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コラム 2023.11.25

『もっと!天幕のジャードゥーガル』谷川 春菜 マンガがもっと楽しくなる必携コラム!毎月25日更新!

もっと!天幕のジャードゥーガル ウラガワ!からの読書案内+おまけ

モンゴル国立大学研究員・谷川春菜さんによる、大好評のモンゴル帝国コラム連載!

このコラムでは、マンガ『天幕のジャードゥーガル』の舞台となった地の歴史や文化を連載形式で解説しています。今回は、11月5日に配信されたトークイベント「『天幕のジャードゥーガル』のウラガワ!」(こちらから常時ご覧になれます)の副音声(?)的読書案内を行います。トーク動画の時:分を挙げつつ、そこで言及された、あるいは内容の理解をさらに深めるガイドになりそうな本、論文などを紹介していくという試みです。なお、マンガ本編の今後の展開の重大なネタバレを含む可能性が高い本や論文には下線を引きました。お読みになる際はご注意ください。(コラム末尾のおまけコーナーでは、本日更新の第24幕で描かれた「クドカ」「マダガ」問題を取り上げます。)

『もっと!天幕のジャードゥーガル ウラガワ!からの読書案内+おまけ』

トーク動画で画面投影されたアウトライナーの配信後手直し版↓

ウラガワ!企画の説明は↓

0:09~ モンゴル帝国の女性たち

奴隷の少女シタラ(第1幕)

『もっと!天幕のジャードゥーガル ウラガワ!からの読書案内+おまけ』

0:10~ 「ムスリムの女奴隷」とはいかなる存在だったのか
『天幕のジャードゥーガル』(以下『天幕』)第1幕で、主人公シタラ(のちのファーティマ)は、ムスリム(イスラーム教徒)の奴隷女性として登場します。こうした奴隷女性たちはいかなる存在だったのでしょうか。トマトスープ先生から、彼女たちの立場や仕事について解説いただきました。
ムスリムの奴隷女性について詳しくは↓

  • 波戸愛美「イスラム世界における女奴隷―『千夜一夜物語』と同時代史料との比較」『Manami F-GENSジャーナル』9、23~30ページ、2007年
    https://teapot.lib.ocha.ac.jp/records/33532
  • 波戸愛美『アラビアン・ナイトの中の女奴隷―裏から見た中世の中東社会』風響社(ブックレット アジアを学ぼう)、2014年

0:16~ なぜシタラ(ファーティマ)が主人公になったのか
モンゴル帝国の歴史を描くにあたって、ファーティマを主人公に選んだ経緯を、作者のトマトスープ先生と編集者の津田小百合氏にお話しいただきました。
トマトスープ先生から、モンゴル帝国は全く価値観の違う人々が交流していく世界を表現できる舞台だと考えていて、その大きな世界を見せるために、モンゴルとは全く違う文化圏で生まれたファーティマが主人公としてふさわしかったから(0:19~の要約)と回答がありました。
モンゴル帝国がもたらした、人・もの・文化の大規模な交流について詳しくは↓

  • 向正樹(2019)「モンゴル帝国とユーラシア広域ネットワーク」秋田茂『グローバル化の世界史』ミネルヴァ書房, 19–70

また、ファーティマの生まれやその生涯に関する歴史書の記述は↓

  • ジュヴァイニー『世界征服者の歴史』「ファーティマ・カトンについて」
    英語訳 John Andrew Boyle, The History of the World-Conqueror, 1, Manchester, 1958年、244~247ページ
    https://archive.org/details/historyoftheworl011691mbp/page/n14/mode/1up?view=theater
  • ドーソン著、佐口透訳『モンゴル帝国史』2巻、218、256ページ、平凡社、1968年
    (『世界征服者の歴史』のまとまった形での日本語訳はまだ出版されていませんが、その情報に日本語でアクセスする手段として、『世界征服者の歴史』からの引用を多く含む、本書『モンゴル帝国史』が利用できます。)

0:23~ トマトスープ先生から、マンガ序盤でシタラ(のちのファーティマ)が暮らした都市トゥースは、のちにモンゴル帝国にとって大事な街になっていく、との言葉がありました。
これについて詳しくは↓

  • 本田實信「第2章 モンゴルとイスラム」『モンゴル時代史研究』東京大学出版会、101~232ページ、1991年

0:26~ 後宮の女たちは何をしていたのか

後宮の女性たち(第13幕)

『もっと!天幕のジャードゥーガル ウラガワ!からの読書案内+おまけ』

0:27~ モンゴル帝国の女性の地位とは
『天幕』では、ボラクチン、ドレゲネ、ソルコクタニといった、モンゴル帝国皇室の女性たちが主要キャラクターとして登場します。こうした女性たちの地位やその影響力はどのようなものだったのでしょうか。コラム筆者から、宇野伸浩「モンゴル帝国のカトン─帝国の政治を動かした女性たち」(『修道法学』44(1)193~209ページ、2021年、https://shudo-u.repo.nii.ac.jp/records/3125)を参照しつつ回答しました。
参照元の論文のほか、こちらの論文、本でも詳しく述べられています↓

  • 小野浩「ディルシャード・ハトンとそのファルマーンー14世紀イランにおける女性の発令書」『女性歴史文化研究所紀要』 18、1~19ページ、2010年https://tachibana.repo.nii.ac.jp/records/339
  • A・Broadbridge, Women and the Making of the Mongol Empire(女性とモンゴル帝国のなりたち), Cambridge University Press, 2018年

0:28~ 「家政機関」という言葉が出てきました。モンゴル帝国において家政機関の機能を持つといわれているものとして、宮廷のさまざまな業務を担当した「ケシク/ケシクテン」があります。ケシク/ケシクテンについては、本コラム「モンゴル帝国―軍のしくみ」(https://souffle.life/column/motto-tenmaku-no-ja-dougal/20230425-4/ https://www.youtube.com/live/YducYvDY17M?si=JB780mkoL2NSuBr4umn/motto-tenmaku-no-ja-dougal/20230425-4/)の「ケシク/ケシクテン」の項目をどうぞ!

0:30~ 「モンゴルでは王族以外の一般人でも、夫が亡くなった時は親族の別の男に嫁がされる風習があったんでしょうか?」
『天幕』の第16幕や第23幕、また本日更新の第24幕に登場する、この習慣(夫に先立たれた女性が義息子や義弟と再婚する習慣、レヴィレート婚)は、モンゴル帝国を訪れたキリスト教宣教師の旅行記によると、当時かなり一般的なものでした。
旅行記には、新旧二つの日本語訳があります。

  • 護雅夫訳『中央アジア・蒙古旅行記』講談社、2016年(初出は桃源社、1965年)
  • 高田英樹訳『原典中世ヨーロッパ東方記』名古屋大学出版会、2019年

0:37~ 賢い女と善き女の規範
トマトスープ先生からご自身の考え──歴史書『元朝秘史』に登場する、ホエルン(チンギス・カンの母)、ボルテ(オゴタイ・カアンの母)、ソルコクタニ(フビライ・カアンの母)の賢夫人エピソードや、20世紀前半のモンゴル・オルドス地方で採集された民間伝承集『オルドス口碑集』に収録されている、内助の功エピソードから、モンゴルでは賢い女性が理想像とされてきたのではないか──が語られました。
これに対し、コラム筆者は(トーク本番ではうまくまとめきれませんでしたが)、宇野伸浩「モンゴル帝国のカトン─帝国の政治を動かした女性たち」(『修道法学』44(1)193~209ページ、2021年、https://shudo-u.repo.nii.ac.jp/records/3125)といった研究から、モンゴル帝国において、権力者の妻、後継ぎの母となった女性が、自身の賢さを発揮して政治的行動をとることはごく自然に認められており、その手腕が素晴らしければ称賛されたことは確かで、そこから賢い女性=理想像は十分推察できる範囲だと考えています。(ただ、もし歴史研究として『元朝秘史』や『オルドス口碑集』の記述から、賢い女性=理想像という式を導くなら、トマトスープ先生も指摘されていたように、『元朝秘史』や『オルドス口碑集』所収の伝承が伝わり、書かれ、読まれてきた環境もあわせて検討する必要があります。ぜひ今後検討していきたい課題です!)
賢い女性たちが出てくる、物語的におもしろい歴史書、民間伝承集は↓

  • 『元朝秘史』:小澤重男『元朝秘史』全2巻、岩波書店、1997年
    村上正二『モンゴル秘史―チンギス・カン物語』全3巻、平凡社、1970~76年
  • 『オルドス口碑集』:A・モスタールト著、磯野富士子訳、平凡社、1966年

0:48~ トマトスープ先生が説明された『元朝秘史』編纂過程について詳しくは↓

  • 森川哲雄「『元朝秘史』―北アジア世界における初めての年代記」『モンゴル年代記』白帝社、15~75ページ、2007年

0:49~ 彼女ひとりの天幕

ファシリテーターの吉田瞳氏が、1929年出版のフェミニズム小説、V・ウルフ著『自分ひとりの部屋』のオマージュで、「彼女ひとりの天幕」という見出しを付けてくださいました。
1:03 元ネタ指摘されていた視聴者さま!すごいです!
『自分ひとりの部屋』の最新日本語訳は↓

  • V・ウルフ著、片山亜紀訳『自分ひとりの部屋』平凡社、2015年

※「彼女ひとりの天幕」というタイトルに関連して、トークイベント終了後にトマトスープ先生から、モンゴル帝国ではカアンなど宮廷を持っている人には(使節などと謁見するための天幕はあっても)プライベートな天幕はなく、妃たちがむしろ個室的な天幕を持っているイメージ、とご指摘をいただきました。実際に、宇野伸浩「モンゴル帝国のオルド」(『東方学』76、47-62ページ、1988年)によると、モンゴル帝国第4代カアンの宮廷では、カアン専用の住居(プライベート天幕)は存在せず、その一方で妃たちはそれぞれ専用の住居(個室的な天幕)を持っていたこと、皇帝は日ごとに妃たちのなかから一人を選び、昼間もその天幕に居て、そこで政務も行っていたことが分かっています。

0:51~ 歴史学者・谷川から見たボラクチン様
コラム筆者(谷川春菜)が思う『天幕』のすごさについて、『天幕』第22幕のボラクチンの回想シーンとトルイの死因を例に、トマトスープ先生のキャラクター造形の巧みさを熱弁しました。トルイの死について、歴史書での書かれ方は、本コラム「モンゴル帝国と歴史書」(https://souffle.life/column/motto-tenmaku-no-ja-dougal/20230625-2/)で紹介しています。熱弁の冒頭で、歴史研究で感情を描き出すことは難しいと述べましたが、近年歴史学のなかで「感情史」という分野が成立し、歴史上の人々の感情を読み解いて研究していこうという動きが活発化しています。
感情史について詳しくは↓

  • 森田直子「感情史を考える」『史学雑誌』125(3)39~57ページ、2016年
    https://doi.org/10.24471/shigaku.125.3_39
  • 森田直子「感情史の現在―最新の入門書を手がかりに」『思想』1132、21~35ページ、
  • 2018年J・プランパー著、森田直子監訳『感情史の始まり』みすず書房、2020年(とくに第1章、第4章)
  • B・H・ローゼンワイン、R・クリスティアーニ著、伊東剛史、森田直子、小田原琳、舘 葉月訳『感情史とは何か』岩波書店、2021年
  • 池上俊一「第5章 心性史と感情史」『歴史学の作法』東京大学出版会、2022年
  • 小野寺拓也、森田直子ほか『現代思想―特集 感情史』青土社、2023年12月号

伝説のボラクチン回想シーンの導入(第23幕)

『もっと!天幕のジャードゥーガル ウラガワ!からの読書案内+おまけ』

0:54~ 漫画家・トマトスープ先生の歴史創作の技法
トマトスープ先生から、ボラクチンのキャラクター造形を例に、先行研究から材料(イスラームの錬金術、中国・道教の錬/煉丹術、ボラクチンが道教の経典『道蔵』編纂に携わったこと)を集め、物語を組み立てていく技法が紹介されました。
イスラームの錬金術について詳しくは↓

  • H・R・ターナー著、久保儀明訳『図説科学で読むイスラム文化』、青土社、2001年
  • D・ジャカール著、遠藤ゆかり訳『アラビア科学の歴史』創元社、2006年

中国・道教の錬/煉丹術については詳しくは↓

  • 大形徹『不老不死―仙人の誕生と神仙術』志学社、2021年

ボラクチンが道教の経典『道蔵』編纂に携わったことについて詳しくは↓

  • 宮紀子『モンゴル時代の「知」の東西』名古屋大学出版会、2018年(とくに475、648ページ)

1:01~ 参考資料「参考文献」
トマトスープ先生が『天幕』を描くうえで参考とした資料の一覧が紹介されました。以下、表中の本を箇条書きで示します。

  • 清水和裕『イスラーム史のなかの奴隷』山川出版社(世界史リブレット)、2015年
  • 湯川武『イスラーム社会の知の伝達』山川出版社(世界史リブレット)、2009年
  • 杉田英明『浴場から見たイスラーム文化』 山川出版社(世界史リブレット)、1999年
  • 佐藤次高『イスラームの生活と技術』山川出版社(世界史リブレット)、1999年
  • 谷口淳一『聖なる学問、俗なる人生―中世イスラーム学者』山川出版社(イスラームを知る)、2011年
  • 波戸愛美『アラビアン・ナイトの中の女奴隷―裏から見た中世の中東社会』風響社(ブックレット アジアを学ぼう)、2014年
  • 塩尻和子、池田美佐子『イスラームの生活を知る辞典』東京堂出版、2004年
  • 水上遼『語り合うスンナ派とシーア派―十二イマーム崇敬から中世イスラーム史を再考する』風響社(ブックレット アジアを学ぼう)、2019年
  • 嶋本隆光『シーア派イスラームー神話と歴史』京都大学学術出版会、2007年
  • 後藤明編『文明としてのイスラーム』栄光教育文化研究所、悠思社(講座イスラーム世界)、1994年
  • 深見奈緒子編『イスラム建築がおもしろい!』彰国社、2010年
  • 深見奈緒子『イスラーム建築の世界史』岩波書店、2013年
  • 陣内秀信、新井勇治編『イスラーム世界の都市空間』法政大学出版局、2002年
  • 山と渓谷社 編集『シルクロード〈Ⅱ〉イラン・イラク・シリア・トルコ』山と渓谷社(山渓フォト・ライブラリー)、1973年
  • 赤地経夫『ペルシアーシルクロードの曠野にて』山と渓谷社(山渓フォト・ライブラリー)、1977年
  • ユーフォリアファクトリー編集『TRANSIT―美しきイスラームという場所』講談社、2015年
  • M・ウルマン著、橋爪烈、中島愛里奈訳『イスラーム医学』青土社、2022年
  • 前嶋信次『アラビアの医術』平凡社、1996年
  • A・J・ハーンサーリー、S・ヘダーヤト著、岡田恵美子、奥西峻介訳註『ペルシア民俗誌』平凡社、1999年
  • R・シュリユ著、中近東美術研究会訳『ペルシア―秘の美術』大陸書房、1982年
  • 古代オリエント博物館、横浜ユーラシア文化館編「魅惑のランプ」古代オリエント博物館、横浜ユーラシア文化館、2017年
  • 『週刊シルクロード紀行19―イラン(2)イスファハーン』 朝日新聞出版、2006年
  • 杉山正明『モンゴル帝国の興亡(上)』講談社、2001年
  • カルピニ、ルブルク著、護雅夫訳『中央アジア・蒙古旅行記』光風社出版、1989年
  • 杉山正明、北川誠『世界の歴史9―大モンゴルの時代』中央公論社、1997年
  • 白石典之『チンギス・カンとその時代』勉誠出版、2015年
  • 白石典之『モンゴル帝国誕生―チンギス・カンの都を掘る』講談社、2017年
  • R・マーシャル著、遠藤利国訳『図説モンゴル帝国の戦いー騎馬民族の世界制覇』東洋書林、2001年
  • 川本正知『モンゴル帝国の軍隊と戦争』山川出版社、2013年
  • 本田實信『モンゴル時代史研究』東京大学出版会、1991年
  • 『歴史群像シリーズ25―チンギス・ハーン』全3巻 、学研プラス、1991年
  • 蓮見治雄、杉山晃造『図説モンゴルの遊牧民』新人物往来社、1993年
  • INAXギャラリー企画委員会『遊牧民の建築術―ゲルのコスモロジー』INAX booklet出版
  • M・E・ハスキューほか著、徳永優子、中村佐千江訳『戦闘技術の歴史5―東洋編―AD1200-AD1860』創元社
  • Oktyabri Dash, Mongolia photo album(モンゴル写真集), 2017年
  • 『チンギス・ハーンとその末裔たちー大草原の遊牧の民』茨城県立歴史館、1996年
  • 西澤寛ほか編『チンギス・ハーンとモンゴルの至宝展―中国・内モンゴル自治区博物館所蔵』東映、2008年
  • 『週刊シルクロード紀行9―モンゴル』 朝日新聞出版、2005年
  • 小長谷有紀『北アジアにおける人と動物のあいだ』東方書店、2002年
  • ウノ・ハルヴァ著、田中克彦訳『シャマニズム―アルタイ系諸民族の世界像』三省堂、1989年
  • 小長谷有紀『みんぱく発見9―遊牧民のくらし』国立民族学博物館、千里文化財団、2004年
  • 梅棹忠夫 スケッチ・解説本文、小長谷有紀、堀田あゆみ編著『梅棹忠夫のモンゴル調査スケッチ原画集』国立民族学博物館、2013年
  • 井上由美子『北条時宗 後編―NHK大河ドラマ・ ストーリー』NHK出版、2001年
  • 王文傑 監督、兪智先、朱耀廷 脚本、テレビドラマ『成吉思汗』2004年

1:03~ トーク本番では割愛となりましたが、「メルキト族メモ」は『天幕』11~12話のドレゲネ回想シーン、また「Google Earthスクリーンショット全体」と「Google Earthスクリーンショット大散関」は第17~18幕の対金戦争を描かれるにあたって、トマトスープ先生が用意された資料になります。

1:04~ 「漫画で人物の服装を描く時に、どの資料を参考にされていますか?」
トマトスープ先生が使用されている作画資料、モンゴル帝国については↓

『天幕』序盤のイランについては↓

  • R・シュリユ著、中近東美術研究会訳『ペルシア―秘の美術』大陸書房、1982年

1:06~ 「トマトスープさんが取材や勉強等のために訪れた場所のうち、国内でオススメがあれば、教えてください」
トマトスープ先生のおすすめは↓

※質問者さまが感銘を受けられた場所

1:12~ 編集者・津田さんが整える作品世界のバランス
津田小百合氏から、トマトスープ先生のおもしろいモンゴル帝国作品を売り出していく際の工夫として、パッケージ化(#MeToo運動などをきっかけに注目されている「シスターフッド」(女性同士の連帯)や、レディースコミック誌で流行している「後宮もの」というパッケージで包む)の重要性が指摘されました。
後宮ものの流行については、たとえば現在アニメ放映中の↓

『天幕』と同じ秋田書店から出版されている作品として↓

  • 青木朋『天空の玉座』全11巻、2013~2019年
    歴史研究の分野でも、今年2023年に特集が組まれています。
  • 伴瀬明美、稲田奈津子ほか『東アジアの後宮』アジア遊学283、勉誠出版、2023年

1:14~ むかしの魔女はいま

1:16~ 大文字の歴史のなかの「魔女/悪女」と天幕での人物造詣
ジュヴァイニー『世界征服者の歴史』(John Andrew Boyle, The History of the World-Conqueror, 1, Manchester, 1958年、244~245ページ、https://archive.org/details/historyoftheworl011691mbp/page/n14/mode/1up?view=theater)には、ファーティマはデリラ(旧約聖書でいわゆる裏切り者として登場する女性)のような狡猾さで出世した女性で、魔術を使った廉で告発されたとあり、のちのファーティマ=「悪女/魔女」イメージ元となったことがうかがえます。

1:17~ 『天幕』が映しだす歴史学のトレンド
コラム筆者が述べた歴史学のトレンドについて詳しくは↓

  • 小田中直樹「比較史の復活へ―西洋中心主義的一国史学とグローバル史学の双方を超えて」『DSSR Discussion Papers』16、1~13ページ、2013年
    https://tohoku.repo.nii.ac.jp/records/68572

1:20~『天幕』が読まれることで変わっていくものとは
ファシリテーターの吉田瞳氏がふれた「パブリック・ヒストリー」(歴史マンガをふくめ、研究者以外の人びとが描く歴史)について詳しくは↓

  • 菅豊、北條勝貴編『パブリック・ヒストリー入門―開かれた歴史学への挑戦』勉誠出版、2019年
  • 師茂樹「上書きされる蒙古襲来のイメージーパブリック・ヒストリーとしての『Ghost of Tsushima』」『歴史評論』870、40~49ページ、2022年、Academia.edu(https://www.academia.edu)にて電子版公開

1:22~ 編集者の津田小百合氏が編集を担当されている歴史マンガとして↓

  • 亀『バットゥータ先生のグルメアンナイト』秋田書店、2022年~

1:23~ コラム筆者が述べたような、歴史上のある人物の目を通して、その先にある社会全体の姿を描く試みは、現在の歴史学界において盛んにおこなわれている取り組みの一つです。詳しくは↓

  • 長谷川貴彦『エゴ・ドキュメントの歴史学』岩波書店、2020年

※コラム筆者が1:23に「難しい問いだなとは思う」とか言っていますが、これは「(『天幕』が変えていくものは、数多くあると考えており、そのためうまく整理して答えるのが)難しい」という意味です。

1:35~ Q&A

1:36~「秋田書店の女性・少女誌は他社より「ガチ」よりの歴史ものが多いので…」
質問者さまが読まれている、秋田書店の歴史ものは↓

  • 杉山小弥花『明治失業忍法帖―じゃじゃ馬主君とリストラ忍者』全11巻、秋田書店(ミステリーボニータ、月刊プリンセス)、2010~2018年
  • 青木朋『天上恋歌―金の皇女と火の薬師』秋田書店(ミステリーボニータ)、2020年~

1:38~「松方冬子先生の歴史漫画研究の論考では…」
松方冬子先生の歴史漫画研究の論考は↓
松方冬子「学習マンガと歴史学」歴史学研究会編『歴史を社会に活かす―楽しむ、学ぶ、伝える、観る』1、105~113ページ, 2017

1:43~「パブリック・ヒストリーの文脈でよく引き合いに出される『歴史への真摯さ』…」
「歴史への真摯さ」が提唱された研究は↓

  • 保苅実『ラディカル・オーラルヒストリー―オーストラリア先住民アボリジニの歴史実践』岩波書店、2018年

1:47~「歴史を漫画に落とし込む際、どういった基準で取捨選択されておりますでしょうか」
取捨選択の結果、『天幕』には登場しない耶律楚材について詳しくは↓

  • 杉山正明『耶律楚材とその時代』白帝社、1996年
  • 山本光朗「耶律楚材と中書省について」『北海道教育大学紀要』66(2)29-44ページ、2016年、https://hokkyodai.repo.nii.ac.jp/records/6438

1:51~「コラム依頼をうけたときの気持ちはどうでしたか?ご専門は作品の時代とは離れていると思いますが、難しさはありますか?」
コラム筆者が回答で言及した「歴史系倉庫」、伊藤崇展氏、白石典之氏について詳しくは↓

  • 亀「歴史系倉庫」http://rank119.gozaru.jp/(特にエセン・ハーンを主人公としたマンガhttp://rank119.gozaru.jp/img/roma/img36/0-1.html
  • 伊藤崇展「翻訳 ダシドンドギーン・バヤルサイハン、2016、フレグ・ウルス史研究の史料としての中世アルメニア聖人伝の利用可能性、D・バヤルサイハン、C・アトウッド編『フレグ・ウルス研究新動向』ウランバートル:モンゴル国立大学出版会印刷所、157-174」『東方キリスト教世界研究』3、35~48ページ、2019年など
  • 白石典之『モンゴル考古学概説』 同成社、211~218ページ、2022年など

1:56~「先生は、大学生活をどのように過ごしていましたか」
トマトスープ先生の学生時代については、吉田尚記氏のポッドキャスト番組『マンガのラジオ』でも詳しく語られています。

2:01~「キリスト教の方がまざっていることはモンゴル国の宗教上、許されていたのですか」
モンゴル帝国時代とそれ以前のキリスト教信仰について詳しくは↓

モンゴル帝国では家畜の解体とか、川や湖の利用について、イスラームのやり方を禁止し、モンゴルのやり方に従うよう命じたことがあります。詳しくは、『天満』第8幕や銀貨編、また本コラムの「モンゴル帝国の信仰」の回(https://souffle.life/column/motto-tenmaku-no-ja-dougal/20230125-4/)をどうぞ!

2:05~「トルイがオゴタイをさがしに来た悪夢の中の天幕はなんですか」
トマトスープ先生が『天幕』第20幕でオゴタイの夢の中を描く際、参考にされた本は↓

  • ウノ・ハルヴァ著、田中克彦訳『シャマニズム―アルタイ系諸民族の世界』三省堂、1989年

2:09~「モンゴルはお墓どうしてますか」
トマトスープ先生が紹介された風葬については↓

コラム筆者が紹介した土葬については↓

  • 護雅夫訳『中央アジア・蒙古旅行記』講談社、2016年(初出は桃源社、1965年)
  • 高田英樹訳『原典中世ヨーロッパ東方記』名古屋大学出版会、2019年
  • 白石典之『モンゴル考古学概説』 同成社、211~218ページ、2022年

2:11~「ハンサムなアリク・ブケは登場しますか」

  • アリク・ブケはトルイとソルコクタニの四男です。詳しくは↓杉山正明「クビライ政権と東方三王家―鄂州の役前後再論」『東方学報』54、257~315ページ、1982年
  • 村岡倫「アリク・ブカの乱からシリギの乱へートゥルイ家の内訌をめぐって」『龍谷大学大学院紀要』5、167~169ページ、1984年

副音声(?)的読書案内は以上になります。最後になりますが、ご視聴、ご質問くださったみなさま、登壇者のトマトスープ先生、津田小百合氏、ファシリテーターの吉田瞳氏、運営の古川萌氏、新田さな子氏など歴史家ワークショップのみなさまに改めて厚く御礼申し上げます!!

おまけー帝国時代のモンゴル語の”方言”

本日更新の『天幕』第24幕では、オイラトの人々と、ほかのモンゴルの人々の言葉がちょっと違う(小刀をオイラトの人々は「マダガ」と呼ぶが、ほかのモンゴルの人々は「クドカ」と呼ぶ)様子が描かれています。誤解を恐れずにいえば、いわゆる”方言”ネタですね。

クドカはマダガのこと(第24幕)

『もっと!天幕のジャードゥーガル ウラガワ!からの読書案内+おまけ』

このネタは、『集史』部族篇の「オイラト族」という見出しの中で述べられているものです。クドカquduγaは、現代モンゴル語の「ᠬᠢᠲᠤᠭ᠎ᠠ/kituγ-a/хутга」(小刀という意味)、マダガmadaγaは、現代モンゴル語の「ᠮᠠᠲᠠᠭ᠎ᠠ/mataγ-a/матга」(小刀という意味)にあたると思われます。(注)

(注) quduγaクドカ、madaγaマダガの綴りについては、伊藤崇展氏より下記研究に基づいてアドバイスいただきました。
栗林均、确精扎布『『元朝秘史』モンゴル語全単語・語尾索引』東北大学東北アジア研究センター、811ページ、2001年 https://tohoku.repo.nii.ac.jp/records/129081
W・M・Thackston, Jami’u’t-Tawarikh = Compendium of Chronicles: A History of the Mongols(集史ーモンゴル人の歴史), Harvard University, 55ページ, 1998年

次回は12月25日更新です。▶︎▶︎▶︎マンガ本編はこちらから

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天幕のジャードゥーガル

『天幕のジャードゥーガル』4巻

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