から数か月は趣向を変えて、『天幕のジャードゥーガル』読者のモンゴル帝国史研究者の方々に、マンガで描かれた歴史上の出来事や人物像に対する感想、また元ネタや結末を知った上での楽しみ方についてインタビューしていきたいと思います。初回は舩田善之(ふなだ よしゆき)氏にお願いしました。お引き受けくださり、誠にありがとうございます。

――ご所属と研究テーマを教えてください。

広島大学大学院 人間社会科学研究科 文学部の舩田善之といいます(詳しくはこちら)。専門はモンゴル帝国史です。その版図のうち、モンゴルと中国とその隣接地域を中心に研究しています。いわゆる大元ウルス・元朝も研究の対象としています。主なトピックスとしては、さまざまな人間集団に対する統治システムであるとか、モンゴルの統治層と北中国(華北)の地域社会との関係、両者を結ぶモンゴル統治層の命令文書、その文書を漢語に翻訳するためのモンゴル語直訳体といったテーマに取り組んでいます。

――『天幕のジャードゥーガル』を知ったきっかけはどのようなものだったのでしょうか。

正確には覚えてないのですが、ソーシャルメディアで存在を知ったのがきっかけだったと思います。それがTwitter(現・X)だったのかFacebookだったのか、また誰の投稿だったのかは覚えていないですね。知り合いの研究者の方なのか、それともTwitterで流れてきた、歴史関係のことをよく投稿される方だったのか。でもソーシャルメディアだったことは確かですね。そのころはまだ単行本は出ていなかったと思います。最初の2~3話くらいがインターネットで公開されていて。本当に連載がスタートしたばかりでした。

――学生さんと、あるいは研究者間で『天幕のジャードゥーガル』の話をすることはありますか。

大学の授業で折に触れて紹介しています。学生の興味を引き起こすきっかけにもなりますし、内容自体も私が授業で扱っている内容と重なるので。谷川さんのコラムとセットで読んでもらったら、学生も非常に頭に入って勉強になるなと思って、勧めたりしています。学生から、買いましたとか読みましたっていう反応もありますね。

研究者仲間でも話題にすることが多いです。Facebookとかでシェアすると、モンゴル帝国史に限らず、広く東洋史の研究者の方が反応してくださいます。遊牧民にかかわるような、北魏とか研究されている方からの反応もとくに多いです。ソーシャルメディアだけでなく、研究会でも話題になります。最近ある方に、『天幕のジャードゥーガル』がおもしろいですよ、作者がトマトスープさんなんですけどって言ったら、『ダンピアのおいしい冒険』(トマトスープ 作、イースト・プレス)が好きで読んでいます、モンゴルも描いているんですかっていう反応があったり。先日の研究会でも懇親会の席で話題になりました。

――普段から歴史を題材にしたエンターテインメント作品(マンガ、ドラマ、アニメ、ゲームなど)を楽しまれているのでしょうか?

最近は意識的に、授業での引き出しも兼ねて読んだりしていますね。中学生とか高校生とか学生の頃は、横山光輝のマンガ『三国志』(潮出版社)を読んだり、人形劇『三国志』(企画・製作NHK)を観たりしていたんですが、それからしばらくあまりマンガとか読まない時期があって。

最近読むようになったきっかけは、ちょうど10年くらい前になりますかね、学生から、西夏やモンゴルを題材にしたマンガ『シュトヘル』(伊藤悠 作、西夏語研究者 荒川慎太郎 監修、小学館)を読んでいると聞いたんです。研究者が監修をしていて、その学生もこの『シュトヘル』がきっかけで興味を持ったとのことで、知らないでおくのもだめだろうなと思って。そこから『アンゴルモア 元寇合戦記』(たかぎ七彦 作、KADOKAWA)とか、いくつか読むようになりました。

授業で紹介するとき、本当はもちろん学術書も読んでほしいところではあるのですが、ハードルが高かったり、なかなか手に取ってもらえない場合もあるので、そういうときにはマンガから興味を持ってもらうっていうのもいいかなと。遊牧民や中央ユーラシアを扱う授業では、『乙嫁語り』(森薫 作、エンターブレイン)も紹介しています。

――『天幕のジャードゥーガル』における歴史上の出来事や人物の描き方について、どのようなご感想をお持ちでしょうか。

純粋に読み物として非常によく練られている作品で、物語として楽しんで読んでいるというのが率直な感想です。自身の専門と重なるところを描かれているので、確かにそういうところも見るのですが、生半可に勉強されたのではないなということが、いろいろなところから感じられました。事前にかなり文献を読み込まれて、構成されているのだなと感服しています。

歴史マンガはあくまでもフィクションとして描かれている部分もあるので、専門の研究者があまり口を出すのも良くないと考えているのですが、どうしてもちょっと粗が見えてがっかりしたり、ああだこうだ言いたくなったりしてしまって、距離を置いて読まないといけない場合がけっこうあるんです。『天幕のジャードゥーガル』はそういったことを感じさせない数少ないマンガなのかなって気がしますね。

研究者の間で話題になっても、皆さん絶賛するというか、本当にすごくよくできているっていう感想を持っている方が多いです。作者はどういう方なんだろう、どこで勉強されたんだろうっていう話題になったりしています。今の時代、情報はたくさんあふれているので、そのなかから適切なものを選ぶこと自体、ガイド的なものがないとけっこう大変な気がするんですよね。歴史研究にはどうしても旧い説と新しい説があって、説が新しく書き換えられたり、かといって新しい説が的外れだったりする場合もあります。そのあたりをしっかり選別して、読み解かれている印象がありますね。諸説あるところを創作にうまく活用するスキルがすごいなあと思います。

また、モンゴルを舞台にするようなこれまでのマンガっていうのは、戦争を描かざるを得ないので、どちらかというと劇画風というか、登場人物も強面な荒々しいイメージで描かれることが多かったと思います。対してトマトスープさんの作画は非常にかわいらしく、虚をつかれた感じです。それでいてキャラクターによってしっかり描き分けられているのも、個人的にツボにはまりました。たとえばチャガタイ(チンギス・カンの第2子)は厳格なヤサ(法)の番人として史料に出てくるのですが、かわいらしい作画の中でもチャガタイはそういった厳しさが伝わるような形で、トルイ(チンギスの第4子)はいわゆるモンゴルの継承者的な凛とした形、オゴタイ(チンギスの第3子)は温和で調停に長けているような形で描き分けられていると思います。そういった絵柄が非常に斬新だと感じましたし、読者からみても没入しやすいのではないかと思います。

左端オゴタイ、その右隣チャガタイ、右端トルイ(第7幕)

『もっと!天幕のジャードゥーガル』

――研究者間で「作者はどういう方なんだろう」という話題が出るとおっしゃっていましたが、これに関連して、作者・トマトスープ先生にお聞きしたいことはありますか?

文献をたくさん読み込まれているというのはわかるんですけれども、その中で一番参考となったのがどれなのかなっていうのは気になりますね(注1)

あとは特定のテーマについて情報を知りたいとき、どういうふうに探されてるのかなっていうのは知りたいです(注2)。私たち研究者が自身の専門のことを調べようと思ったら、これまでの蓄積があるので、だいたいどのあたりを探していけばいいかっていうのはあたりがつくんですけれど。たとえば学生だとそういうノウハウが備わっていないと、どこから探していいかわからないっていう場合が多いんですよね。トマトスープ先生は文献検索、収集のスキルをかなりお持ちだと感じています。

(注1)一番参考になった資料
トピックスごとに参照する資料が違うのですが、歴史全体の流れを確認するときは、やはり『モンゴル帝国史』(ドーソン、佐口透 訳注、平凡社)を最初に開きます。古い本ですので、一つ一つの事柄を『モンゴル帝国の興亡』(杉山正明、講談社)や『モンゴル時代史研究』(本田実信、東京大学出版会)『モンゴル帝国史研究』(志茂碩敏、東京大学出版会)『モンゴル時代の「知」の東西』(宮 紀子、名古屋大学出版会)などで確認することが多いです。細かな風俗描写は『中央アジア・蒙古旅行記』(カルピニ/ルブルク、護 雅夫 訳、光風社出版)をよく参照します。上記の本(これ以外にもたくさんあるのですが)は資料を探す時にもコンパスにしています。
(注2)資料の探し方
わからないことに出会うと、前述の書籍や手元にある論文などを読み返して手掛かりがないか探します。それでもわからないときは、とりあえずインターネットで検索します。Wikipediaや誰かの残したブログ記事など、なんでもいいので、何か論文か書籍にたどりつけそうな情報や、よりはっきりした検索ワードを探し出し、その次は論文なども検索できる「CiNii Research」や「国立国会図書館サーチ」で検索して、関係のありそうな論文や書籍を読んでみます。そこで知った情報の真偽は、いつも参照している前述の研究書や論文などと比べて、矛盾がなさそうだと判断したら参考にさせていただくことにしています。この確認や判断の基準の甘さは、研究者と違い、最終的に作る物がフィクションという作家のある種の気楽さかもしれません。

――『天幕のジャードゥーガル』ストーリーの元ネタや結末のかなりの部分をご存じと思いますが、知ったうえでどのようにマンガを楽しんでいらっしゃるのか、教えていただけますでしょうか。

全体的な歴史事実の展開、登場人物がこのあと誰に殺されるとか、戦争でどっちが勝つかとかは、たしかにわかっているんですけれども、それがマンガで次どういうふうに描写されるんだろうっていうところを楽しみに読んでいます。

たとえばトルイが亡くなるところ(第19~22幕)、これは史料によって複数の書かれ方があって、絶対こうだったというのがないといえばないんですよね。そういうはっきりとは分からないことを、マンガではどういうふうに描かれるのだろうって楽しみにしていました。安易にストーリーを展開させようとすると、単純に暗殺ということにして、黒幕がこうだったみたいにされてしまいがちだと思うのですが、そこに複数のネタを織り込んで、それらをうまくからめながら描かれていて(注3)。ここは一つのクライマックスだったと思って、おもしろく読みました。

トルイの死(第20幕)

『もっと!天幕のジャードゥーガル』

マンガの中でトリビア的にちりばめられているいろいろな要素について、このネタはあの史料のあの記述からもってきているんだっていうのがわかるのも本当に楽しいですね。テムゲ・オッチギン(チンギスの弟)が子どもの名前をなかなか覚えないなんていうことが、さらっと描かれているんですけど(注4)

子どもの名前を覚えていないテムゲ(第13幕)

『もっと!天幕のジャードゥーガル』

あとは主人公がファーティマですから、最後をどう描くのか、ここまでがこのように描かれてきているので、今後の展開と結末をどのように描いていくのだろうっていうのは、とても気になっていますね。

(注3) 詳細は下記
・Youtube動画「天幕のジャードゥーガルのウラガワ!」54~59分
・本コラム「モンゴル帝国と歴史書」
(注4) 『集史』「グユク=ハン紀」(堀さと 訳、2022年、Comic Market 101群雄堂書店にて配布)によれば、テムゲには80人もの息子がいたということです。マンガ本編における、子どもの名前を覚えていないテムゲ像は、この子だくさんを元ネタに描かれたものと考えられます。

――インタビューにご協力くださりありがとうございました。最後にコメントなどございましたらお願いいたします。

非常に面白い作品を描かれているので、これからも楽しみにしています。あと何話くらいというのはもう決まっているのかもしれませんが、なるべく長く楽しみたいなあと思っています。谷川さんのコラムも非常にいいものが書かれてるので助かっています。学生に推薦していますのでがんばってください。

――ありがとうございます。がんばります。

舩田先生ありがとうございました!次回は7月25日更新です。▶︎▶︎▶︎マンガ本編はこちらから

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